アメリカ ロー対ウェイド判決が覆り、多くの州で中絶薬は使用不可に!しかし、中絶薬は、安全でコストも低い!

News Desk

What Does an At-Home Abortion Look Like?
自宅で中絶薬を使っての中絶は安全か?

The practice is often assumed to be dangerous, but Abigail Aiken’s data suggest that ordering abortion pills online, and inducing a miscarriage at home, is as safe as going to a clinic.
中絶薬は、危険だと思われがちだったのですが、アビゲイル・エイケンの研究データは、自宅で中絶薬を服用して中絶を行うことは、医療機関で中絶手術を受けるのと同じくらい安全であることを示唆し続けています。

By Lizzie Widdicombe November 11, 2021

 それは、2000年に起きたことで、場所は北アイルランド第二の都市デリーでした。その2年前に「聖金曜日の合意」(北アイルランド紛争の解決を目指し、1998年にイギリス、アイルランド、北アイルランドの間で結ばれた和平合意)が発効し、紛争が終結していました。デリーの街は希望に満ち溢れているように見えました。しかし、アビゲイル・エイケン(Abigail Aiken)は不安でいっぱいいっぱいでした。彼女は学業成績がとても優れていたので、高校で教育を終えるか大学進学のコースに進むかを決めるために英国の16歳の学生が受ける試験(GCSE)に集中すべきでした。しかし、試験の日が近づくにつれ、エイケンの頭の中は他のことに占有されつつありました。生理が1週間以上も遅れていたことが気になって仕方がなかったのです。そのちょっと前に、遠距離恋愛をしていたボーイフレンドが1週間ほどデリーの街に遊びに来てくれたのですが、ちょっと羽目を外しすぎてしまっていたのです。ひょっとすると、初体験の際に妊娠してしまったのかしら?まさか、たった1回のことで、妊娠してしまうなんてことがあるのかしら?などと、悩んでいました。いずれにせよ、彼女は妊娠しているのか否かを知りたいと思いました。しかし、デリーの街の産婦人科で受診したら、すぐに噂が広がってしまうだろうと思いました。それで、彼女はどうしたら良いか、悩んでいました。薬局へ行って、妊娠検査薬を購入すべきかもしれないと思ったりもしました。

 エイケンが通っていた中学には、妊娠してしまった女子生徒が何人かいました。妊娠した生徒の中には、そのまま在学した生徒もいましたが、ほとんどは親の手を借りながら子育てをするために学校に来なくなりました。しかし、エイケンは学業を断念するのだけは嫌だと思っていました。彼女は、母親になることを夢見るような子ではなかったのです。彼女は、大学に進学して、デリー以外の広い世界を見てみたいと思っていました。妊娠していたならば中絶することも選択肢に入ってきますが、北アイルランドでは違法でした。彼女が中絶しようと思ったら、イングランドかスコットランドに行かなければなりません。それには費用がかかります。また、適当な口実をでっちあげて学校を休まなければなりませんでした。いずれにしても両親の手助けなしにはできないことでした。父親は保守的な価値観を持った人物でした。もちろん中絶には反対でしたし、婚前交渉にも反対でした。母親は、保守的な価値観に凝り固まった人物では無かったのですが、数年前にこうした事態に陥らないようにエイケンに忠告をしていました。母親はエイケンに言っていました、「妊娠してはダメよ。そうなったら、最悪よ。手助けしたくても何もできないわ。」と。

 生理が10日ほど遅れた時、エイケンは服を脱いで、寝室の鏡で自分の体を観察してみました。彼女は、妊娠すると肌がつやつやになるとか、乳首の色が変わるという話を聞いたことがありました。鏡に映った自分の姿を観察した限りでは、以前と何もかもが同じに見えました。それから、彼女は覚悟を決めて、両手のこぶしを固く握り、そのままの状態で勢いよく下腹部に降り下ろしました。下腹部を殴るなんてとんでもないことだと思います。でも、その時のエイケンはそれ以外の方法は思いつかなかったのです。当時は、それほどインターネットが普及していませんでしたし、彼女の家庭では気軽にインターネットに接続できる環境ではなかったのです。何日も、夜になると彼女はその儀式を行いました。しまいには下腹部に痣ができました。また、彼女は、食事も摂らないようにしました。学校では給食を食べなかったり、家では適当な理由をつけて夕食を抜いたりしました。さらに、腹筋や短距離走で疲れ果てるまで運動したりしました。そうした状況で5日ほど過ごしたところ、生理が来ました。2週間以上遅れていました。経血を見た時、エイケンは安堵感で放心状態になりました。それで、やっと勉強に集中できるようになりました。彼女は、英文学、ドイツ語、化学の3つの科目でGCSEに合格し、北アイルランド全体でトップの成績でした。

 エイケンは、あの時自分が妊娠していたかどうかは、今でも分からないそうです。しかし、彼女は21年経った今でも、あの時に感じた安堵感のことは強烈に覚えていると言っていました。エイケンはテキサス大学のリプロダクティブ・ヘルス(生殖に関する健康と権利)関連の研究をしています。テキサス州オースティンで講演をした際に、彼女は言いました、「奇跡が起きたとか、重大な危機が去ったと思ったことを、今でも鮮明に覚えています」と。彼女が研究しているテーマの1つは、まさにあの時に彼女が試みたことで、自己管理下での中絶です。つまり、妊娠した女性が医師の助けを借りずに妊娠を終わらせることです。歴史的に見ると、女性が望まない妊娠を終わらせるために取った手段はさまざまです。例えば、ドラマ『ブリッジャートン』(Bridgerton:Netflixで配信される19世紀初頭のロンドンを舞台にしたアメリカのテレビドラマ)で使われたお茶のような有害物質を摂取するという手段がありましたし、ワイヤーハンガーが悪名高いシンボルとなっていますが、物理的に掻き出す手段もありました。しかし、ミフェプリストンとミソプロストールという中絶薬が開発されたおかげで、自己管理下での中絶は、ほとんどの場合において、より安全なものになりました。前者は妊娠ホルモンであるプロゲステロンの働きを阻害して子宮内膜を破壊します。後者は子宮収縮を引き起こします。ミソプロストールは、1980年代から単独で使用されています。妊娠した女性に流産を誘発させるために使用されてきました。中絶が合法とされている国や場所においては、医師は妊娠10週目までの女性にミフェプリストンとミソプロストールを処方することができます。中絶が違法であったり、厳しく制限されているところでは、それらの中絶薬を妊婦に飲ませるためには、より手の込んだ方法を採用しなければなりません。

 2001年にオランダ人医師のレベッカ・ゴンぺルツは、1隻の船をチャーターして、ポーランドやポルトガルなど、中絶を非合法化している国々に向けて出港させました。彼女は、「Women on Waves」(中絶が制限されている国の女性の生殖に関する権利を保護する活動をしている。特に非外科的に中絶する手段の提供と教育を行っている非政府組織)を立ち上げたことでも有名です。その船に乗り込んだ女性たちは、中絶薬を手に入れることができました。出航した船は中絶が合法化されていたオランダ船籍でしたので、船内ではオランダの法律が適用されたのです。それから数年後、ゴンペルツは「Women on Web」というウェブサイトを通じて、ヨーロッパ各国に住む女性たちに中絶薬を配り始めました。中絶を希望する女性は、自分の病歴と症状を説明する問診フォームを記入します。妊娠10週目まであれば、ゴンペルツらが組織した医師団が中絶薬を処方します。中絶薬は、インドの薬局から郵送されます。「Women on Web」のウェブサイト上では、中絶薬の飲み方を確認することができます。また、ヘルプデスクも用意されていて、質問等にも対応しています。

 当時のことを思い出して、エイケンは、中絶薬とウェブサイトという2つの組み合わせが大きな変化をもたらしたと言っていました。彼女は言いました、「ゴンペルツがウェブサイト「Women on Web」を立ち上げてすぐに、北アイルランドの状況が大きく変わったんです。」と。2006年に彼女が留学していたアメリカから北アイルランドに帰国すると、あちこちのバーやカフェのトイレの個室に「Women on Web」の広告ステッカーが貼られていました。女性の生殖に関する健康と権利を擁護する活動家たちが貼ったものでした。彼女は言いました、「デリーでそれを見た時には驚きました。」と。彼女は、自分が16歳の時に、そのウェブサイトが存在していたら有難かったに違いないと思いました。それから8年後、エイケンは公衆衛生の研究者になっていたのですが、ある会議でゴンペルツに接触し、協力したいと申し出ました。それで、2人は協力するようになって、「Women on Web」の問診フォームを改良しました。性別、年齢等のより詳細な個人データを把握し、そのサービスを利用する理由を把握できるようにしました。さらに「Women on Wab」は、中絶薬を使った女性を数週間にわたってフォローアップし、経過観察を行ったり、ピルを飲んだ後の精神状況を追跡調査しました。

 2017年、エイケンとゴンペルツは、医学誌”British Medical Journal”に論文を発表しました。アイルランドと北アイルランドで「Women on Web」を通じて自己管理下で中絶を行った1,000人の女性を調査していました。調査したデータによれば、安全性と効果の両面で、「Women on WEb」を通じて中絶薬を入手して服用することは、クリニックで中絶手術を受けることと同等であることがわかりました。中絶薬を使って、中絶を完了させるために医師の治療を受けなければならない症状になった女性は全体の5%に過ぎませんでした。残りの女性は、1人で中絶薬を服用することで中絶を完了させることができました。エイケンは、アイルランド議会で、その調査結果について証言しました。その後、議会では、妊娠12週以内の女性の中絶が合法化されました。彼女が議会で証言した時、多くの議員が、あまりにも多くのアイルランドの女性が中絶していることを知って驚いていました。エイケンの証言を聞いた後、ある議員は「アイルランドで中絶薬の使用を禁止するのは現実的ではありません。」と言いました。中絶薬への入手方法に関する情報を提供している非営利団体プランC(Plan C)のフランシン・コエトーは私に言いました、「彼女の研究結果が無かったら、アイルランドで中絶薬は合法化されなかったかもしれません。」と。

 ゴンペルツとエイケンの研究結果が発表された時、「Women on Web」は、アメリカでは中絶が合法であったにもかかわらず、サービスを提供していませんでした。しかし、2人の研究によって、アメリカでも、特にクリニックでの中絶手術が厳しく制限されている州においては、そのサービスに対する需要が少なくないことが明らかになりました。2018年にゴンペルツは「Women on Web」のアメリカ版となる「Aid Access」を立ち上げてサービスを提供し始めました。エイケンは、そのサービスが始まってから2年間のデータを分析していますが、アメリカでしかサービスを提供していないのですが、5万7千人以上の人が中絶薬を入手したがっていました。入手を希望した人のほとんどは、テキサス州のように法律で中絶を厳しく制限している州に住んでいました。しかし、青い州(民主党を支持する傾向がある州。中絶が合法な州が多い)でも中絶薬を求めた人が少なからずいました。その人たちは、中絶薬をオンラインで注文することでプライバシーを重視したかったのでしょう。また、医療機関で医師の診察を受けるよりコストが安いというのも理由だったようです。エイケンは言いました、「コストが主な理由で中絶薬を入手したいと考えたようです。」と。医療機関で妊娠初期に中絶を行う場合、平均して約500ドルの費用がかかります。「Aid Access」で中絶薬を入手すれば、150ドルかそれ以下で中絶することが可能です。

 中絶薬は、アメリカでは厳しく規制されています。ミフェプリストンは、危険な薬物に適用されるプログラムである「リスク評価および緩和戦略」(Risk Evaluation and Mitigation Strategy:深刻な副作用の可能性が高い薬物を監視するFDAのプログラム)の対象となっています。ですので、ミフェプリストンは、医療機関で、特別な資格を持った医師しか処方できないのです。通常は、いくつかの臨床検査を実施し、身体検査をし、場合によっては超音波診断を行った後にしか処方されません。近所の病院に行けば手軽に処方してもらえるというものではないのです。

 しかし、ゴンペルツは、食品医薬品局(FDA)は個人が自分のために使用する医薬品を海外から輸入することを認めているので、「Aid Access」を通じて中絶薬を入手することは合法だと主張しています。食品医薬品局(FDA)は、それには同意していません。2019年に同局は「Aid Access」に業務停止を命ずる書簡を送りました。そこには、違反薬物を米国内で流通させることを止めるようにという指示が記されていました。また、同局は定期的に配送途上の中絶薬を押収していました。ゴンペルツはそうした状況を打開すべく食品薬品局(FDA)を提訴しました。訴因は、彼女が診ていた患者の「望まない妊娠を妊娠初期に終わらせる憲法上保護された権利」が否定されたことでした。しかし、残念ながら判事によって、その訴えは棄却されました。この訴訟は中絶に関するものではなく、むしろ未承認薬に関するものであり、食品医薬品局(FDA)の管轄になると判断されたのです。

 ネットで診断して中絶薬を郵送するサービスに関して、良いニュースも1つありました。新型コロナのパンデミックの間、食品医薬品局(FDA)は、中絶薬の処方は特別な資格を持った医師しかできないという厳しい規制を棚上げしたのです。しかし、女性の生殖の権利や自由の尊重すべきと主張する者たちは、、中絶薬が極めて安全であるというエビデンスが積み重なっているのだから、その規制を完全に撤廃すべきであると主張しています。アメリカで中絶薬を服用した女性の内、膣からの出血や抗生物質を必要とする感染症などの重篤な有害事象を報告した人は1%未満であることが判明しています。

 エイケンの研究のおかげで、中絶薬に関する世の中の認識も変わりつつあります。また、自己管理下の中絶全般に関する認識も変わりつつあります。中絶薬は、危険だと思われがちだったのですが、彼女の研究データは、自宅で中絶薬を服用して中絶を行うことは、医療機関で中絶手術を受けるのと同じくらい安全であることを示唆し続けています。エイケンは言いました、「おそらく、世の中には、『中絶薬は安全なのに、なぜ病院で大掛かりな手術を受けなければならないのか?』という疑問を抱いている人がたくさんいると思います。」と。しかし、ネットで診断して中絶薬を郵送することが許可されれば良いという問題でもないのです。エイケンは「なぜ、中絶薬を薬局で気軽に買えないのか?なぜ、自宅のトイレの棚に常備しておけないのか?疑問を持っている人も多いと思います。」とも言っています。

 手軽に中絶薬を入手できる状況にすることが、プランC(Plan C)が実現しようとしていることです。コエトーは、プランB(緊急避妊薬:無防備なセックスや避妊の失敗から72時間以内に服用すると、妊娠を防ぐのに役立つ)を薬局で気軽に買えるようにするために何年も闘ってきました。彼女は、緊急避妊薬が薬局で買えるようになったように、いずれ中絶薬もそうなるだろうと予測しています。将来、そうなったら、時と場合によって使い分けたら良いのです。中絶薬がふさわしい時もあるでしょうし、緊急帰任薬の時もあるでしょう。中絶薬を、生理が遅れた時に飲む薬と理解する人も少なからず出てくるでしょう。生理が遅れたら、中絶薬を飲めば良いのかもしれません。そうすれば、再び生理になり、医者にかかる必要さえありません。妊娠していたか否かは知る由もありません。そうした概念は、まだ一般的ではありませんが、「Aid Access」のおかげで、アメリカでは既に可能になっています。妊娠6週目以降の中絶を禁止するテキサス州法Senate Bill 8(略称:SB8)が施行された直後から、ゴンペルツは中絶薬の事前処方を開始しました。

 そうした中で、中絶擁護派は、米国の二極化が進行していると感じています。青い州(民主党支持が強い)では、中絶薬は多くの選択肢の中の1つになっています。一方、赤い州(共和党支持が多い)では、中絶薬は他の選択肢が無い人にだけ適用すべきものだと考えられています。アメリカには、アイルランドと同様ですが、中絶薬に制限をかける法律が存在しています。いずれの国でも、その法律案が議論される際に、中絶薬に非常に注目が集まりました。コエトーは私に言いました、「いろいろな意味で、この2年間には自己管理下の中絶に関して大きな前進がありました。2年で思わぬほどの成果があったのは、このような酷い法律が存在しているせいで、中絶薬の注目度が高くなったおかげだと言えます。」と。また、コエトーは、エイケンが中絶反対の機運の強いテキサスで中絶薬のデータを開示し続けたことがアメリカにとって幸運だったと言いました。エイケンの行動は、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という諺を彷彿とさせるものでした。コエトーは言いました、「皮肉なことですが、中絶薬の安全性に関して最も世界で有名な人物が、中絶に反対する人が最も多い州であるテキサスに住んでいるんです。」と。

 エイケンは、テキサス州に来たのは偶然ではないと私に言いました。「私は、リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)が重要視される場所にいたかったのです。」と彼女は言いました。彼女はテキサス州議会で証言したことがあります。しかし、そこでは、彼女が開示したデータはアイルランドで集めたほどの注目を集めませんでした。しかし、彼女は、テキサス州にしっかり根を張りつつあります。彼女は結婚していますが、配偶者は生粋のテキサス人で統計学者です。いろんな研究プロジェクトで共同研究をしています。彼女は、テキサスの新居がますます好きになりつつあります。彼女は言いました、「私は、テキサスが大好きです。ここと北アイルランドには共通点があります。美しい風景があって、ちょっと田舎っぽいところです。テキサスの人たちは、北アイルランドの人たちととても似ています。少なくとも表面上はとてもフレンドリーです。」と。彼女が自分の職業を話すと、ときどき眉をひそめられることもあるそうです。しかし、これといった嫌がらせを受けたことはないそうです。

 彼女は、16歳の時に自分の身に起こったことをほとんど忘れていました。彼女は、北アイルランドのデリーに住んでいて、妊娠していて人生が終わったかもしれないと悩み苦しみました。今となっては、それは遠い過去の話です。2年前、彼女は妊娠しました。35歳での妊娠でした。彼女は、まだ子供を持つつもりはなかったそうです。彼女は言いました、「私は、まだ子どもを持つ準備ができていない。まだ、無理だと思っていたんです。」と。しかし、配偶者と話し合った結果、彼女は産む決心をしたそうです。彼女の息子は、現在2歳になっています。「彼はとてもかわいいわよ。」と彼女は言いました。母になることは、強制されたことではなく、自分で選択したことであり、それ故に、より感動的で力強いものに感じる、と彼女は付け加えました。それは、中絶する権利の裏返しでもあるのです。彼女は言いました、「中絶反対派の人たちが、そのことを理解していないのは非常に残念なことです。中絶する権利は、子どもを生む権利と同じく尊重されるべきなのです。」と。

以上