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アメリカでは、トウモロコシ産業だけで毎年約 4 億トン(1 ギガトンの 5 分の 2)の茎葉を排出しており、そのうち約 50% が炭素である。チャーム社の試算によれば、これらの茎葉の炭素の半分は持続可能な方法で除去できる。アメリカの森林もまた、大量の有機物を産出している。昨年、アメリカ森林局等は、火災のリスクを減らすために 230 万エーカー(9,300平方キロ)以上の森林等で木や草を伐採した。これらが燃えたり分解されたりすると、炭素の多くが大気中に放出される。問題は、こうした木や草は軽くてかさばるため、安価に輸送できないことである。また、森林の木や草を大量に処理しようとすると、大規模なサプライヤーの数が限られている上に遠く離れているため、1 トンあたりの処理費用は安くならない。「1 トンの木や草を 60 ドルで配送してもらえるかもしれない。」とラインハルトは言う。「しかし、100 万トンなら、1 トンあたり 150 ドルかかるかもしれない」。2020 年にラインハルトは、こうした要因によって合成ガスの価格が上昇し、鉄鋼業界にとって高価すぎるものになるのではないかと懸念し始めた。
当時、チャーム社のチーフ・サイエンティストであったショーン・キネティックは、1 つの対応策を提案した。木や草を 1 カ所に固定した熱分解装置まで長距離輸送する代わりに、チャーム社の小型熱分解装置を農場や森林に移動させるべきだという内容であった。チャーム社が熱分解装置を改良して、バイオ炭や合成ガスの代わりにバイオオイルを製造できるようにできれば最高である。それは、実質的に炭素を高密度で輸送しやすいものにすることになる。必要であれば、バイオオイルは後で合成ガスに転換することもできる。
しかし、チャーム社のエンジニアたちが数リットルのバイオオイルを製造するやいなや、キネティックは過剰にバイオオイルが産生された場合にどうやって処分するかということについて不安を抱くようになった。彼はコロラドや南極の研究施設で働いた経験があり、放置された化学薬品が危険なものになりうることを認識していた。そこで彼は、モンテ・マークレーを雇っているような、液体廃棄物の処理を専門とする企業数社に電話をかけた。彼が驚愕したのは、アメリカには何十万もの処分井があることであった。そこには、チーズの乳清や食肉加工工場から出る塩水、さらに一般的には石油やガス掘削の副産物など、焼却処分やリサイクルや埋め立て処分が不可能な廃棄物が日常的に注入されているという。石油産業とガス産業は精力的にロビー活動を繰り広げ、処分井に関する環境規制の適用除外を認めさせた。近年では汚染水の高圧注入によって地下水汚染が引き起こされ、時には地震が引き起こされている。
当初、キネティックは、処分井を厄介な物質を保管する場所に過ぎないと考えていた。しかし、サンフランシスコで新型コロナのロックダウン中にマークレーと会話した際に、処分井自体が炭素の吸収源( carbon sink )になるかもしれないと気づいた。石油、ガス、石炭が採掘される。それが燃やされて大量の温室効果ガスが発生するわけだが、ということは、元々はギガトン単位の炭素が地下に閉じ込められていたということである。チャーム社の経営陣は、バイオオイルを処分井に埋めることで、化石燃料の害の一部を相殺できる可能性があると考えていた。
チャーム社は、炭素除去の手段として、バイオオイルの処分井への注入を特許申請した。数週間後、同社は最初の顧客を見つけた。決済処理プロバイダーであるストライプ社は、「ネガティブエミッション技術 ( negative emissions technology )」に少なくとも年間 100 万ドルを費やすことで、炭素貯蔵の技術革新に拍車をかけたいと考えていた(ネガティブエミッション技術とは、貯留または固定化等を組み合わせること により、正味としてマイナスの炭素排出量を達成する技術のこと)。同社は、数百トンの炭素貯蔵の対価として 1 トンあたり 600 ドルを支払うと約束した。間もなく、マイクロソフト( Microsoft )、スクエア( Square )、ショッピファイ( Shopify )や他の多くのハイテク企業も、チャーム社かその競合企業と同様の契約を締結した。「くそっ!真似しやがって!」と思ったことをラインハルトは今でも覚えている。2022 年 1 月、セグメント社が 32 億ドルで買収されてから 14 カ月後にラインハルトは同社を去って、チャーム社の CEO に就任した。
バイオオイルの見た目は原油に似ている。しかし、化学的にははるかに複雑で、炭化水素の均一な鎖ではなく、分子の寄せ集めで構成されている。鉄やアルミニウムを腐食させる有機酸を含み、固化する傾向がある。こうした理由もあり、バイオオイルは燃料としてはそれほど機能的ではない。チャーム社は、マークリーの会社を含むさまざまな請負業者と契約し、さまざまな温度と圧力の下で、さまざまな地層にバイオオイルを注入した場合の影響を評価させた(チャーム社は、バイオオイルは固化するし、その密度と埋設される深さから、水源に漏れる可能性は低いとの見解を公表している)。
評価した結果はまちまちだった。2023 年初頭に行われたあるテストでは、チャーム社のエンジニアがトラック 1 台分のバイオオイルを貯蔵タンクに注入した。後にタンク内に水分が残っていたことが判明したのだが、その影響でバイオオイルがサラダドレッシングのように分離してしまった。外気温が低かったため、タンクの底で油っぽい成分が半ば凝固した。チャーム社の技術者がタンクの中身を処分井につながる 4.5 キロのパイプラインに放出したのだが、パイプが直ぐに詰まってしまった。「『やっちまった!』と思ったよ。」とラインハルトは言った。チャーム社の技術者たちが学習したのは、タンク内を完全に乾燥させなければならないことと、断熱しなければならないことであった。それから何度もテストを繰り返し、すべて成功させた。同社の経営陣はバイオオイルを地下に永久保存できると確信した。今後取り組むべきは、気候変動対策に寄与するために、規模をより大きくすることである。