炭素を除去するテクノロジーの進化について 嘘でしょ?残念ながら焼け石に水以下のレベルだった! 

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 起業の世界では、多くの共同創業者が失敗を経験し、それを学習と捉える。チャーム社の最初のフィールドテストは、カンザス州のマークレーの農場で行われたが、たくさんの学びがあった。ラインハルトが痛切に学んだことは、「この装置はカンザスで稼働させるべきではなかった 」ということである。もしチャーム社がギガトン単位で炭素除去をするのであれば、熱分解能装置の能力を桁違いに高めなければならない。そのためには、装置を製造したら、繰り返しテストし、即時の改良を続けなければならない。遠方での実地テストをすべきではなかったのである。

 炭素除去には、もう 1 つ根本的な問題がある。現在でも二酸化炭素は、多かれ少なかれ無料で大気中に排出することができる。経済的な観点から見れば、二酸化炭素を除去するために誰がお金を払うかが問題となる。より多くの企業が自社のブランド価値向上のために気候変動回避のためのアクションを起こすようになるか、各国政府が環境規制を遵守するよう強制しない限り、炭素除去は不利な取引となるだろう。

 気候変動危機を食い止めるためには炭素除去産業の急速な成長が必要である。歴史上かつてなかったレベルでの成長が必要である。エネルギー政策に詳しいウィスコンシン大学マディソン校( the University of Wisconsin-Madison )教授のグレゴリー・ネメット( Gregory Nemet )によれば、20 世紀半ばに合成肥料産業は驚異的なスピードで成長したという。近年では、ソーラーパネルの製造コストが急速に下がっていることもあり、太陽光発電産業が他のどの産業よりも急成長している。どちらの産業も、即効性があり価値ある具体的な製品を顧客に提供した。しかし、炭素除去は、単に私たちが生き残るためのより良いチャンスを提供するだけである。その価値は間違いなく高いのだが、その価値を評価するのは非常に難しい。

 バイデン政権でエネルギー省の化石エネルギー・炭素管理局( the Office of Fossil Energy and Carbon Management )の上級顧問を務めるノア・ダイチ( Noah Daichi )によれば、炭素除去産業と最も似ているのは廃棄物処理業界であるという。「ゴミの収集と同様に、炭素除去は社会全体が必要とするサービスである。」とダイチは言う。また、ゴミは確かに何人かの起業家を金持ちにしたが、その安全で恒久的な処理は最終的には公的資金に依存している。先日、インフラ投資・雇用促進法( Infrastructure Investment and Jobs Act )の一環として、バイデン政権は炭素除去に 12 億ドルを投資すると発表した。2 つの大規模な直接空気回収施設に資金が提供される。5 月下旬には、エネルギー省がチャーム社をはじめとする炭素除去企業 23 社とクレジット購入契約を結ぶと発表した。「現在、規模拡大が可能な炭素除去のビジネスモデルが確立されつつある。」とダイチは言う。

 残念ながら多くの環境破壊に与する企業が、炭素除去を汚染を続けることを正当化するための手段と捉えているし、実際、そうした宣伝工作を活発化させている。オキシデンタル・ペトロリアム( Occidental Petroleum )社はアメリカ最大の石油・ガス産出企業の 1 つであるが、テキサス州にある連邦政府出資の炭素除去施設のパートナーでもある。オキシデンタル社の CEO であるヴィッキー・ホルブ( Vicki Hollub )は、炭素除去は 「長期にわたって我々の産業を維持するのに役立つテクノロジーになるだろう」と予測する。

 ジョージタウン大学の哲学教授で気候変動活動家のオルフェミ・O・タリウォ( Olúfẹ́mi O. Táíwò )が指摘しているのだが、連邦政府が炭素除去に資金を提供する以上、こうしたモラルハザードを排除する責任がある。彼は何人かの活動家とともに、炭素除去技術は連邦政府が責任を持って管理すべきものであり、炭素除去施設は地域自治体等が管理すべきであると主張してきた。「公的機関が舵取りすべきである。」とタリウォは言う。そのような取り組みの成功した例として彼が挙げたのは、ニューディール政策時代に連邦政府の融資を受けてアメリカの多くの農村部を電化するのに役立った地域運営の協同組合である。

  2023 年 8 月までにチャーム社は熱分解装置に十分な改良を加えた。そこで、再度実地テストを行うことに決めた。コロラド州にある同社の施設で、装置のオペレーターチームが 40 フィート( 12 メートル)のトレーラーに熱分解装置「ニュートリビュレット」を載せて北カリフォルニア行きのトレーラーに連結した。

 炭素除去は、カーボンオフセット・プロジェクト( carbon-offset projects )を悩ませているのと同じ種類の複雑な計算の影響を受けやすい。つまり、企業が除去する炭素よりも排出する炭素が多い場合、気象変動へのメリットは失われてしまうのである。炭素除去企業が除去したと主張するトン数を精査し、それを検証するために、いくつかの独立した登録機関が設立された。先日、チャーム社は、アイソメトリック( Isometric )という登録機関と契約した。同機関は、直接的な炭素排出量だけでなく、機器の製造や輸送時の汚染など、「埋め込まれた炭素排出量( embodied emissions )」も算出している。

 チャーム社の技術者たちはカリフォルニア州レディング( Redding )近郊の製材所跡地でニュートリビュレットの梱包を解いた。その後の 6 週間、多くのスタッフが朝 5 時半と夕方 5 時半に交代する形で 24 時間体制を敷いた。契約業者 1 社が木材チップをコンクリートの土台の上に降ろし、小さな山が形成された。夜勤の際に、多くの作業員がチップをビニール袋に入れ込み、その袋をフォークリフトで運んでスクリーンの上であけて、大きな破片やゴミを除去した。朝になると、多くの作業員が熱分解装置を稼働させ、選別済みのチップをバイオオイルに変え始める。「作業が順調に進む日でも、とてもうんざりする作業であることに変わりはない。」と、実地テストチームを率いるエミリー・ウッド( Emilie Wood )は言う。

 先日、チャーム社の研究開発に政府から資金援助があった。クリーンエネルギー研究のための資金を提供したのはカリフォルニア公益事業委員会( the California Public Utilities Commission )であるが、それは公共料金を過大に徴収することで調達したものである。その内の一部は、カリフォルニア州北部にガスと電力を供給していたパシフィック・ガス・アンド・エレクトリック社( Pacific Gas and Electric:略号は PG&E )の顧客が負担したものである(同社は同社の送電線が大規模な山火事を引き起こした後の 2019 年に破産を宣言したが、翌年には破産から脱却した)。間接的ではあるが、炭素を地中に戻すというチャーム社の奮闘は、依然として炭素排出に精を出している業界によって支えられている。

 猛烈な雨、猛暑、強風、山火事の煙、そして小さな地震による中断にもかかわらず、チャーム社の技術者たちは約 10トンの木や草から 5 トンのバイオオイルを産生した。チャーム社によれば、このバイオオイルは研究用に使われるが、今回は試験運転であるため炭素除去クレジットは発生しないという。その後、彼らはニュートリビュレットをコロラドにトラックで持ち帰った。

 現在、何百もの企業が炭素除去技術の実証実験を行っている。直接空気回収技術だけでなく、泥炭地回復( peatland restoration )等別の技術を研究している企業もある。しかし、それらの技術が大気から永久に除去する炭素の量は、人類が毎年排出する炭素が数十ギガトンであることを考慮すると、ほんのわずかでしかない。テキサス州で炭素除去に取り組んでいるオキシデンタル社の子会社の 1 ポイントファイブ( 1PointFive )社は多くの顧客企業に合計で何十万トンもの炭素除去クレジットを販売しているが、まだ炭素除去を開始していない。同社のプラントはまだ建設中である。業界のリーディングカンパニーと目されるチャーム社が公表した炭素除去量でさえたったの 7,000 トンほどである。これは、ギガトンの約 700 万分の 1 でしかない。♦

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