知ってた?電気自動車の発する合成音はテクノロジーの結晶?静かな自動車をわざとうるさくするのは簡単ではない!

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 米国運輸省道路交通安全局は、各自動車メーカーが電気自動車が発する人工警告音を独自に作ることを認めました。それによって、各社が競ってオリジナルの人工音を作り、ブランド化されました。その音を聞けば、どこの自動車会社の電気自動車か容易にイメージすることができます。歩行者や自転車乗りは、電気自動車が近づいてくるのを聞けば、その音によって、どんな車が近づいてきているかも分かります。音響デザイナーにとって、やりがいのある仕事がたくさんあります。歩行者に注意喚起を促す人工音を開発する仕事以外にも、車内で流される音声案内の声を作り出したしたりといった仕事などがあります。多くの研究者がしのぎを削っていて、素晴らしい技術が次々と生み出されています。GM社で人工音声研究に詳しいジガー・カパディアは私に言いました、「私はとても幸運だと思いました。私は、電気自動車が発する人工音を思いどおりに研究することができます。それは、世界の音のあり方に影響を与えるような仕事です。」と。

 カパディアは、ムンバイ大学で通信技術を学んだ後、ニューヨーク大学で音響関連技術の修士号を取得しました。彼は、ミシガン州ミルフォードにあるGMの音響研究施設でムーアの研究チームと共同研究を進めています。その共同研究では、1つの音を作る際に、約200個もの案を作ります。それらは、設備の整った測定室で審査されます。審査を繰り返すことで絞り込んでいって、残った案だけが路上で実地審査されます。実地審査まで残るのは、数案しかありません。

 カパディアは、車両音響警報システム (AVAS:acoustic vehicle alerting system)の人工音を香水にたとえています。彼は私に言いました、「香水と同じように、人工音は広がっていきます。警報システムの人工音には、低音域の音、中音域の音、高音域の音で作られています。」と。 さらに付け加えて言いました、「その3種類の音を融合させて1つの音を作り出します。電気自動車毎に独自の音が作られます。作られる音は、電気自動車毎にそのブランドイメージに合う音が作られます。環境に優しいイメージを全面に打ち出している電気自動車のブランドもあれば、近未来的なイメージのブランドもあるわけですが、いずれもそのイメージに相応しい音が作られます。」と。彼が言うには、2023年に発売されるGMのキャディラック・リリック(Cadillac Lyriq)の発する人工音はディジュリドゥというオーストラリア古来の管楽器の音で、音程は完全五度(p5またはerfect fifth、力強い効果を出すことができる)だそうです。リリックは、GMが長年大切にしてきた高級車ブランドの名を冠した最初の電気自動車ですので、そのイメージに沿った力強い音が作られたそうです。しかし、GMは先日、ハマーの電気自動車バージョン(Hummer EV)を発売したのですが、余談ですが重量が9000ポンド(約4トン)もあるのですが、カパディアは、もっと歪んだ音にしたかったと言っていました。できれば、もっと大胆なハマーのイメージに合った音にすべきだったとも言っていました。ハマーEVが前進時に発する人工音は、私に教会を連想させました。教会のパイプオルガン奏者が次の賛美歌に入る時の音を思い出したからです。

 フォード社は、自動車購入者が電気自動車に相応しいと考えている音を突き止める為に努力しています。エンジニアとコンサルタントが潜在顧客から意見を聞いたり、フェイスブックでどんな音が相応しいか意見を募ったりしています。その反響が非常に大きかったことからも、フォード車のファンは自分の意見を伝えたいと考えていることが分かりました。私は独自に電気自動車の音に関する調査をしてみました。YouTubeでは、様々なメーカーやブランドの電気自動車の音を聞くことができます。そこに付けられたコメントをできるだけたくさん集めて分析をしてみました。その結果、類推できたことは、ほとんどの人が電気自動車の発する音は、ガソリンエンジン車のものと違うものにすべきであると考えているということでした。高周波音を発すれば、クリーンエネルギーのイメージを醸し出せます。同時に、自動でソフトウェアによって制御されている先進的なイメージも醸し出せます。どうも、電気自動車というと、多くの人はSF映画のイメージに引っ張られてしまうようです。「フィフスエレメント(The Fifth Element,)」、「ガタカ(Gattaca,)」、「ブレードランナー(Blade Runner)」などの映画です。もちろん「スターウォーズ(Star Wars)」も外せません。それらの映画では、空飛ぶパーソナルカーが飛び回っていますが、そのイメージが強烈に人々の脳裏にこびり付いてしまっているようです。それで、多くの人たちが、電気自動車も近未来的なものだから同様にヒューという音をたてるべきだと考えるようになったようです。実は、多くのSF映画において、擬音担当者は録音したガソリンエンジン車が吐き出す音を元に、ヒューという音を作っています。近未来を描いた映画であるリドリー・スコット監督の「ブレードランナー2049(Blade Runner 2049)」では、ライアン・ゴズリングが操る空飛ぶ乗り物が発する音は全く先進的ではありません。壊れかけのおんぼろガソリンエンジンのような音でした。

 フォード社のブライアン・シャベルは、GMのムーアと同じく車の音響に関する研究を続けてきたサウンドエンジニアです。フォードのスポーティかつ実用的な電動SUVであるマスタング・マッハE(Mustang Mach E)の発する音の開発にも携わりました。彼は私に言いました、「ガソリン車のマスタングの低周波変調のあるエンジン音の名残を残したいと思いました。マスタングが築き上げてきた良いイメージを捨てたくなかったのです。また、世の中のあらゆる音を調べました。人々は、電気自動車の強力な電気モーターからどんな音を連想するでしょうか?おそらく機械が作動するような音だと思います。実際、FIAのフォーミュラE世界選手権(電気自動車によるフォーミュラーカーのレース)では、バリバリと轟音が響いています。非常に甲高い、生々しい音です。フォード社では、甲高い音と生々しい音、この2つをどう融合させるかに注力しました。映画「バットマン(Batman)」や「ブレードランナー(Blade Runner)」に登場する車のようなおどろおどろしいものにはしたく無かったのです。」と。私は、マッハEが前進する時に発する音は、トンボがホバリングしている時のように思えました。バックする時の音は、コオロギが鳴いているように思えました。

 フォードは新しい音を1セット作るにあたり、ブルックリンに拠点を置くオーディオ・ブランディング会社、リッスン(Listen)社と協業しました。リッスン社のメンバーであるコナー・ムーア(ダグラス・ムーアとは無関係)は、”CMoore Sound”社の創設者でもあります。また、グーグルの自動運転試作車ファイヤフライ(Firefly)の開発にも参加していました。テスラ(Tesla)、ルシード(Lucid:カリフォルニア州 ニューアークを拠点に、電気自動車を開発している)、ウーバー(Uber)などのテック企業と仕事をした経験もあります。電子音楽家でもあるムーアは、音楽を作曲する時と同じプロセスで同じツールを使って、電気自動車用の音を作っていると言っていました。機械や自動車の音や野外の音などを録音し、それを混成したり合成したりして音を作り出したそうです。

 ムーアは言いました、「F-150ライトニング(F-150 Lightning)は、フォードの大人気ピックアップトラックの電気自動車バージョンです。」と。それ用の音を作り出す際には、その車のサイズやスケールを考慮しなければなりません。ですので、重厚感を出すために、金属や石など重量のあるものの音を録音したりしたそうです。低音域の音が歪んで身体に響きが伝わるような感じにしたかったそうです。また、風や水の音、土や木などの音、より大自然を感じさせる要素も取り入れたそうです。F−150ライトニングの車内で発せられる人工音は、自然界から収集した音源を元に生み出したものです。

 世界には60の主要自動車ブランドがあります。それぞれの電気自動車に独自の人工合成音を発生させることを認めると、どうなるでしょうか?私はムーアに聞いてみました。どうして聞いたのかと言うと、さまざまな種類の音が氾濫して混乱し、大惨事になってしまうのではないかと懸念したからです。私は、人工的に合成された様々な音が混じり合い競い合って、それが不協和音のように不快なものになるのでは無いかと懸念していました。もし、すべての車が私の寝室の窓の下の道路を通り過ぎる時に、ブランド毎の独自の警告音を発したとしたら、どうなるでしょう?寝ていても人間の脳は、新奇性を認識することができるということを、このコラムの冒頭で私は記しました。1台1台が異なる音を発したら、私の新奇性を感知する神経は、おかしくなってしまうのではないでしょうか。私はムーアに私の寝室の前の道路の状況を説明しました。20ヤード(約18メートル)ほど先に信号があること、いつも信号待ちになると6〜8台の車が止まっていることなどを説明しました。もし、通りの車が全て電気自動車に置き換わったら、私は眠りたいのであれば、すぐ近くの93階建てのブルックリン・タワー(Brooklyn Tower)の最上階に引っ越さないといけないかもしれません。

 ムーアは答えました、「人工的に意図して自由に音を作ることができるわけですから、逆に、上手くすれば、より静かな環境を生み出すことができるのではないでしょうか。私は、その方向で音を作っています。しかし、5年後には電気自動車の割合が80%になり、それぞれが独自の合成音を発すると不協和音が溢れる中での生活を余儀なくされる可能性があります。そうすると、おちおちと眠ってはいられなくなるかもしれません。」と。ムーアは、いつか都市は、街頭で発せられる警告音を特定のキーにするよう規制しなければならなくなるかもしれないと推測しています。私は、個人的には、ジェイ・Z(Jay-Z)とアリシア・キーズ(Alicia Keys)が歌うエンパイア・ステート・オブ・マインド(Empire State of Mind)のキーである嬰ヘ長調(F-sharp major)が良いと思います。しかし、ムーアは少し考えてから、「もしかしたら、そんなことをしたら、人々が狂ってしまうかもしれない。」と言い直しました。

 ところで、電気自動車の車両音響警報システム (AVAS:acoustic vehicle alerting system)の音がどの程度カスタマイズ可能であるべきかという問題もあります。2017年、自動車メーカーは連名で全米高速道路交通安全委員会に対し、ドライバーが音をある程度自由に調整できる選択肢を提供することを認めてほしいと嘆願しました。全米高速道路交通安全委員会は公開審査期間を経て、安全上の理由からこの要求を却下しました。しかし、この問題は再び浮上する可能性があります。テスラ車には、ブームボックス(Boombox)機能が備わっています。それは、ソフトウェア機能で、車の外部に設置されたスピーカーからさまざまな音を警告音として流せるというもので、さまざまな音を選択できます。現実的には、ドライバーが電気自動車の外部スピーカーから再生する音を制限することは困難であると思われます。ブームボックス機能は2020年12月にソフトウェア更新の際についでにリリースされたものです。ブームボックスがリリースされた際の宣伝文句には、「テスラ車のドライバーは、外部スピーカーからヤギの鳴き声やアイスクリームトラックの音楽や拍手やおならの音など、さまざまな音を流すことによって歩行者を喜ばせることができる。」と記されていました。2022年初頭に、米高速道路交通安全委員会はブームボックス機能が規制に違反していると判断しました。イーロン・マスクは、規制当局をファンポリス(fan police:他の人が楽しんでいるところに割って入り、せっかくの楽しい雰囲気を台無しにする者)と呼び非難しました。しかしながら、テスラ社は、ブームボックス機能の付いていた全ての車両のファームウェアのアップデートを行って、ブームボックス機能を走行中には使えないようにしました。おそらく、ハッカーの中には、それを回避する方法を見つけ、その機能を勝手に復活させたりする者もいるでしょう。機能が使えなくなるのは走行時だけですので、今でもテスラ車は駐車中であればおならの音を発することができます。

 また別の問題もあります。それは、ニューヨーク市はそもそも音が溢れていてうるさすぎるということです。米高速道路交通安全委員会の規制によって警報システムのデシベルレベルが定められるのですが、ニューヨークでは騒がしすぎて聞き取れない可能性があるのです。ダグラス・ムーアは私に言いました、「規制で定めた値は、普通の人が普通の状況で聞こえるようなレベルに設定されています。ですので、どこでも聞こえるものだとは認識していません。工事現場などでは聞き取りにくいでしょう。全ての場所で聞こえるようにしようとして、値のレベルを上げるべきではありません。それをやってしまうと、周囲がさらにうるさくなる、値のレベルをもっと上げる、さらにうるさくなる・・・というデス・スパイラルに陥ってしまうからです。

 しかし、そもそも既にデススパイラルに陥っているのではないかと思わなくもありません。結局のところ、警告音が聞こえないのであれば、何の意味があるのでしょうか?私は、ちょっと前にマスタング・マッハEを借りて、その車の走行状況を記録する予定の同僚と一緒にブルックリンあたりを走りました。彼はウィリアムズバーグのケント・ストリートで車から降りて、私が運転するマッハEが通過するのを録音するためのマイクを持って待っていたのですが、マッハEが前方に向けて発する警報音はほとんど感知できなかったようです。私が思ったのは、これなら、これからも通りに面した2階の寝室でぐっすり寝られるだろうということでした。しかし、聞こえにくいので自転車に乗る時は安心できないだろうとも思いました。