パンデミックへの耐性が強い社会を作るためには何が必要か?

3.パンデミック対応で必要なこと3つ ②ワクチンの供給体制構築

変革が必要な2つ目は、ワクチンの開発に関することです。次のパンデミックがどのウイルスによって引き起こされるのかを確実に予測することはできません。それでも、一部のウイルスは他のウイルスよりもパンデミックを引き起こす可能性が高いことが判明しています。ウイルスにはRNAウイルスとDNAウイルスがあります。RNAウイルスはDNAウイルスより変異しやすいという傾向があります。というのは、RNAは1本鎖構造でバックアップの役割となる対の鎖をもたないので、複製時に遺伝情報の再現性が低くなるからです。また、動物由来感染症は、突然人間に感染するようになり危険な形に変異することがしばしばあります(新たな感染症の4分の3は動物由来感染症だと考えられています)。また、水、排泄物、蚊、性交で感染するウイルスに比べて、飛沫感染するウイルスは感染が拡大する可能性が高くなります。感染症対策研究者は、こうした特性や他の特性などを考慮して事前にウイルスの治療法や対応手順等を構築しておくべきです。次のパンデミックを引き起こす可能性が高そうなウイルスの治療法を確立するのを急ぐべきです。対象は、インフルエンザやコロナウイルスやフィロウイルス(エボラやマーバーグなど)やパラミクソウイルス(はしかやおたふくかぜのウイルスと同じ属)などです。また、ワクチンが開発されておらず致死率が高くなりそうなウイルスへの対応策も検討しておかなければなりません。ニパウイルスやヘンドラウイルスなどです。
 セス・バークレー(貧しい国の子供たちにワクチン接種を支援する組織GaviのCEO)は私に言いました。「私たちには今、ワクチンを非常に迅速に作ることを可能にする素晴らしい技術、mRNA技術があります。また、もう一つベクターワクチンという素晴らしい技術もあります。ベクターワクチンの開発では、途中まで開発をすすめて、しばらく開発を凍結しておいて、ウイルスの型が判明してからワクチンが必要になった時に、残りの開発だけを行って、迅速にワクチンを作ることができます。」と。ベクターワクチンの開発の事前準備では、大学と製薬業界の間の連携が重要です。バークレーは言います、「大学等での学術研究は非常に重要です。しかし、大学の教授がワクチンを量産することできません。目指すべき姿は、さまざまな大学でワクチンの原型が何千種類も作られて、その中から製品開発に熟練した企業や機関が有望なワクチンを選んで量産化する形です。」と。
 製薬企業にパンデミックが発生する前にワクチンを開発させるには、何らかの金銭的インセンティブを与える必要があります。アミターブ・チャンドラ(ハーバード大学のエコノミスト)が話した時に言っていましたが、製薬企業にとって、ワクチンは割の良い投資ではないのです。理由は3つあります。まず、パンデミックはめったに発生しないし、ワクチンを開発する前にパンデミックが終わる可能性があるということがあります。次に、ワクチンは特定のウイルスや細菌を標的としているため、苦労して開発してもパンデミックが終われば売れなくなってしまうということがあります(製薬企業が開発したいのは、糖尿病や心臓病の薬です。常に患者が多く、長期に渡って服用してもらえるからです)。また、ワクチンの価格を膨大な利益が出るような価格に設定するのが難しいということもあります。チャンドラは言いました、「ワクチンが大量に売れるのは緊急事態やパンデミックの時で、販売する相手は政府や慈善団体になります。高額を支払ってくれる民間保険会社ではないのです。」と。
 チャンドラは、パンデミックを引き起こす可能性のあるウイルスに対するワクチンは、政府機関が買い取ると保証すべきだと主張します。人工呼吸器や検査キットの買い取りも保証すべきです。彼は、BARDA(米国生物医学先端研究開発局)が買い取るのが良いと主張しています(BARDAは9/11テロに対応して作られた組織で、保健社会福祉省配下の組織です。ワクチン研究、パンデミックへの準備、バイオテロ対策などが管轄です)。そうすれば、ワクチンを開発する企業のインセンティブは高まるでしょう。そうすれば、製薬企業は開発に成功したらどれ位の利益が出るか見通すことが可能になります。ワクチン以外でもこうした手法は有効でしょう。
 チャンドラは、政府がワクチンや他の治療薬の開発に継続的に資金を投じていくことは、たとえそれらが使用されなかったとしても重要だと言います。彼は、ワクチン等の買い取りでは、安値で買いたたくべきではないと言います。気前よく支払った方が良いでしょう。そうすれば、各社が競ってワクチンを開発しようとするでしょう。ワクチン開発の難度が高い時には、なおさらそうすべきです。研究段階では有望に思えても、後に開発を断念せざるを得ないようなことも度々あるでしょう。チャンドラは言いました、「もしも、ワクチンの開発に挑戦したのがアストラゼネカ社とメルク社の2社だけだったとしたら、どうなっていたでしょう。2社ともワクチン開発に失敗したかもしれないと考えると、ぞっとします。」と。