7.Facebook社のとった例外的対応が問題をより複雑にした
独裁的なブラジルの政治家であるジャイール・ボルソナロは、2018年にわずかな予算で大統領選に立候補しました。メッセージを発信するために、Facebookに大きく依存していました。なぜなら、ブラジルで最も使われているソーシャルメディアアプリだったからです。2019年に大統領に就任して以来、FacebookLiveで毎週演説を流しました。今年の初め、ある週のスピーチの中で、彼はブラジルの先住民について次のように述べました、「彼らは進化しています。そして、ますます私たちのような人間になりつつあります」と。ボルソナロが人種差別主義者であることは誰もが知っていることですから、そうした発言は何も驚くべきことではありません。しかし、それでもそのコメントは大騒動を引き起こしました。Facebook社は、その動画を削除しませんでした。Facebookのガイドラインでは、人間性を奪うような表現や人間以下と揶揄するようなことは禁止されているにも関わらずです。
メンロパークのFacebook本社のサイバーセキュリティのエキスパートであるデイビッド・ティールは、この騒動のことを知りました。デイビッド・ティールは、ピーター・ティール(ベンチャー投資家でトランプへの寄付者であり、Facebook社の取締役)とは無関係です。デイビッド・ティールは、Facebook上でそのスピーチを検索しましたが、それがまだ削除されていないことにショックを受けました。それで彼はWorkplaceに、「この動画はFacebookのプラットフォームから削除するべきではないか?」との質問を投稿しました。彼のその質問は、その分野のエキスパート達も目にすることとなりました。ブラジリアとダブリンの拠点のエキスパートも1人づついましたが、どちらも、その動画はFacebookのガイドラインに違反していないと判断しました。ブラジリアのエキスパートは、ボルソナロ大統領は、物議を醸すような不正確な政治的スピーチで知られていて、本当に言いたかったのは先住民は以前よりはブラジル社会に溶け込んでいるということであると投稿しました。デイビッド・ティールはその投稿に納得できませんでした。なぜなら、このブラジリアのエキスパートは以前に親ボルソナロの政治家のために働いていたので、客観的な情報源だとは思えなかったのです。また、Facebook社の現地の営業担当者がボルソナロにFacebookの使用を奨励していた事実を考慮すると、使用を止めさせるという判断をするのは難しかったのかもしれません。どうか当社のプラットフォームを使ってくださいと言っていた手前、もう使ってもらっては困りますなどとは格好悪くて言い出しづらいですから。
デイビッド・ティールはボルソナロ大統領の投稿が放置されていることに抗議しました。それで、コンテンツ政策チームの4〜5人のメンバーがテレビ会議で話し合うということに同意しました。ボルソナロ大統領の「先住民は人間になりつつある」という表現は人間性を奪っているという主張をするために、デイビッド・ティールは準備をしました。同僚何人かの助けを借りました。パワーポイントで15シートの資料を作成しました。コンピューターエンジニアの1人も手伝ってもらい、内容の細部にも細心の注意を払って完成させました。1つのスライドでは、ボルソナロが先住民が人間になりつつあると述べたことを問題視していました。そのスライドでは、”なる(become)”という単語のメリアム・ウェブスター社の辞書での定義が付記されていました。また、人間になりつつあるという表現は先住民は人間でないと言っていることを必然的に示しているということも付け加えられていました。また、デイビッド・ティールはボルソナロの人種差別的な言動がこれまでにも暴力行為を引き起こしていると主張しました。(2019年、ボルソナロが大統領に就任した年に、ブラジルでは7人の部族指導者が殺害されました。この20年で最多でした。)デイビッド・ティールのパワーポイントの後ろから2番目のスライドでは、ザッカーバーグがジョージタウンで行ったスピーチからの引用文が記されています。その文言は、「暴力行為は人間性を奪うような言動から始まって広がって行くことは歴史が証明している。それを私は真剣に受け止めています。ですから、Facebook社のプラットフォームからそれを取り除くために必死に取り組んでいます。」というものでした。ティールが資料の説明を行った時、彼は思い出しました。それは、Facebook社の政策担当チームのさまざまなメンバーがいろいろと邪魔をしてきたこととか、自分の信頼性に疑問を投げかけられたことなどです。しかし、そうした妨害は上手くいきませんでした。それで、彼らは理屈の通らない説明を繰り返し、ボルソナロの言動はFacebook社の規則に違反していないとの主張を変えませんでした。以前にコンテンツ・モデレーターをしていた者に聞いたのですが、何時のことか定かではないのですが、政治家がFacebookの規則を破る時には何時でも例外対応をすれば良いとFacebook社の誰かがと言っていたということです。しかし、彼らはそのことをを決して認めたくないようでした。それで、この論理がねじれてしまったような状況に陥ってしまったのです。そこでは、明らかに自社の基準に違反しているものを目にしても、問題ない、全然基準に違反していないと言い張らなければならないのです。
2020年3月にデイビッド・ティールはFacebook社を辞すると言いました。彼は、頭にきて我慢できなかったのだと言います。彼は、Workplaceに長く熱烈な文章を投稿しました。彼は記しています、「Facebook社は大金持ちや権力者とますます仲が良くなっています。それで彼らに例外的なルールで好き勝手出来るようにしてしまっています。極右の行動には本当にうんざりさせられるし、これ以上とても耐えられません」と。彼が惜別の文章を投稿した直後に、コンテンツ政策チームは、ボルソナロのスピーチについての彼らの決定を覆したということを彼に知らせました。彼らがデイビッド・ティールを去らせたくなかったのか、あるいはもっと良い条件で去らせようとしていたのか、真意は分かりません。しかし、彼にとってどうでも良いことでした。何故なら、すでに辞めると決めてしまった後だったからです。