経済制裁って効果あるの?ロシアに課した制裁措置でプーチンは苦しんでるか?いや、西側の方が苦しんでるだろ!

2.経済制裁によって専制的な指導者が退いたことはほとんど無い

 歴史を紐解くと、経済制裁は、少なくとも古代アテネまでさかのぼることができます。紀元前432年頃、ペロポネソス戦争が勃発する直前のアテナイ帝国を率いていたペリクレスが、スパルタの同盟国を対象に禁輸措置を講じる「メガラ布令(Megarian Decree)」を打ち出しました。しかし、その効果については疑問符が付くようです。歴史家の中には、この法布がペロポネソス戦争の火種になったと推測する人も少なからずいるようです。

 第一次世界大戦後、国際連盟(League of Nations)は国家間での侵略行為を抑止する方法として経済的手段を導入することを検討していた時、ウッドロウ・ウィルソン(Woodrow Wilson)は、経済制裁は紛争の解決手段となりうるが、「凄惨な結果をもたらす」戦術であると語っていました。彼は、経済的制裁を課すことで、弾丸が飛び交うことなく、平和裏に、紛争を終結させられる可能性があると考えていたようです。しかし、彼は言っていました、「これは恐ろしい手段です。制裁を課された国の人が死ぬわけではないのですが、過大な圧力をかけられることとなり、交易が盛んになった今日ではこれに耐えられる国は無いだろうと私は思います。」と。このウィルソンの推測は全く正しいものでした。その後、ドイツ、イタリア、日本が厳しい経済制裁を課されたわけですが、それらの国は制裁に耐えられず、世界は再び世界大戦に突入することとなりました。

 しかし、経済制裁を課すという方策は、時として非常に魅力的に見えてしまうものなのです。そのため、特に米国は外交政策でたびたび採用してきました。過去80年間で、米国はソ連、中国、キューバ、ベトナム、イラン、イラクなどに対して経済制裁を行った実績があります。1万以上の団体が制裁対象として指定されました。これまでの制裁措置の中で最も明確に成功した例は、南アフリカへのものです。アパルトヘイト体制に反対して全世界が協力して制裁を課しました。1986年、米国は南アフリカの沢山の貿易相手国と協力して制裁を課しました。同国の商品やサービスを拒み、ボイコットする動きが世界中に広まりました。その結果、経済的な苦境に陥った南アフリカは1994年にアパルトヘイト政策を廃止しました。

 2001年の9.11テロ事件の後、ジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)は即座に「テロリストの資金源を断つ」 ことを公約に掲げました。アルカイダ(Al Qaeda)は、慈善事業を装ったりダミー会社を通じて資金を調達していました。集めた現金は、送達されたり、各地でマネーロンダリングされたりしていました。様々な国際銀行を経由して世界規模で資金が移動していました。このような資金の移動を断つために、ブッシュ大統領は、これまで国家安全保障関連ではあまり中心的な役割を担ってこなかった財務省に目をつけました。アルカイダは武器や訓練に支払うために多額の現金を移動させる必要があったのですが、財務省の幹部はそれを妨害する手立てがあることを認識していました。

 9.11テロ事件を受けて成立した米国愛国者法(The USA Patriot Act)は、テロ対策として政府に巨大な権限を新たに付与しました。その条文に書かれていることなのですが、財務省は米国内の金融機関に対し「マネーロンダリング上の最懸念先(primary money laundering concern)と認定した国や対象金融機関に特別措置を取るよう命じることができます。それにより、認定された国や金融機関等は、米国の金融システムから完全に切り離されます。米国は世界の金融システムにおいて重要な役割を果たしているため、最懸念先と認定された国や機関等への影響は凄まじく、破壊的でさえあります。財務省は、その時から制裁措置に携わることとなったわけですが、オバマ政権下で財務次官補としてマネーロンダリングや金融犯罪の防止に携わっていたダニエル・グレーザー(Daniel Glaser)は言っていました、「突然、財務省はテロ防止という当時もっとも重要視されていた政策に携わることになったのです。財務省は、オサマ・ビンラディン(Osama bin Laden)を破産させるつもりで取り組んでいました。今振り返ると、さすがにちょっとやりすぎだったと思わなくもありません。しかし、その後、標的を決めてそれに厳しい制裁を課すという形は、テロに対して国際社会が協調して取るべき手段の1つとして定着しました。」と。

 2004年には、財務省内にテロおよび金融情報局(Office of Terrorism and Financial Intelligence)という新しい部門が設置され、強大な権限が付与されました。同局は、テロリストやマネーロンダリングをしている疑いのある人物だけでなく、安全保障を脅かしたり、国際金融システムの整合性を損なったりするようなことをする人物への資金援助を断つことも可能でした。同局の分析官たちは、マネーロンダリング等への警戒を怠りませんでしたし、強大な権限を行使して絶大な効果をあげつつありました。悪だくみを企てている者どもが利用する金融ネットワークを特定し、それを破壊していました。同時に、テロ集団、麻薬密売組織、ならず者国家等に悪用されやすい国際金融システムの脆弱性を突き止めることにも注力していました。2004年末頃、マカオにある小規模銀行「バンコ・デルタ・アジア(Banco Delta Asia)」が北朝鮮のマネーロンダリングに利用されているとの情報が米国情報筋からもたらされた時には、同局の能力が試される機会となりました。朝鮮戦争以降に粛々と続けられている貿易制裁によって経済的に疲弊していた北朝鮮の金正日総書記は、資金調達のために違法薬物の密売や偽造品の流通に勤しみ、決済はダミー会社経由で行っていたとされていました。その中でも特に有名なのは、スーパーノート(Supernotes)と呼ばれる高品質の偽百ドル札の製造でした。かなりの量が流通したとされています。

 2005年9月15日に財務省はバンコ・デルタ・アジアを「マネーロンダリングの懸念先(money laundering concern)」に指定しました。そして、すべての米国の銀行に同行との取引を停止するよう政令を出しました。ジョージ・W・ブッシュ政権で国家安全保障副顧問を務めていたフアン・サラテ(Juan Zarate)は、自著「Treasury’s War(未邦訳:財務省の戦争くらいの意?)」の中で記していました、「北朝鮮の資金獲得活動を、国際金融システム上で出来ないように試みました。強固な防御網を構築して北朝鮮というウイルスが侵入できないようにしたのです。」と。その後の数日間で、同行の口座開設者が殺到して資金を引き揚げました。それで、最終的にはマカオの金融当局が介入し、同行は管財人の手に委ねられることとなりました。同行が保有していた北朝鮮関連の資産約2,500万ドル相当が凍結されました。同行の破綻の影響が広がって、世界中の政府や銀行が北朝鮮との取引を停止しました。数ヶ月のうちに、北朝鮮は世界の金融システムから事実上切り離されたのです。この措置は、米国が金正日総書記と核開発に関して交渉する際の切り札にもなりました。

 グレーザーは私に言いました、「北朝鮮への制裁で全世界が思い知りました。それは、米国が実質的には単独でならず者国家などに対して大きな圧力をかけることが可能であるということです。私たちは、自分たちのやったことの効果のあまりの大きさに驚いていました。自分たちは魔術師なのではないかと思っていましたよ。」と。

 その後の数年間で、テロおよび金融情報局(Office of Terrorism and Financial Intelligence)の官僚たちは、さらに野心的になっていきました。イランに対して精力的に金融制裁を行おうとしました。米国は1980年代半ばから、イランをテロ支援国家に認定していました。2006年、同局はイランの1つの銀行に対して、ヒズボラ(Hezbollah)の活動を助長しているとして制裁を行いました。米国がヒズボラをテロ組織に認定した直後のことでした。その後まもなく、同局は、イランの兵器開発に与したとして、別のイランの銀行に制裁を課しました。その後もこうした制裁はたびたび行われています。2010年には米国下院でさらに多くの制裁を課すことができるようにする法案が可決され、財務省はイランの中央銀行であるイラン・イスラム共和国中央銀行(Central Bank of the Islamic Republic of Iran)を制裁対象にすることができるようになりました。2015年に、そうした経済制裁の累積的影響に苦しんでいたイランの指導者は、経済制裁緩和と引き換えに核兵器開発を停止することに同意しました。

 非常に皮肉なことなのですが、こうした厳しく長期にわたる制裁措置が、米国が弱体化させようとした政権の権力を逆に強化してしまったこともあります。イランでも、原理主義的な指導者たちは、外部からの圧力に苦しめられながらも、逆に政治的な正当性を高めることに成功しています。米国は数十年にわたってキューバへの禁輸措置を続けたわけですが、フィデル・カストロもそうでした。

 歴史学者で「The Economic Weapon: The Rise of Sanctions as a Tool of Modern War(未邦訳:『経済兵器:現代の戦争の道具としての制裁の台頭』くらいの意?」の著者であるニコラス・マルダー(Nicholas Mulder)が指摘しているのですが、北朝鮮やイランやキューバだけでなく、西側諸国によって厳しい制裁を課された国の多くで、専制的指導者が何年も統治を続けて頑なにその地位に留まっています。彼は言いました、「制裁は一種の錬金術のようなものです。その国の経済というブラックボックスにあらゆる種類の圧力をかけ、そのブラックボックスの向こう側で政治的変化が起こることを期待します。しかし、制裁等によって苦痛や打撃を与えたとしても、必ずしも期待していたような変化がもたらされるわけではないのです。政治体制が変わるなどということは、ほんの稀にしか起こりえないことなのに、その難度の高さは過小評価されています。ですので、制裁は思ったより効果が無いことも多いのです。」と。