5.今回の制裁措置でロシア経済はかなり大きい影響を受けそう
米国の財務省は世界で唯一、独自の情報機関を有しています。それはペンシルバニア通りにある財務省本部内にあります。2月23日の夜にローゼンバーグは重い金属製のドアを通って、スマホを鍵付きボックスに預け、イエレンに制裁案を伝える機密情報の作成に取りかかりました。隣の部屋では、24時間体制で勤務する情報分析官が数人ほど点滅するモニターの後ろに立っていました。午後10時頃、分析官の1人から「ロシアがウクライナの標的にミサイルを発射した。」との報告がありました。戦争が始まってしまったのです。その時その部屋にいた関係者の1人は、制裁措置を早期に講じなければならないという目的意識が高まったと振り返っています。それから数時間の内に、ロシアに対する大規模な制裁措置が発動されました。
イエレンは私に言いました、「私は財務大臣レベルの人たちと議論していました。しかし、議論を終える際に私は、『私の部署の経済制裁措置に詳しいスタッフから後ほど連絡させます。』言いました。そして、私は、アンドレアとウォーリーとリズにすべてを任せたんです。彼らは本当に骨の折れる仕事をしてくれました。もし、制裁措置がすべて上手くいくとすれば、それは全て彼らのおかげなんです。」と。
2月に発動された制裁措置には、予測されていた制裁措置と異なる部分があり、包括的ではないところも少しありました。ロシアの当局者で本来制裁の対象となるべき人物の中の数十人が制裁対象となっていませんでした。また、SWIFTから切り離された銀行の数は7行にとどまっていました。しかし、それで問題なかったのです。というのは、制裁措置を立案した際に、わざと追加で制裁措置を強化できる余地を残していたからです。プーチン大統領が予測していたほどダメージを感じない場合に備えて、さらに制裁を強化する余地が残してあったのです。
ローゼンバーグが私に説明してくれたのですが、制裁措置を設計して実施するということは、主に経済的な予測をして金融機関に働きかけるという部分が大きいそうです。ともすれば、機械的に行う事務作業のように感じられるそうです。彼女の典型的な1日は、文章を作成して、編集し、それを上層部に渡すというものでした。そうした作業に追いまくられていたわけで、ウクライナの人たちが被害を受けている現実をあまり深くは認識できていなかったそうです。彼女は言いました、「今年の春にロシア軍がブチャ(Bucha)で民間人を虐殺していることをニュースで見ました。その時に、『ああ、このために私たちは仕事をやっているんだ』と認識しましたかね。」と。
ロシアがウクライナに侵攻を開始した直後に起こったことは、全て予測どおりであったわけではありません。ロシアから民間企業が大量に脱出することなどは、全く予測できていませんでした。数日の内に欧米諸国の人々の怒りが爆発し、そのことが多くの企業を突き動かす圧力となりました。アップル(Apple)、ネットフリックス(Netflix)、エクソンモービル(ExxonMobil)、シェル(Shell)など数十社がロシアからの撤退を表明しました。ほどなくして、さらに1,000社以上の企業がそうした動きに追随しました。イエレンが言っていたのですが、制裁のインパクトは非常に大きくなりました。
シンは、そうして多くの企業がロシアから撤退したことで、制裁の効果が持続するだろうと推測しました。彼は言いました、「マクドナルド(MacDonald’s)はいったん撤退したら、再び戻ることはないでしょう。ロシアにたくさん持っていた資産を放棄してしまいましたから、戻りたくても戻れないんです。他の多くの企業も同様でしょう。」と。