6.制裁措置は西側諸国にも苦痛を与える
財務省の官僚からすると、制裁措置を課す際にその種類が多ければ良いというわけではありません。むやみやたらと制裁項目を増やすことで、結果を推測することが難しくなってしまう可能性もあります。例えば、2018年にロシアのクリミア侵攻などを受けて、財務省外国資産管理局(Office of Foreign Assets Control:略号はOFAC)がロシアの「アルミ王」とも呼ばれていたオリガルヒのオレグ・デリパスカ(Oleg Deripaska)と彼の経営する企業に対して制裁を課しました。これが発表されると、世界のアルミニウム市場は大混乱し、たちまち価格が急騰しました。
制裁措置や海外資産の差し押さえは、慎重な調査と法的な審査を経た後に粛々と行われています。例えば、今年の3月にはロシア国営石油コングロマリットのロスネフチ(Rosneft)とロシアで一番の富豪といわれるアレクセイ・モルダショフ(Alexey Mordashov)が所有していると推測される豪華ヨットが欧州当局によって差し押さえられましたが、それらも慎重に実行に移されたのです。制裁リストに個人や企業を載せる前に、外国資産管理局(OFAC)の調査チームが、しばしば他の政府機関と協力して、潜在的な影響を分析し、予期せぬ結果を最小限に抑えこむように努めているのです。
プーチンは、ルーブルに対する需要を喚起してその価値を高める戦略をとることで制裁措置に対抗しようとしました。彼は、石油や天然ガスの購入代金はルーブルで支払うよう要求しました。また、ロシア中央銀行はロシア国民がルーブルを外貨に交換することを制限しました。6月末になると、ルーブルの価値は回復しました。1カ月経って、ロシア軍はゆっくりとではあるが、確かな成果をあげつつありました。たくさん成果があったわけですが、その1つは、戦略的に重要なオデッサ港を爆撃したことでした。それによって、世界の他の地域で必要とされている穀物の備蓄を放出する計画を頓挫させるという成果をあげました。
EU諸国は、これまでに6度の制裁措置を発動しています。その中には、ロシア産原油の海上輸送を段階的に禁止するという項目も含まれています。この制裁措置によって、パイプライン輸送を減らす措置との相乗効果が見込まれるので、ロシアの原油輸出を9割程度削減できるとEUは見込んでいました。また、EU加盟各国は、天然ガスの消費量を15%削減することでも合意しました。その直後、ロシアの国営エネルギー企業ガスプロム(Gazprom)が、ロシアからドイツを通っているパイプライン「ノードストリーム1(Nord Stream 1)」経由で欧州中に供給している天然ガスの量を大幅に削減しました(ロシアは、制裁によってパイプラインに技術的な問題が発生したことが理由であると主張しています)。
また、ロシアはヨーロッパ諸国が必要としなくなった石油や天然ガスの多くを、中国やインドなどの国々に振り向けて売却しており、これらの国々は以前よりも良い取引条件を提示されているようです。ロシアの石油と天然ガス売却による収入は、1日当たり10億ドルという驚くべき金額に達していると試算されています。その額は、2021年の同時期と比べると40%近くも増加しています。元財務省官僚の1人は、ロシアが莫大な利益をあげていることは、部屋の中の象(the elephant in the room:誰もが認識しているにもかかわらず、敢えて口にすることを避けているタブーな話題)であると言っていました。
ロシアのエネルギー市場の力学を研究しているシートン・ホール大学(Seton Hall University)のマルガリータ・バルマセダ(Margarita Balmaceda)教授は、ロシアに対して大規模な制裁措置を発動したものの中途半端な効果しか生まないかもしれないと指摘していました。彼女は、西側各国の政府が制裁は大した成果をあげていないのに、それなりのことをしたとして満足してしまっている可能性があると指摘しています。
今年の夏まで、米国財務省の制裁担当部署の分析官たちは、時に自信を失うことがありました。エリザベス・ローゼンバーグは私に言いました、「状況は厳しくなっているように思えます。自ら引き起こした侵略行為によって原油価格が高騰し、ロシアがその恩恵にあずかっているのを見るとフラストレーションがたまります。恐ろしい侵略行為が止まない状況を見ていると、私たちの士気は低下しますし、悲しい気持ちになります。」と。