7.ロシアへの制裁は効いているが、戦争がすぐに終結するわけではない
秋口になって、ウクライナ紛争が他の経済的要因と相まって、アフリカと中東の食糧危機を悪化させました。また、世界的なインフレも引き起こしました。欧米の政治指導者たちは、経済的苦境に直面しているだけでなく、ウクライナを支援するコストが膨大になりつつあることに対する民衆の怒りが高まりつつあることも気になり始めています。
米国では、ピュー研究所(Pew study:ワシントンDCを拠点としてアメリカや世界における人々の問題意識や意見、傾向に関する情報を調査するシンクタンク)が行った調査によると、回答者の30%近くが、ロシアがウクライナ全土を併合しようとしていることに懸念を抱いていないと答えていました。国際通貨基金(IMF)によれば、ロシアのGDPは危険な夏を乗り切って安定しつつあるようです。ですので、プーチンへの制裁を弱めている場合ではないのですが、こうした西側諸国の国民の無関心さはプーチンを利することに繋がる可能性があります。
2022年のロシアのGDPの減少率は3%程度と予測されています。その数値は、ウクライナのGDPの減少率と比べるとおよそ10分の1でしかありません。また、西欧諸国の指導者たちの多くは、ロシアのGDPの落ち込みはもっと大きくなると期待していました。しかし、3%の影響は必ずしも小さいわけではありません。ロシアの国民はそれなりに大きな苦痛を感じていると思われます。
ロシアの経済政策を研究している政治学者のイリヤ・マトヴェーエフ(Ilya Matveev)の推定によれば、2021年にはロシアでフォルクスワーゲン、日産、現代など20社ほどの自動車メーカーが操業していました。それらの工場はすべて輸入部品に依存していました。現在、それらの工場はほとんど稼働していません。その中の1つであるアフトヴァズ(Avtovaz)は、ソ連時代に創業した大手自動車メーカーで、ルノーと提携しています。しかし、既にルノーは手を引いてしまっているので、現在、アフトバズはありあわせの部品で何とか操業している状況です。中国の自動車メーカーも操業していますが、同じような状況に陥っています。欧州ビジネス協会(Association of European Businesses)の集計によると、9月のロシアの新車販売台数は前年比で約60%も減少しました。
マトヴェーエフは、ロシア北部に位置する人口6万人の町、ティフビン(Tikhvin)を例に挙げました。この町には、最近まで2つの大きな働き口がありました。イケア(IKEA)の家具製造工場と鉄道貨車の組み立てを行うロシア企業の工場でした。ロシアがウクライナに侵攻後、イケアはロシア事業の閉鎖を発表し、その工場は操業を止めました。貨車組み立て工場は、必要な部品の調達に苦労し、数カ月間工場を閉鎖しなければなりませんでした。一時解雇された労働者たちは、より少ないお金で生活する術を習得しつつあります。
しかし、こうして一時解雇された労働者たちは、政府に対する不満を安全に表現する方法がありません。抗議行動は制限されていますし、独立系メディアのほとんどは既に閉鎖されています。「ロシアは本格的な軍事独裁国家になった。表立って戒厳令は発せられていませんが、事実上の戒厳令下にあるようなものです。」とマトヴェーエフは言いました。「ですので、ロシアでの政変が起きる余地はほとんどないと推測します。」
マトヴェーエフは、今年の春にロシア国外に脱出したのですが、今後数ヶ月の間にロシアは労働力不足に陥ると予測しています。しかし、彼は同時に、プーチンが数ヶ月どころか数年間は戦争を継続する準備が出来ていると考えています。「これは非常に悲劇的なことです。」と彼は言いました。「第一次世界大戦のことを思い出さずにはいられません。非常に激しい戦いが4年間も続いたのです。それと同じようなことが起ころうとしています。」
ナワリヌイ率いる反汚職財団のウラジミール・アシュルコフは、制裁措置は「鈍器であるが銀の弾丸(silver bullet:問題を解決するための確実な方法、特効薬)ではない」と表現しました。「制裁措置でウクライナの戦争がすぐに収束すると期待した人たちは非常に世間知らずでした。」と彼は言いました。「経済制裁は時間をかけてロシアの軍事能力と経済能力を低下させますが、即効性はないのです。個人に対する制裁措置は、プーチンの取り巻きの政治家や超富裕層などの生活スタイルを一変させますが、戦争をすぐに終わらせることはできません。」
アメリカ、イギリス、カナダ、ヨーロッパから制裁を受けたオリガルヒたちは、今後どのように振る舞うか決めることを余儀なくされています。中には、ほとんど何も持たずにロシアを去る人もいるでしょう。インスタグラムの投稿でロシアの侵略を批判し、保有していた自らが設立した銀行の株式を超安値で譲ることを強いられたと主張する起業家オレグ・ティンコフ(Oleg Tinkov)は、暗殺される恐怖に怯えながら暮らしていると伝えられています。また、ロシアにとどまり、ロシア国外に保有している資産を手放すという決断を下した者も少なくないようです。「自ら所有するスーパーヨット(mega-yacht)で地中海を横断するのに慣れている人にとっては、非常に不便なことでしょう」とアシュルコフは言いました。しかし、平均的なロシア人は不便なだけではありません。失業率が上昇し、物価が高騰し、物資の入手が困難になりつつあるのを目の当たりにしていて、じわじわと破滅に向かっているのを感じずにはいられない状況です。