経済制裁って効果あるの?ロシアに課した制裁措置でプーチンは苦しんでるか?いや、西側の方が苦しんでるだろ!

8.プーチンが戦闘を止めるまで、制裁の強度を段階的に上げていくしかない

 歴史学者であるニコラス・モルダー(Nicholas Mulder)は、制裁措置の発動は、戦争と平和の意味を根本的に変えたと考えています。制裁には抑止力があり、それによって軍事衝突を防ぐことができると理解されていることが多いのですが、それ自体が残虐な戦争と似ていなくもありません。制裁も戦争も、その影響が直接的に一般市民に及ぶという点が特に似ています。「大規模な制裁を課された国では、社会崩壊への道を歩むことが多いようです」とモルダーは書いています。「制裁措置を課された国の経済が疲弊してしまい、その後何十年にもわたって影響が残ってしまいました。衛生状態の悪化、食糧不足、栄養失調などの影響は数世代にわたって残りました。栄養不足で不健康な母親から不健康な子がたくさん生まれ、発育不良となる子もたくさんいました。制裁措置という経済的な手段は、放射性降下物と同じように、標的となった国や社会に長期間にわたって社会的、経済的、生物学的な影を投げかけました。」

 バイデン政権のメンバーが、財務省の制裁専門家も含めて、苦心したことがあります。それは、ロシアに制裁措置を課すにあたって、食料品、人道支援関連物質、医薬品は除外するようにしたことです。しかし、アデエモの同僚たちは、もっと苦労しました。というのは、予測していないことにも対処しなければならなかったからです。世界的なインフレ、貧困国の穀物不足などは元々想定していませんでした。例えば、ロシアが主要な生産国であった特定の肥料の供給が禁止されたことで、EUがロシアに課した制裁が結果としてチュニジアや他のアフリカ諸国など、既に深刻な食糧難に陥っていた国の状況をさらに悪化させてしまいました。

 かつて財務次官補としてマネーロンダリングや金融犯罪の防止に携わっていたダニエル・グレーザー(Daniel Glaser)は、制裁措置を課す際には、それが与えるダメージにや影響について深く考慮する必要などなく、遠慮する必要などないと指摘しています。彼は言いました、「インフレ率や失業率の上昇、GDPの減速などについて言及する人がいます。それらは何を意味しているのでしょうか?そうして数値は、たしかに制裁がたくさんの人たちにダメージを与えていることを示しています。他国に制裁を課して自国の国民も苦しむこととなります。そうした状況に批判の声が上がるのも理解できなくはありません。ウラジーミル・プーチンのような人物が出現して、私たちをこうせざるを得ない状況に追い込んでいることが問題の元凶なのです。とても悲劇的なことです。しかし、放っておいたら世界は最悪の状況になるわけですから、プーチンを追い詰めるということを止めるわけにはいかないのです。その間、残念ながら制裁を課す側もある程度のダメージは免れないのです。」と。

 制裁措置の次の段階として、財務省はロシアの原油に価格上限を設けることを望んでいます。ローゼンバーグらは、今月に入ってから西側諸国の制裁担当部署と最終調整に入りました。イエレンが私に言ったのですが、プーチンにダメージを与え、戦争継続を困難にする一方で、米国とその同盟国、そして世界経済に悪影響を与えないためには、原油に上限価格を設定することが最適であるそうです。原油価格は3月に1バレル当り100ドル超の高値を付けましたが、現在は85ドル前後で推移しており、ブルームバーグ・ニュースの報道によると、いずれ40ドルから60ドルのレンジが上限価格に設定されそうであると予想されています。ローゼンバーグは言いました、「ロシアが世界市場に原油を売るのをやめて、価格がさらに上がるのは困ります。我々は、ロシアが得る収入を増やしたくないだけなのです。」と。

 ロシアが売る原油の価格を制限するために、多くの国が結束して強力するというアイデアは空想的なものに思えるかもしれません。しかし、世界の原油市場の構造は非常に奇妙ですので、決して実現不可能ではありません。欧米の多くの企業が、ロシアが原油をタンカーで海外の買い手に輸送する際に必要となる保険サービスを提供し、融資も実施しています。直近で課された制裁措置によって、EU域内の企業はロシアの原油輸送に保険サービスを提供することが禁じられました。エネルギー政策に詳しい専門家の中には、この制裁には回避する方法がたくさんあるとして、この制裁措置に批判的な者もいるようです。しかし、アデエモは、この数カ月間でパリ、ブリュッセル、ニューデリー、ムンバイを訪問し、この案を支持するよう働きかけを行いました。

 驚くべきことに、ロシアの原油価格に上限を設けるという議論をしただけでも効果があったようです。9月にロシアが中国とインドに原油を販売した際に、更なるディスカウントを余儀なくされたようです。アデエモは、この上限価格設定をするという案は、ロシアへの技術輸出を制限している既存の制裁措置と相まって効果をあげるだろうと主張しています。先日、彼は私に言いました、「上限価格制限で、ロシアの収入は減り始めるでしょう。ロシアは収入を得続けるわけですが、収入が思うようには得られなくなることで、戦争継続に必要な物資を購入することが出来なくなるでしょう。このことが非常に重要なのです。」と。

 西側諸国がマイクロチップなどの技術輸出を禁止したことで、ロシアの精密誘導ミサイルなどの高度な兵器を作る能力は著しく低下しました。イエレンは、戦車を製造していたロシアの2つの工場が部品が足りなくなったために閉鎖されたことに満足げに言及しました。財務省は、G7諸国がロシアの外貨準備高(ドル、ユーロ、ポンド、円、金など数千億ドル相当)を凍結するというリスクの高い措置をとったことにも勇気づけられています。プーチンは、何年もかけて外貨準備高を増やし続けて、制裁措置が課された場合に備えていたのですが、その備えも無効となってしまいました。

 シンは、プーチンを押さえ付けるために、西側諸国は制裁措置以外にもたくさんの施策を実施していると言いました。ウクライナに武器や装備類を提供していますし、欧州各国のエネルギー源の多様化を支援していますし、ポーランド、エストニア、ラトビアなどの国でのNATO軍の存在感を高めています。彼は言いました、「経済が減速しないようにすることも重要ですし、武器や装備の充実も重要です。片方が欠けてしまったら、戦争を継続することはできません。」と。

 今年の秋の初め頃に、ウクライナ軍は同国東部のロシアが支配していた地域を奪還しました。その頃から中国とインドは西側諸国からの圧力を受けて、クレムリンと距離を置き始めました。しかし、10月5日、サウジアラビアがとった行動は、残念ながらプーチンに与するものでした。サウジアラビアが実質的なリーダーであるオペックプラス(OPEC+)は、原油価格の下落に歯止めをかけるため、日量200万バレルの減産を発表しました。この決定はプーチンにとって喜ばしいことであると同時に、原油価格の抑制のために生産量を増やすことを促してきたバイデン政権にとっては痛手となりました。

 シートン・ホール大学のマルガリータ・バルマセダ(Margarita Balmaceda)教授が私に言ったのですが、オペックプラスの決定は、プーチンを助けるという目的ではなく、単に自分たちの利益だけは増やしたいという私利私欲によって動いた結果であるようです。彼女は言いました。「私利私欲で行動することは致し方ないことではあるのですが、オペックプラスの決定は西側諸国に混乱をもたらし大打撃を与えかねません。数週間後に中間選挙を控えたアメリカも間違いなく影響を受けるでしょう。西側諸国が混乱に陥りそうな兆しが見られるわけですが、それはまさにプーチンが望んでいるものなのです。」と。

 オペックプラスが減産を決定したことから得られる政治的・経済的利益は、現在経済収縮の影響を最も強く受けているロシアの労働者には感じられないでしょう。しかし、独裁者として自国の資源を搾取し続けているプーチンは非常に恩恵が大きいと実感していることでしょう。彼はこれまで着々と自分に有利な仕組みを構築してきました。強大で洗練された諜報機関も築き上げました。ロシアという国は、彼に依存しています。国民は表向きは彼に忠実ですし、彼が追い落とされると重大なリスクが発生することも認識しています。

 それでも、エリザベス・ローゼンバーグは、プーチンが戦費を賄うことができないようにするという制裁措置の最大の目標が達成されつつあると確信しています。彼女は言いました、「西側諸国はさまざまな制裁措置を課してきました。その成果は、さまざまな指標を見ると間違いなくあがっていることが分かります。金融システムへのアクセスを制限し、技術や物資の輸入を制限したことは特に効果が高かったようです。重要なのは、それを緩めることではなく、続けていくことです。必要であれば更に強化すべきです。」と。

 多くの専門家が、プーチンが9月に30万人の予備役を動員したのは、彼が自暴自棄になりつつある兆候であると見なしています。しかし、彼は何も考えが無く行動したわけではありません。今月初めには、ロシア軍はイラン製と思われる自爆ドローンを配備しました。冬を迎えて電力需要が高まる前にウクライナの電力関連施設や水道設備を破壊しました。イランの様に西側諸国から重い制裁を受けている国でも、ロシアに効果的に協力することが不可能ではないのです。

 クレムリンが強力に情報統制を行っているわけですから、ロシアの経済や指導者の実態を正確に把握することは非常に難しいというのが、私がインタビューした人たちの多くが強調していたことです。ウクライナ戦争がいつ、どのように終結するのかを見極めるのは、さらに難しいことです。現在はパリに住んでいるロシア人経済学者のセルゲイ・グリエフ(Sergei Guriev)は、「これはまさに20世紀の戦争だ」と言いました。ロシア軍は市民を大量殺戮し市街地を破壊しています。彼は続けました、「21世紀にはあってはならないことです。今、起こるべきではないことが、しかし、目の前で現実に起きているのです。ですので、ありえないと思われるシナリオを排除することなく、あらゆるシナリオを想定しておくべきです。」と。 ♦

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