3.
64歳になるフォード社のビル・フォード会長に、私は11月に話を聞きました。彼は、同社が歩んできたEV化への決して平坦ではなかった長い道のりについて、いろいろと教えてくれました。彼は、1979年にフォード社に入社しました。最初は、商品企画に携わったそうです。1999年から代表取締役会長を務めています。
「ヘンリー・フォードは、トーマス・エジソンの下で働いていたんだよ。」と、彼は言いました。ビル・フォードの曽祖父にあたるヘンリー・フォードは、1890年代頃に、デトロイト・エジソン・イルミネーティング社という地域の電力会社でチーフエンジニアを務めていました。余暇を使って、ガソリンで動く内燃機関付きの四輪車の製作に打ち込んでいました。当時は、動力付きの移動装置といえば、鉛電池や蒸気機関によるものが主流で、ガソリンエンジンを研究している者はほとんどいませんでした。
1896年に、ブルックリンのコニーアイランドにあったオリエンタルホテルで、デトロイト・エジソン・イルミネーティング社の発電所の幹部が集まる会合が開かれました。そこにヘンリー・フォードも出席していました。夕食が終わった後、当時50歳手前だったエジソンと何人かが電気自動車の話をしていたところ、デトロイトの発電所の所長でフォードの上司だったアレックス・ダウが、チーフエンジニアをしていたヘンリー・フォードを指差して、エジソンに言いました、「あの若いのが、ガソリンエンジンで走る車を作ったんですよ。」と。
マイケル・ブライアン・シファーの著書「Taking Charge(未邦訳)」によると、当時33歳だったヘンリー・フォードは、エジソンに会いたいかと聞かれて、「はい」と答えたそうです。2人の技術者は共に座って、フォードの発明について話し合ったそうです。エジソンはテーブルを叩きながら、言ったそうです、「君は凄いな!素晴らしいじゃないか!さらに研究を進めるべきですよ!電気自動車は、欠点が多すぎると思ってたんですよ。発電所の近くでないと使えないし、蓄電池も重すぎます。ガソリンエンジンで駆動させる車は、自己完結型で、発電所を積んで走っているようなものですからね!」と。
当時でもエジソンは、EVの欠点を認識していたのです。そして、その欠点は、現在も残ったままなのです。ガソリンは、最良のバッテリーよりもはるかに高いエネルギー密度(単位質量あたりの取り出せるエネルギー量)を誇っています。20ガロンのガソリンは、約120ポンド(約54キロ)の重さです。その量のガソリンがあれば、私のガソリン車のF-150は400マイル(640キロ)ほど走行可能です。一方、標準装備の1800ポンド(約816キロ)のバッテリーを積んだF-150ライトニングの航続距離は、その距離の半分ほどしかありません。自動車が開発された頃の魅力は、いつでも好きなところに行ける自由が得られることと、気ままに長距離移動すること(ツーリング)でした。現在では、短距離は自動車で、長距離は飛行機で移動する人が多くなりましたが、ツーリングの魅力は全く失われていません。
1903年になると、エジソンは、ガソリンエンジンが自動車の動力源として最適であるという考えを改めたようです。その年、彼は、雑誌「オートモービル」誌上で「電気モーターが優れている。モーターには、複雑な多数のギアや歯車はありません。また、ガソリンエンジンのような騒音や振動や熱や排気もありません。また、モーターにはエンジンのように冷却水を循環させる冷却装置も必要ありません。」と。
1914年1月、ヘンリー・フォードは「ニューヨーク・タイムズ」紙の取材を受け、エジソンと一緒に開発している自動車について語っていました。彼は、「1年以内に、電気自動車の製造を開始したい。」と、言っていました。それには、エジソンが新たに開発したニッケル鉄電池が搭載される予定でした。それは、エジソン蓄電池社から供給される予定でした。航続距離は100マイル(160キロ)になると宣伝されていました。雑誌「エレクトリカル・ワールド」誌には、「ついに、低価格の電気自動車が大量生産されるようになった!」という記述がありました。私は、その記述はオースティンの展示会で聞いた宣伝文と非常に似ていると思いました。
結局、フォードとエジソンが共同で開発した車は、わずか数台しか作られませんでした。第一次世界大戦では、石油を燃やす内燃機関を使った兵器が投入されるようになり、大規模な殺戮が行われるようになりました。また、原油の確保が非常に重要となり、それを確保するために戦争が起こるようになりました。電気モーターは移動装置の駆動力の主流とはなりませんでした。エジソンの宣伝文句のようにはならなかったのです。メンロパークの魔法使い(訳者注:エジソンのこと)は、それでちょっと評判を落としました。「嘘つき、くそったれの大嘘つき、忌々しい電池屋」と、彼のことを揶揄する者も少なからずいたようです。
ヘンリー・フォードは、テキサス州西部で油田が発見された時に、「ガソリンはますます安くなるので、これからはガソリンエンジンがもっと普及するだろう。」と語っていたそうです。また、後年になって、「もしもテキサス州西部の油田が発見されていなかったら、これほどガソリンエンジン車は隆盛していなかったかもしれない。」と、語っていたそうです。
内燃エンジンは、がん、喘息、心臓病、先天性異常の原因となる汚染物質を排出してしまいます。EPA(米国環境保護局)によると、2019年の米国の温室効果ガス排出量の29%を自動車等の移動装置が占めているそうです。温室効果ガスは、大気中に熱を閉じ込め、オゾン層を破壊し、地球の平均気温を上昇させ、海面上昇を促し、地球を破滅の道へと導きます。そして今、フォード社は、EV化に大きく舵を切ったのです。とても感慨深いことです。というのは、現在の地球温暖化の進行に少なからず関与してきたフォード社が、地球温暖化の解決策を提案しているからです。なかなか、信じがたいことです。