フォード社の復活は近い!アメリカで一番売れているピックアップトラックF-150のEV版に予約殺到中!

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 フォード社が直面する最も困難な課題は、車両のEV化ではありません。ルージュの組立施設内で私を案内し終わった時に、ジム・ファーレイは言いました、「自動車産業は、駆動力の変革のみに注力しているきらいがあります。しかし、本当に自動車産業が注力しなくてはならないのは、顧客満足度を高めるためのソフトウェアの開発です。」と。顧客が現在行っている車の操作は、徐々にソフトウェアが代わりに行うようになっていくでしょう。そして、おそらく今後数年以内に、フォード社が生産する全車両が完全な自律走行車になるでしょう。また、ファーレイは言いました、「自律走行車が開発されれば、運転手は寝ていても問題なくなるでしょう。また、車の中で仕事をすることも可能になりますから、家を出るのを1時間遅らせることができるでしょう。とにかく、車を運転するという行為は、旧来とは全く変わるはずです。と。

 ファーレイの母方の祖父エメット・トレイシーは、ヘンリー・フォードが社長をしていた時代に、ルージュ組立施設内にあった鋳造工場で働いていました。ファーレイによると、とても過酷な労働環境だったそうです。ファーレイは、父親がシティバンクの国際部に所属していた関係で、いろんな国で青年期を過ごしました。彼は、1990年にトヨタ自動車に入社しました。そこでは、マーケティング担当役員としてトヨタのRAV4(小型SUV)の発売を支援しました。その後、高級車ブランド”レクサス”の責任者を務めました。ファーレイがトヨタ自動車で働くという選択をしたことで、祖父との関係はあまり良好ではなかったそうです。2007年にファーレイはフォード社に入社したのですが、ちょうどその頃に祖父は亡くなりました。彼は、2020年にCEOとなりました。ダレン・パーマーと同じく、ファーレイもコブラを駆ってレースに出るのが好きです。彼は、コメディアンの故クリス・ファーレイとはいとこ同士です。

 ファーレイが私に言ったのは、現在自動車産業が直面している状況を認識しようとするならば、携帯電話業界の変遷をつぶさに見ることが非常に参考になるということです。2007年頃には、3大携帯電話メーカーは、ブラックベリー社とノキア社とモトローラ社でした。しかし、その数年後には、アイフォンやアンドロイド端末が台頭し、携帯電話はほとんど駆逐されてしまいました。ファーレイは言いました、「認識しなければならないのは、どのデバイスが市場を支配するかを決めたのは、実質的には搭載されているソフトウェアであったということです。ハードウェアの良し悪しがデバイスの売れ行きを左右するわけではないのです。」と。携帯電話のビジネスでは、ハードウェア中心の企業はソフトウェア優先の企業に取って代わられてしまいました。つまり、デバイスに組み込まれたオペレーティングシステムによって、より顧客満足度を高めることに成功したソフトウェア企業が生き残ったということなのです。

 現在、フォード社は岐路に立たされています。フォード社は、ソフトウェアによって雌雄が決するような時代になるので、アップル社のiOSの自動車版のようなものを開発しなければなりませんが、これまでほとんどソフトウェアの開発をした経験がないのです。同社は、これまで電子部品とソフトウェアの開発は外注しており、プログラミング言語等はほぼ標準化されているのですが、サプライヤーごとに微妙に使い方が異なっているのです。ファーレイは言いました、「自動車のパーツごとに制御する言語やソフトウェアが異なっています。例えば、シートの動きを制御するソフトウェアは、ドアロックを制御するソフトウェアとは全く別のものですので、リンクさせるだけでも一苦労です。」と。

 ファーレイは、フォード社の未来はEV化の成功にかかっていると信じています。また、単なるEVではなく、ICTテクノロジーを満載した製品にすべきであると考えています。ファーレイが私に語ったのですが、これまでの自動車は、購入した後に走らせ始めた瞬間から減価償却が始まって価値が下がっていきました。しかし、今後は定期的にソフトウェアのアップデートをすることによって、価値がどんどん高まっていくようになるのです。それは、フォード社が顧客との関係を長期に渡って維持できることを意味します。そこから収益も利益も得られるでしょう。そうしたことは、ゲーム会社やアップル社等のIT企業では既に実現済みです。さて、フォード社はそれを実現することができるのでしょうか?簡単なことでは無いと思います。

 フォード社は、顧客と長年に渡って良好な関係を築いてきました。そのために、いたるところで販促活動をしてきました。同社は、2020年には20億ドルもの広告費を投じています。販促活動では、愛国心、家族、共助精神などの価値観を重視する姿勢を打ち出してきました。それは、私にとってはとても刺さるもので、農場で過ごした少年時代への郷愁を掻きたてられます。”Marketing Semiotics(未邦訳:マーケティング記号論)”の著者で、フォード社のコンサルタントを務めているローラ・オズワルドは私に言いました、「フォード車の購入者は、自動車の対価としてお金を払っているのではなく、フォード車に乗るということに意義を見いだしてお金を払っているのです。」と。しかし、同社はビッグ・テック(世界で支配的影響力を持つアメリカIT企業群の通称)のように顧客と直接的な関係を維持したことはありません。同社はディーラーを通じて自動車を販売しています。スマホやアプリを提供する企業は、そのユーザーと親密な関係を構築していますが、それは、膨大な販促費用をかけたり、素晴らしい製品を生み出し続けても、簡単に構築できるというものではありません。例えば、今後は多くの人が予想するように、自動車はネットワークに繋がるようになり、情報セキュリティの問題が大きな関心時になると思われますが、誰もがフォード社に全幅の信頼をおくでしょうか?フォード社は、宣伝で「Built Ford Tough(フォードの車は頑丈)」と謳っていて、自社の車の頑丈さをアピールしていて、確かに車両自体はそうなのですが、フォード社が情報セキュリティーの面で秀でているという根拠はどこにもありません。いずれにしても、フォード社が現在やろうとしていることは、途轍もない大仕事なのです。

 ファーレイと話をしたのですが、私はディアボーンのフォード社の会議室にいて、奥の壁のスクリーンに投影されたファーレイと会話する形でした。ファーレイはデトロイトの自宅マンションの書斎にいました。それでテレビ会議での会話となったのです(彼の奥さんと3人の子どもはロンドンに住んでいます。今年末にデトロイトに引っ越して家族一緒に暮らす予定です)。ファーレイは、ソフトウェアによって顧客が車をドライブする際の満足度を高めることは、車作りに定評のあるフォード社にとっても難しいことであると認識していました。

 ファーレイは、「泣き言は言いたくはないのですが、正直に言って非常に困難な仕事ですね 。」と、言ってしばらく黙り込みました。それから、「非常に骨の折れる仕事で、私はそのために非常に時間を使っています。時には辛いと思うような時もありますよ。ここのところ、家族とも会えていませんからね。本当は、もっと良い父親で、もっと良い夫になりたいと思うんですけどね。以前は家族でマウンテンバイクを楽しんだり、ハイキングに出かけたりしていたんですが、ここのところ、とんとご無沙汰です。全ての時間をフォード社のEV化やデジタル化への移行のために費やしているような状態でが続いています。」と、言いました。彼は、テレビ会議の最後に言いました、「でも、当社には偉大なエンジニアが何人もいます。彼らは決して有名な学者などではありませんが、本当に真摯に取り組んでいてとても優秀なんですよ。」と。

 ファーレイが言及したフォード社の優秀なエンジニアの1人はダグ・フィールドです。フィールドは、天才エンジニアです。彼は、1990年代にフォード社でキャリアをスタートさせた後、アップル社でMacのハードウェアを設計し、テスラ社へ移ってモデル3のソフトウェア開発チームを率いました。フィールドは、数年前にアップル社に戻り、特別プロジェクト担当副社長になりました。ファーレイが言うには、その特別プロジェクトが何であるかは把握していないものの、自動車開発に関するものだったそうです。その後、昨年9月にフォード社に再び加わりました。先進テクノロジーと組み込みシステム担当の副社長として迎え入れられたのです。今後は、車を運転する者に、シームレスで楽しい時間を提供することに関して責任を負うそうです。フォード社の主要役職者のページに、フィールドのプロフィールが掲載されています。

 ファーレイは、先週の土曜日と日曜日にフィールドと一緒にレース場に行ったと言っていました。彼は言いました、「皆が、『おい、あそこにいるのはジム・ファーレイだぞ。フォードの社長だよ。大の車好きで、自らコブラを駆ってレースに出てるんだぜ!』てなことを言っていましたよ。しかし、フィールドという過去100年間で最も偉大なエンジニアと言っても過言ではない人物と一緒にいたのに、誰も彼のことは知りませんでしたよ。」と。そのレース場では、ファーレイは取材には一切応じていませんでした。おそらく、フィールドのことを知られたくなかったのでしょう。