2.電子書籍のライセンス提供ベンダーの寡占化
オーバードライブ社の前身は、1980年代半ばに創設されたもので、クリーブランドの郊外で書類等をデジタル化する会社として始まりました。ポタシュと彼の妻で学術図書館員であったローリーは、どちらも夜間に受講が可能な法科大学院に通っていました。その会社の初期の顧客は、大量の書類をデジタル化する必要のあった法律事務所が主でした。後に、ハーコート・ブレース・ヨバノヴィッチ社(ホートン・ミフリン・ハーコート社の前身)が、学習参考書をデジタル化するためにポタシュの会社と契約してくれました。他の出版社も後を追うように契約してくれました。「電子書籍というコンセプトを定着させるために10年ほど悪戦苦闘しました。25年かかりましたが、事業は見事に開花しました。」とジョン・ナイバーは言いました(ナイバーはかつて共同設立者でしたが1990年頃にオーバードライブ社を去り、2010年にオーバードライブ社の株式全てを売却しました。ナイバーはオーバードライブ社の共同設立者であったと主張していますが、ポタシュはそれを否定しています。)
2000年代に、オーバードライブ社は、出版社がオンラインストアを開設して消費者に直接e-books(電子書籍)を販売することを支援しました。同社はまた、複数の出版社や報道機関を説得してe-books(電子書籍)等を図書館に有償で供与するようにさせました。当時、出版大手6社は、アマゾン等のネット経由で書籍類を多く販売していました。2007年にアマゾンが電子書籍リーダーのKindle(以下、キンドル)をリリースしました。しかし、徐々に、出版大手6社は図書館にe-books(電子書籍)を売るようになっていきました。その際には、「1コピー、1ユーザー」モデル(利用者がダウンロードした電子書籍を読み終わって削除すると、次の利用者がその電子書籍をダウンロードできる)が採用されました。その際には返却期限はありませんでした。ある出版社の経営者は私に言いました、「当初から、e-books(電子書籍)の貸出しも紙の書籍で行っているのと同じ方法でやろうと考えていました。」と。理論的には、コンピューターを持っている図書館員ならば誰でも無料でいくらでもe-books(電子書籍)を複製することは可能です。しかし、e-books(電子書籍)を借りるには紙の書籍と同様の方法が採用されています。もちろん、順番待ちリストがあります。
「しばらくして、1コピー、1ユーザーのモデルには修正が必要なことが分かってきました。」とポタシュは言っていました。2011年にハーパー・コリンズ社(世界第2位の総合出版社)が26回のダウンロードを上限とする新しい貸出モデルを導入しました(貸出し回数が増えたら、後に図書館は費用を払う必要がある)。他の出版社も様々な貸出形態のモデルを導入しました。例えば、貸出期間を2年間に限定する契約や同時に何人に貸出しても良い契約など、さまざまでした。そうしてさまざまな契約形態が生まれたことで、出版社側の収入も増えましたし、図書館側では様々な書籍類を様々な契約形態で取り揃えることが可能になりました。古典的な名著などの書籍等では、長年に渡ってダウンロードされ続けますので、図書館は高価な永久ライセンスを購入する必要がありますが、そうした作品は数多く購入する必要はありません。時間の経過とともに貸出数が急激に減ると予想される人気のベストセラー本の場合には、図書館はライセンスを多数購入する必要がありますが、短い期限の比較的安価なライセンスで十分です。実際、2020年の夏には全米で人種差別への抗議運動が拡がりましたが、ニューヨーク公共図書館は黒人解放に関する多くの書籍のライセンスを購入しましたが、1ダウンロードごとに課金する契約形態でした。それによって、図書館利用者は順番待ちをせずに借りることが出来ました。そのようなライセンスは支払額が高くなりますので、全てをそうすることは出来ませんが、急な貸出需要に対応するには有効な手段です。ジョシュ・マーウェル(ハーパー・コリンズ社の営業担当役員)は私に言いました、「26回ダウンロード可能なモデルを導入したのは実は苦肉の策だったのです。しかし、時間の経過とともに、図書館側から得たフィードバックによると、私たちのモデルは非常に公正で、上手く機能していることが判明しました。それは、図書館が利用者に読みたい本を提供するという使命を果たす一助となっていました。
過去10年間で、出版業界と書籍販売業では多くの企業合併がありました。その結果、残った少数の企業が、人々が何をどのように読むかということに関して、より大きな影響力を持つようになりました。キンドルが発売された初期の頃には、アマゾン社は、消費者向e-books(電子書籍)をわずか9.99ドルで販売していました。紙の書籍を売る書店だけでなく、ネット上で競合している他社を圧倒的に下回る価格でした。2012年、米国司法省はアップル社が出版社と共謀して消費者向e-books(電子書籍)で不当な価格協定が結んだとして提訴しました。アップル社は後に4億5,000万ドルの和解金を支払うことに同意しました。2013年、ペンギン出版がランダムハウス社と合併した時、6大出版社は5大出版社となりました。(まもなくペンギン・ランダムハウス社によるサイモン&シュスター社の買収が承認されそうですが、そうすると5大出版社は4大出版社になります。)今年の初めに、アマゾン社に対する消費者集団訴訟が起こされました。アマゾン社がe-books(電子書籍)で不当な価格協定を5大出版社と結び、不正競争防止法に違反しているとの訴えでした。(アマゾン社はこの件に関して一切のコメントを拒否しています。)
米国の多くの図書館は、現在、オーバードライブ社や同業他社とデジタルコンテンツに関して様々な取引を行っています。それは多岐に渡っていて、出版社との価格交渉をしてもらったり、ますます複雑化するデジタル著作権システムの管理を行ってもらったりということも含まれています。私がZoomでポタシュと会話した際に、彼はオーバードライブ社が図書館用に提供している発注システムを説明してくれました。その画面では、e-books(電子書籍)等を価格順、人気順、リリース日順、言語別、トピック別、ライセンス形態別など自由にタイトルを並べ替えることが出来ました。ポタシュは、約50人の司書がオーバードライブ社で働いていて、毎週、各地の図書館が納税者の血税を最大限有効に使える方法を研究していると言っていました。また、オーバードライブ社は各種割引を提案したり、公共図書館が将来使える予算を予測する際に使用できる統計資料の提供も行っています。私がポタシュにオーバードライブ社が提供している図書館用発注システムの画面がアマゾンの画面に少し似ていると指摘した時、ポタシュは何も答えませんでした。しばらくして、彼は得意げに言いました、「当社の発注システムは非常に使いやすいものです。何でも必要なものをサクッと簡単に選ぶことができます。ちょうどコストコで買い物するような感じです。」と。
全米図書館協会の上級公共政策ディレクターであるアラン・イノウエは、企業合併によって競争が減って、図書館のe-books(電子書籍)のライセンス購入費用がさらに高くなる可能性があると私に言いました。「オーバードライブ社はすでにe-books(電子書籍)市場で非常に大きな存在感を誇っています。」とイノウエは言いました。同社の筆頭株主である投資ファンドのKKRは、世界最大のオーディオブック出版社であるRBMedia(以下、RBメディア社)の筆頭株主でもあります。昨年、RBメディア社は、デジタルコンテンツの多くをオーバードライブ社に売却しました。イノウエはオーバードライブ社の市場への影響力は非常に大きくなっていると指摘していました。大手出版社や、アマゾン社(一般向e-books(電子書籍)市場を支配し、出版社としての機能も有している)と伍してやっていけるほどの存在であると言います。旧来、アマゾン社は図書館にe-books(電子書籍)を売り込んでいませんでしたが、今年5月にDigital Public Library of America(米国デジタル公共図書館)にe-books(電子書籍)を提供すると発表しました。合併によってオーバードライブ社が市場に過度の影響を与える懸念があるのではないかとポタシュに尋ねたところ、彼は「馬鹿げた話だ!」と言いました。彼は、オーバードライブ社が図書館を様々な側面から支援してきた実績を強調し、「私は自由市場資本主義を支持しています。」と主張しました。