ワクチンだけでコロナ制御は無理!抗ウイルス薬、免疫調整剤が待たれる

ウイルス性疾患の感染防止には、抗ウイルス薬も非常に有効。

抗ウイルス薬は、ワクチンとは異なる方法でウイルスと戦います。ワクチンは、感染する前に免疫システムに準備をさせるものです。それは、迫りくる敵襲に対して備えるように体に命令する諜報レポートのようなものです。それに対して、抗ウイルス薬は、敵軍と遭遇した後に活躍するものです。抗ウイルス薬は、敵軍を妨害して反撃します。マシュー・ハトソンは、自身の抗ウイルス薬開発の研究によって明らかしたことですが、今年初めに次のように説明しています。抗ウイルス薬が機能するのは、3つのパターンがあると推測されます。ウイルスのゲノムに配列を乱す物質を挿入すること、ウイルスがDNAに織り込むために使用する酵素の働きを抑制すること、ウイルス複製のために必要なタンパク質をブロックすることです。現在、多くの臨床医は、COVID -19を2つの段階を伴う感染症だと捉えています。初期の段階で症状が軽い段階では、ウイルスの複製が症状を引き起こすことがあるようです。しかし、2つ目の段階、つまり重度な症状になった段階では、暴走した免疫反応が身体を攻撃し傷つけます。抗ウイルス薬は通常初期の段階で一番良く効きます。重篤な症状が出る前です。これまでコロナウイルスに対して効果があると判明している唯一の抗ウイルス薬レムデシビルは、気管挿管が必要な患者や強制酸素吸入を必要とする患者にはほとんど効果がありません。なぜなら、 2つ目の段階に該当しますので、免疫の暴走が問題になっている段階ですので効果がないのです。しかし、ウイルスの複製が依然として症状を引き起こしている重症度の高くない初期の段階の感染者への投与は、COVID -19からの回復を4日ほど早めることができます。世界中の研究者たちが、レムデシビルの代わりになる、もしくは併用して効果の出る可能性のある、より強力な抗ウイルス薬を開発しようと取り組んでいます。
 COVID -19との戦いで抗ウイルス薬による治療法がいかに重要であるかということを理解するには、まず、現在治療にあたっている医師には自由に使える治療法がほとんどないということを理解する必要があります。私がCOVID -19の患者の治療を初めて行った時、3月のことでしたが、ちょうどパンデミックがニューヨーク市全体に広まった頃で、私たちはこの感染症の経過を理解するという点では大きな進歩を遂げました。感染者の急増にも対応できるように医療体制の確保も行いました。しかし、いくつかの治療法を試しましたが効果はありませんでした。当時推奨されていたヒドロキシクロロキンやアジスロマイシンのいずれも効果はありませんでした、直ぐに、私たちができる最善のことは、感染者がウイルスと戦っているのをサポートすることだけだと分かりました。感染者を腹這いに寝かせ肺を拡張して呼吸しやすくしました。また、酸素供給装置も準備し、最も重篤な感染者は人工呼吸器に繋ぎました。効く薬など無いのですから、感染者自身の免疫システムが何とか機能してくれるよう祈るしかありませんでした。そんな状態でしたから、もし抗ウイルス薬があれば治療の大きな武器になったことでしょう。
 昔から、ヘルペスやインフルエンザなどのウイルスの治療では、抗ウイルス薬が使用されていました。しかし、抗ウイルス薬と聞いて、最も良く知られているのは、HIVの治療薬だろうと思われます。HIVの抗ウイルス剤で最初に開発されたのはAZTです。1987に発売されました。エイズという病気が見つかってから6年経っていました。1995年に、効果的な多剤併用抗ウイルス薬がいくつか登場しました。いくつか同時に服用し、個々の薬効が同時に働いてウイルスを攻撃します。1つの抗ウイルス薬を使用する場合は、ウイルスが突然変異して薬効がなくなってしまいますが、多剤併用することで、それを防ぎます。コロナウイルスの抗ウイルス薬が意外と早く出来る可能性も無くはありません。というのは、コロナウイルスは、感染者数が非常に多く、研究者には研究の機会が沢山あるからです。また、感染してからすぐに発症することは、研究を容易にします。HIV感染者がエイズを発症するまで進行するには、平均で9年かかります。コロナウイルスは感染後すぐに急性症状がでますが、それにより、数週間後に研究者は治療薬が効いているか否かを知ることが出来るのです。
 今のところ、コロナウイルスの研究は主に入院患者に焦点を合わせてきました。しかし、入院の必要のない感染者に抗ウイルス薬を投与することは、パンデミックを終息させる可能性を秘めています。治療を受けた感染者は、歩き回ってもウイルスをほとんどまき散らしませんから、他人がウイルスを浴びることもありません。早期に治療が社会全体で完璧に出来れば、それが一番の予防策になります。
 ウイルス性疾患の治療がその予防策になるという概念は、2011年に優勢になりました。その年に画期的な研究がありました。抗ウイルス薬を感染後すぐに投薬されたHIV患者は、ウイルスをパートナーに感染させる可能性がはるかに少ないことが判明したのです。その研究では、HIV感染者が急激に減ったため、研究結果を当初予定より4年ほど前倒しで発表しました。また、この研究が早めに切り上げられたのは、対照群(治験者との比較のため抗ウイルス薬を投与せず偽薬を投与されたグループ)に治療を差し控え続けることが倫理的に問題だったからというのもありました。いくつかの抗ウイルス薬がより安全になり、より副作用が少なくなるにつれて、まだHIVに感染していないがHIVに感染するリスクが高い人たちにも投薬対象を拡大しました。いわゆる暴露前予防(PrEP)で、HIV陰性で感染リスクの高い者に抗ウイルス薬を投薬しました。現在、それはウイルスの拡散を防ぐ際の主要な戦術です。暴露前予防(PrEP)とコンドームの使用で、HIVに感染するリスクは完全に排除できます。現在では、インフルエンザに対しても同じアプローチが採られており、老人ホームの居住者や産後の女性やインフルエンザによる深刻な合併症のリスクがある慢性疾患のある者等に抗ウイルス薬タミフルが処方されています。
 コロナウイルスに感染していない脆弱な人たちに抗ウイルス薬を予防的に投与することはできるでしょうか。レムデシビルは投与できますが、静脈内にしか投与できないため、適用出来る人は限られます。しかし、MK-4482(旧名EIDD-2801)として知られる経口の抗ウイルス薬が、メルクアンドリッジバックセラピューティックス社によって開発されました。6月、その薬はフェーズ2臨床試験に入りました。開発者は、感染した患者の体内のウイルスを投与後数日以内に検出できないレベルまで減らすことができると予想しています。そのような薬が実用可能となれば、コロナウイルス検査で陽性だが入院を必要としない感染者や濃厚接触者等に投与することが出来るようになります。もともとインフルエンザ治療薬として開発されたMK-4482は、他のコロナウイルス(MERSやSARS)にも効果があるという可能性は少なくないように思われます。ニコラス・カートソニス(メルクアンドリッジバックセラピューティックス社の医薬品開発責任者)は、次のように言いました、「実験段階では、全ての種類のコロナウイルスに効果がありました。COVID -19だけでなく他のコロナウイルスに対しても有効であれば、理想的です。そうなれば、もしも、COVID -19ウイルスが再び変異して、それにより将来パンデミックが発生した場合でも、現在陥っているような状況に陥らなくて済むかもしれません。」と。
 4月上旬、私はジョンという中年男性を入院させました。私が彼に会う前の数日間、彼は2つの救急科で受診していました。倦怠感、熱っぽさ、咳などで気分が悪かったのですが、血中酸素は安定していたので、自宅療養し症状が悪化した場合のみ再来院するように言われていました。やがて、彼は呼吸困難になりました。入院して3日後、彼はICUで人工呼吸器に繋がれました。ジョンはコロナウイルスに感染してから症状が悪化するまで数週間かかりました。感染していることは、ジョンも彼を診た医師たちも認識していました。しかし、入院するまで、ジョンにも彼が感染させたと思われる人にも何も処方されていませんでした。確実とは言えませんが、人工呼吸器を外して今も衰弱してうわごとを言っているジョンに抗ウイルス薬を今さら投与しも効果はないでしょう。しかし、確実に言えることもあります。それは、ジョンが最初に救急科で診てもらった時に抗ウイルス薬(例えば肺炎で処方されるアジスロマイシン:商品名Zパック)を処方されていたら、病状の急激な進行は抑えられたし、人にうつすことも少しは防げただろうということです。