Bidenomics Is Starting to Transform America. Why Has No One Noticed?
バイデノミクスがアメリカを変え始めた。なぜ誰も気づかないのか?
The full effects of the President’s economic policies won’t be felt for years. That might be too late for Kamala Harris and other Democrats.
バイデン大統領の経済政策の完全な効果を実感できるのは何年も先である。カマラ・ハリスや他の民主党員にとっては手遅れである。
By Nicholas Lemann October 28, 2024
1、バイデンの経済運営の手綱捌きは見事だった!しかし、評価はえられていない。
ジョー・バイデン( Joe Biden )は辱めを受け辛酸をなめつつも、耐え忍んでいつか汚名をそそがんとしている。辱めの中には、老化による能力低下に関するものさえもある。一方で、彼の賞賛されるべき業績はほとんど見過ごされている。私たちは前者に多く接している。彼にとっては後者のほうが苦痛のようである。民主党大統領候補を辞退した直後のインタビューで、彼は傷つきながらも威厳を保っていた。自己憐憫的な態度をとりながらも意気軒高ぶりを示し、自らの業績を誇示することは忘れなかった。彼は言った。「大統領に就任して以降、我々が成し遂げたことはとてつもなく大きい。誰も想像できなかったレベルである。問題の 1 つは、我々がやったことはすべて結果が出るまでに時間がかかることである。だから、しばらくしてから多くの有権者が『ああ、あそこに高速道路が出来たとか、ああ、あそこに……』と気づくわけである」。彼は一瞬口籠った後に言った「我々が犯した最大の過ちは、『ジョーが造った( Joe Did It )』という看板を立てなかったことである」。彼はいささか苦笑いを浮かべた。バイデンの主張は間違っていない。客観的に見て、そしてあり得ないことだが、彼はリンドン・ジョンソン( Lyndon Johnson )以降、いやフランクリン・ルーズベルト( Franklin Roosevelt )以降のどの民主党の大統領よりも多くのインフラ投資法案を可決した。
2021 年の最初の数週間、バイデンが 2024 年の民主党大統領候補争いに殺到する候補者の中で勝者になると見ている者はほとんどいなかった。彼はドナルド・トランプに勝利したものの圧倒的ではなかった。民主党は下院で僅差の過半数を維持したものの議席数を減らした。上院(定数 100 )ではジョージア州での 2 度の決選投票を経てようやく 50 議席を確保した。その後、バイデンはほとんど支持を得られないまま、少なくとも 5 兆ドル規模の政府支出を伴うインフラ投資法案を可決した。この支出は、アメリカのあらゆるところをカバーし、範囲も広い。また、彼は連邦政府の規制機関の多くを、アメリカ人の生活に深く影響を与える形に方向転換させた。バイデン政権の監視下で、連邦政府はクリーンエネルギーへの移行、多くの産業のゼロからの創出、製造業の国内回帰、労働組合の強化、何千件ものインフラ投資を進めた。多くの政府プログラムに人種平等目標( racial-equity goals )を組み込み、経済力の集中を解消するための大規模なプログラムを立ち上げた。
これらの施策はすべて、バラバラに無意味に積み上げたものではない。バイデン政権のすべての施策を俯瞰して見ると 1 つの筋が通っている。包括的に統一した目的があるように見える。バイデノミクス( Bidenomics )について議論する者の多くは、経済成長率、インフレ率、失業率などの短期的な経済指標の変動に焦点を当てている。それらの数字でアメリカ経済の健全性を測ろうとしているわけだが、要点を見落としている。バイデノミクスの要諦は、過去半世紀のほとんどにおいて民主共和両党で支配的であった一連の経済的前提を崩したことである。バイデンは、連邦政府を市場の混乱や行き過ぎを事後的に修正する者ではなく、マーケットの設計者であり継続的な審判者であると考えた。ここ数十年の大統領では彼だけである。彼は自由貿易やグローバリゼーションを理想として語ることはない。気候変動と戦う彼のアプローチには、炭素税やカーボンクレジット(企業や自治体間で温室効果ガスの排出削減量や吸収量を売買できる仕組み)は含まれていない。これは、前任者だけでなく、他の多くの先進諸国の政策とも一線を画すものである。彼の政権は大企業に対する反トラスト法違反の調査に対して、これまでの政権よりもはるかに積極的であった。
これらの政策を何と呼ぶべきか?適切な呼び名の 1 つは「ポスト新自由主義( post-neoliberal )」であろう。しかし、この語は一般の人々にはまったく響かない。バイデンの政策の適切な呼び名のもう 1 つは、政治学者のジェイコブ・ハッカー( Jacob Hacker )が考案した用語の「事前分配( predistribution )」である。それは、すべての個人が自由に生き方を選択できるよう国家が一定の再分配を行うべきというリベラルの根本思想を否定するもので、再分配の必要性を少なくするような方法で経済を変革する取り組みを是とするものである。事前分配論者は、経済を個人への有害な影響を減らすために管理されるべき自然現象とは捉えず、制度・機関間のパワーバランスを構造化するものとして捉える。つまり、バイデノミクスは、為政者として評価されたいなら従わなければならない数々の不文律を覆したのである。不文律は、経済規制はできるだけ減らすべきであり、政府は不況時や恐慌時を除いて財政予算を均衡させるべきであり、特定の産業に補助金を出してもうまくいくことはなく、労働組合は必ずしも経済効率を促進するとは限らないので強化するのは負と正の側面があり、特定の地域や経済セクターを支援しようとすべきではないというものである。
少なくとも経済等の国内問題について、政治を考えずに政策を立案する為政者はいない。バイデンの経済政策の背後にある壮大な野望の 1 つは、比較的民主党支持者が少ない人口密度の低い州などで民主党が再び競争力を保てるような政界再編の先鞭をつけることである。これは、ほとんどのアメリカ人は「機会( opportunity )」や「流動性( mobility )」という概念に誰もが思っているほど突き動かされていないという考え方に基づいている。つまり、機会や流動性といったリベラルな勢力が掲げる文言は、育った地域で安全かつ安心して暮らし、無慈悲な経済的・社会的混乱にさらされない強力な制度に囲まれたいと願う人たちの間ではあまり魅力的ではないのである。ちなみにピュー・リサーチ・センター( Pew Research Center )の直近の調査によれば、アメリカ人の 92% が経済的安定は上昇志向よりも重要だと答えている。最新の各種統計で示される景況感よりも、自分の身の回りで起きていることの方がはるかに重要なのである。バイデン政権で働いたエリザベス・ウィルキンス( Elizabeth Wilkins )が私に言ったのだが、「アメリカの GDP を大幅に増やしたとしても、多くの有権者に自分の生活が良くなり、家族、地域社会が豊かになったと実感させることはできない。自分たちの仕事、自分たちの周りの者たちの仕事、その仕事の給料が大事なのであって、総体的な数字には全く関心が無いのである。バイデン政権はそうした考え方を常に念頭において各種政策の方向性を決めている」。バイデン政権は、特定の地域や産業からの支持を増やすことに優先して取り組んだ。
バイデノミクスは皮肉なことに、その規模(投じられた額や実行したプロジェクトの数で測られる)と政治的影響力の間に大きな溝ができてしまった。バイデノミクスの政治的影響力は実質的にゼロであった。ある意味、目的はまったく達成できなかったわけである。バイデン政権とバイデノミクスを支持するエコノミストたち間では定番の話になっているのだが、その効果を国民が理解するには少なくとも 5 年、もしくは 10 年以上かかるだろう。「ニューディール政策( New Deal )の時もそうだった」と、バイデン政権で要職に就き、最も長く側近を務めたスティーブ・リケッティ( Steve Ricchetti )は言う。「バイデン政権が実施したプログラムは、3〜 4 年先を見据えたものばかりではない。20 年あるいは 30 年先を見据えたものも少なくない」。しかし、フランクリン・ルーズベルト( Franklin Roosevelt )の場合は、短期間で政治的な成功を手にすることができた。彼は再選を目指した大統領選で 2 州を除くすべての州で勝利した。2024 年の大統領選でバイデン民主党が同様に報われるという確率は限りなくゼロに近い。カマラ・ハリス( Kamala Harris )がバイデンの主要な経済政策について定期的に語り始めたのは、選挙戦終盤に激戦州の多い中西部で多くの時間を過ごすようになってからである。ハリスが大統領になった場合、どの程度その政策にコミットするかは不透明である。トランプ大統領はその多くを廃止すると公言している。そうであったとしても、バイデン大統領はアメリカ経済に多大な貢献をしたことを胸を張って自慢すべきである。彼はたくさんの看板を掲げて矢継ぎ早にたくさんの施策を実行した。どの看板にも「アメリカの将来に投資( Investing in America )」と書かれている。「ジョーのおかげ( Joe Did It )」とは書かれていない。