Microsoft Wordって使い難くない?もっと良いライティングソフトが有れば、書き物もはかどる?

5.”reMarkable”タブレット(2015年リリース)は紙&ペンと同じ使い心地

 元々、タイプライターなどが発明される前は、物書きをする際には、紙とペンが使われていました。そこにタイプライターが登場し、やがて廃れ、ワープロやパソコンが使われるようになりました。しかし、パソコンが完全に紙とペンに置き換わったかというと、そんなことはありません。紙とペンを使って書き物をすることは、何よりも安価ですし、どこでも出来るという点で優れています。その上、余白にさまざまな矢印、走り書き、落書き、メモ、図やグラフを書くことも出来ます。それによって、思索を巡らすことができます。それは、書き物をする際にはとても重要なことです。また、紙とペンを使って手書きをすると、同じ内容であっても、ワープロ打ちをするよりも記憶の定着率が高いのです。しかし、書き物をして文章を推敲して修正したり、文章を切り貼りして繋ぎ合わせる時には、ワープロを使ったほうが紙とペンを使うより効率が良いでしょう。紙とペンを使う方法と、ワープロを使う方法は、どちらか一方が優れているわけではありません。それぞれに、良い点、悪い点があるのです。ですので、私は、長年、2つの方法を併用して使ってきました。紙とペンを使って書き物をして、手が疲れて痙りそうになったら、ワープロを使います。ワープロを使って目がショボショボするくらい疲れてきたら、紙とペンを使えばよいのです。手書きした文書は、スキャナで読み取った後にテキスト化すれば、パソコンやワープロに取り込むことも可能です。

 パンデミックが始まった頃のことですが、私は”reMarkable”というタブレットのターゲット広告を見て非常に興味を持ちました。それは、外観がAmazon Kindleタブレットに似ていて電子ペーパーが使われたA5サイズのタブレットでした。その製品を開発したのは、37歳のノルウェー人マグヌス・ワンバーグです。彼は、旧来から存在している古い技術を絶妙に変化させたのです。ワンバーグは、MITで機械工学を学んだので機械類には詳しいのですが、自分のことを生粋の「手書き派」と称していました。彼は、2013年にreMarkable社を設立したのですが、それまでは、ボストン・コンサルティング・グループに勤めていました。そこで彼が気付いたのは、同僚たちは沢山の高価なIT機器に囲まれているのに、ほぼ全員が手書きのメモを取っているということでした。ワンバーグも同様で紙とペンを使って手書きすることがしばしばあったのですが、その方法の問題点にも気付いていました。それは、紙は乱雑で整理しにくいということでした。そこで、彼は、紙とペンで手書きする際の良さを無くさずに、デジタル化する方法はないだろうかと考えました。彼は私に言いました、「紙というのは、500年前に発明されたものなんです。それが、根本的には全く何の改善が為されることも無く使われてきました。さまざまな点で改善が出来るのでははいなと思います。」と。

 彼は長年、ディスプレイに電子ペーパーを使うと、表示速度が遅すぎて、紙とペンの代用としては役に立たないということを認識していました。電子ペーパーを使った電子書籍端末でもページをめくるのに0.5秒ほどの遅延が発生します。電子書籍端末の場合には、それぐらいの遅延があっても誰も文句を言いません。しかし、紙とペンの代用である電子ペーパーのディスプレイを使って遅延が発生するとなると、非常に問題が大きいのです。タイピングするのと文字が表示されるタイミングがずれると、人間の脳は違和感を感じてしまいストレスが高まってしまうのです。しかし、ワンバーグは何とかしてその遅延問題を解決しました。それで、2015年に遅延をわずか55ミリ秒に抑えたタブレットのプロトタイプを披露しました。それで、ほぼ完全に電子ペーパーの表示が遅いという問題はクリアされたのです。今やreMarkable社の年商は1億ドルを超えていて、書き物に集中するツールを扱っている企業の中で最も成功した企業の1つです。

 reMarkable社が開発したタブレットは、書き心地を最も重視していました。出来る限り本物の紙とペンを使った時の書き心地を再現するためにあらゆる努力が為されました。ディスプレイに使われている電子ペーパーは、紙と同じくらいザラザラにするため、樹脂コーティングを施しました。また、スタイラスペンにも工夫があり、ペン先には交換可能なナイロンのフェルトが装着されています。さらに驚くべきことは、スタイラスペンの筆圧も認識されるのですが、なんと4千段階で認識されるのです。認識された筆圧は、線の太さや濃さに反映されます。また、手書きした文字は、reMarkable社が運営管理する安全なクラウドサーバーに送信するだけで、テキストとして認識されます。なんと33カ国語に対応しています(以上は、reMarkable社のホームページからの抜粋です)。reMarkable社のタブレットは、ボタンが1つ付いているだけで、アプリは1つも入っていません。コンピュータのようでコンピュータでないしろものです。

 reMarkable社のプロモーション動画には「Get Your Brain Back(集中力を取り戻せ!)」というコピーが出てきます。なかなかの傑作でかなり話題になりました。そのプロモーション動画に関しては、コメント欄に非常に沢山のコメントが投稿されました。「手書きの良さを訴えているアンチ・テクノロジー企業が、デジタル端末を売り出すのは矛盾していないか?」というようなコメントがたくさん有りました。しかし、ワインバーグは、デジタル機器に満足していない者に、別のもっと良いデジタル機器を売りつけるという戦略は理にかなっていると主張しています。彼は私に言いました、「あなたは3時間座って、ただ1つのことを集中して続けることが出来ますか?私は出来ませんね。でも、当社のタブレットの助けを借りれば、それが出来るようなるのです。」と。

 書き物に集中するために、reMarkable社のタブレットを使う者が増えています。同社のタブレットは、大学や研究機関などで人気があることが明らかになっています。同社が最近行った調査によれば、ユーザーの4分の1以上が研究者で、論文の採点や講義ノートの準備の際に活用しているようです。論文や学術誌をスキャンして抜粋し、それに注釈を記す際にも活用されているようです。(マッカーサー賞を受賞した作家で社会学者でもあるトレッシー・マクミラン・コットムは、reMarkableを推奨していることでも有名です。彼女は、学術界で最も有名なインフルエンサーの1人ですから、その影響は大きいでしょう。彼女は言いました、「reMarkableのタブレットを使いたくないと思う作家はいないと思います。これを使うだけで、本当に書き物に集中できるんです。」と。しかし、reMarkable社のデバイスの販売数をさらに伸ばすためには、電子ペーパーを使った端末を販売している沢山の競合他社に打ち勝たなくてはなりません。Supernote社、Papyr社との競争は激しくなりつつあります。また、タブレットだけでなくフルサイズの電子ペーパーのモニターを販売しているOnyx社も強敵です。また、iPadユーザーは、紙のような質感のスクリーンカバーとアップル・ペンシルを使えば、reMarkableのタブレットを使うのと同等のことができるようです。だから、iPadとも競合します。競争が激しくなっている中で、reMarkable社のタブレットは400ドルという高い価格設定になっています。そのことは、競争において不利なように感じられます。しかし、ワンズバーグは、そうした懸念は杞憂であると主張していましす。彼は言いました、「書き物に集中できるツールに対する需要は非常に多いのです。何せ、世の中には集中しなければならないのに、出来ていない人が山ほどいるのですから。確実に集中出来るツールがあるのなら、喜んでお金を払う人は沢山いるでしょう。そうした人からすれば、400ドルなんて大した金額ではないのです。」と。