3.石炭産業に携わる者たちは、蔑ろにされていることに憤慨している
ある土曜日に、ルザティア地方の全ての炭鉱を所有しているチェコの国営企業”LEAG”(リーグ社)が主催したツアーに、私は参加してみました。ウェルツォウ・スード炭鉱を見学しました。最初に地上から炭鉱全体を見渡したのですが、広大な草木の生えていない土地が広がっていました。まるで月の表面のようでした。面積は4平方マイルでした。それからバスに乗って曲がりくねった未舗装の道を進み、月曜の朝に作業を再開する巨大な掘削機を見せてもらいました。全長670フィート(204メートル)で世界最大級とのことでした。
それから、地下300フィート(91メートル)ほどの褐炭層にたどり着きました。ガイドからビニール袋が配られました。ガイドは、おみやげに褐炭を拾って持って帰っても良いと言っていました。褐炭を触ってみると、古木や泥が固まったようで、柔らかくてボロボロと簡単に崩れました。この原始的な物体が、世界で最も裕福な国で発電に使われていると考えると不思議な感じがしました。
私は、数年前にイリノイ州南部の炭鉱を見学した時のことを思い出しました。その時は、地中深くで、多くの炭鉱夫が3.5マイルのトンネルの先で瀝青炭を切り出しているのを見ました。その時は、非常に時代遅れな作業風景だと感じた記憶があります。多くの炭鉱夫が黒い岩の塊をベルトコンベアーに載せていました。手作業でした。その黒い岩が、私たちが使っているパソコンやスマホに電力を供給しているのです。それに比べると、ルザティアの炭鉱は規模が大きいような気がしました。ルザティアでは、機械を駆使して村が破壊され、巨大な機械が3億年前の化石燃料を掘り起こしていました。掘り出された石炭は、また別の機械を動かすための動力源となったり、工場や家庭で燃料として使われます。
ジョージ・オーウェルは、1937年に発表した『ウィガン桟橋への道』の中でイングランド北部の炭鉱について次のように記していました。
「炭鉱夫の仕事ぶりを見ていると、彼らは自分とは別の世界に住んでいることに気が付きます。地下深くで石炭が掘られているのですが、そこは私たちにとって別世界であり、多くの人は炭鉱夫がそこで汗水たらして働いていることなど認識していません。おそらく大多数の人は、そうしたことを知りたくもないのでしょう。しかし、私たちの生活は、彼らの労働によって成り立っているのです。. . .(中略). . . 炭鉱夫の地下でランプを照らしながらの奮闘がなければ、地上の世界の営みは維持できないのです。花を咲かせるためには根が必要であるのと同様に、炭鉱夫の労働が我々には必要なのです。」
米国でも、都会に住んでいる人の多くは、炭鉱労働者の採掘作業のことなど知りたくもないようです。遠く離れた都市に暮らす人たちが石炭のありがた味を全く認識していないので、石炭業の盛んな地域に住む多くの人が憤慨しています。「この国は、世界で最も安い電力の恩恵を受けている。」と、全米鉱山労働組合(UMWA)のセシル・ロバーツ委員長は、7月に私と会った時に言っていました。ちょうど、彼はアラバマ州のウォリアー・メット炭鉱のストライキに参加したところでした。彼は言いました、「ウォリアー・メット炭鉱が閉山したら、アラバマの経済はどうなってしまうんだ?」と。
ドイツの炭鉱労働者も同じように怒っているようです。ルザティアの火力発電所で労働組合の分会長をしているトラルフ・スミスは私に言いました、「今、炭鉱を閉山してしまったら、ベルリンでは電気の供給が不足するでしょう。トイレも携帯電話もインターネットも使えなくなります。ベルリンの大学は学問どころではなくなるでしょう。電気が不足して、まともな日常生活が送れなくなったら、石炭のありがた味を少しは分かるようになるのではないでしょうか。気候変動対策で旧来のやり方を変えなければならないことは理解していますし、それに反対するつもりもありません。しかし、それをやるために、石炭業界を無視することなど許されません。我々、石炭業界と協力してやるべきだと思います。」と。
2019年にイエナ大学の社会学者クラウス・ダーレの研究室は、ルザティア地方の炭鉱労働者数十人に、石炭産業からの脱却に関するアンケートを実施しました。その結果、多くの炭鉱労働者が、東ドイツでは”Anerkennung”(アネルケヌング:敬意)を受けていると実感できたが、そう実感できなくなったことを痛感していることが分かりました。また、多くの炭鉱労働者が、西ドイツの緑の党所属の州議会議員が「ナチスも石炭も茶色だ!茶色で碌なものはない!」というツイッターの投稿を支持したことを非難していました。ある労働者はアンケートに記していました、「東ドイツ時代には、我々は国の英雄でした。常々、そのような扱いを受けていました。それが今では、馬鹿者扱いされたり、反逆者扱いされているんですよ。ナチスや殺人者と同列に扱われたりしているんです。尊敬されていないことが苦痛なんです!」と。
私は、イエナ大学にダーレを訪ねてみました。彼が言うには、アンケート結果で最も興味深かったのは、旧東ドイツ出身の人たちの多くに、ベルリンの壁崩壊後の経済的混乱が続いた時期(die Wende:変動期)のトラウマが残っていたことだそうです。彼は言いました、「アンケート回答者の多くが記していたのは、『8万人もいた炭鉱労働者が8千人にまで減ってしまった。私は”die Wende”(変動期)の数少ない生き残りなのです。今、我々は、再び、”die Wende”(変動期)に放り込まれそうになっているのです。』ということでした。」と。
しかし、ダーレの研究室がアンケート結果を精査した結果、炭鉱労働者が怒りや不満の気持ちを抱いているものの、AfDを支持している者は多くないということも判明しました。ドイツの石炭産業は、米国のそれとは異なり、組合がそれなりの影響力を維持しています。ドイツでは、全ドイツ石炭労働組合は中道左派の社会民主党と連携しています。それで、組合員が極右化しないようにいろいろと対策を実施しています。ダーレがアンケート結果を分析して出した論文によると、組合幹部たちは、地域全体が右傾化もしくは極右化しないことを望んでいるそうです。論文には、「この地方の全ての炭鉱が閉鎖されたとしても、この地方全体の発展の可能性を示すことができれば、右傾化することを防げるだろう。また、AfDへの支持が集まるようなことも防げるだろう。」との記述がありました。