ドイツの脱石炭の取り組みは成功するのか?環境先進国と思われるドイツの脱石炭の取り組みは苦境に陥っている!

7.ドイツのエネルギー政策の失敗が明らかになりつつある

 1945年に、戦争で勝利をおさめたロシア人が、コトブスとリュベナウ間(30キロ)の鉄道のレールをソ連に持ち帰るために撤去しました。ソ連は、レールだけでなく、ドイツ東部から様々なものを持ち去ったことが判明しています。そのため、現在でも、コトブスとベルリン間を結ぶ線路は単線のままです。列車は1時間に1本しか運行されていません。鉄道網が非常に発達しているドイツで、最も不便な区間の1つです。産業構造転換のための補償金400億ユーロの1部を使って、複線化される予定です。

 しかし、2021年の終わり頃になると、ドイツ国内の多くのメディアが競うようにして、その補償金の大部分が不適切な目的で使われているという報道をするようになりました。連邦政府機関が不適切に使っていることが取り上げられていましたし、補償金を受けた地方自治体等が不適切に使っている例も沢山ありました。ゲルリッツでは、補償金を使ってコンサートが開催され、動物園が整備され、新たに路面電車が整備されていました。コトブスから60マイルも離れていて、炭鉱とは縁もゆかりも無いベルリンの準郊外に新たな保健所の支所を開設するために3億ユーロを使うのは不適切な支出と言わざるを得ません。また、ドレスデンから30マイル離れた町の文化センターの改修に3百万ユーロを使うのも、石炭産業からの脱却とは何の関係も無く、不適切な支出です。石炭産業を擁護する者も、石炭産業の廃業を訴える者も、基金の多くが不適切な目的で使われていることは問題であると指摘していました。11月には、11自治体の首長が集まり、連邦政府の基金の使途決定方法に対する不満を表明し、炭鉱に最も近い地域の声をもっと聞くべきであると主張しました。クラウシュビッツ村のトリスタン・ミュール村長は私に言いました、「こんな使い方をしていたら、補償金がいくら有っても足りません。もっと炭鉱がある地域の振興のために使って欲しいと思います。」と。

 しかし、炭鉱地域の産業構造転換のための補償金が、不適切に使用されたわけではありませんでした。むしろ、正しく使われたと言っても過言ではありません。というのは、欧州連合(EU)のルールでは、その補償金を地域の新規企業や既存企業への助成金として使うことは禁じられているからです。そのため、水素発電などの再生可能エネルギー関連技術を研究する機関へ資金援助をすることなどが検討されました。そういった技術が確立されれば、いずれ大量に雇用が創出されると考えられるからです。コトブスに本拠を置く環境保護団体「グリューネ・リーガ」の代表のレネ・シュスターが私に言ったのですが、再生エネルギー等の技術が確立されても、炭鉱が無くなることで失業する者の働き口を確保をすることは難しいでしょう。彼は言いました、「再生可能エネルギー関連のスタートアップ企業が、石炭産業から生み出される大量の失業者の全てを雇うのは不可能でしょう。7千人もの失業者が出るんです。全員が雇用されることは無いでしょう。」と。彼は、石炭産業関連の職を失う人は、その職に誇りを持っていたはずで、他の職に移るのは辛いことだろうと言っていました。また、強制的に移住させられて、そこで職が得られないということは非常な不利益であるとも言っていました。移住させられなければ、職に就き続けて収入を得られていたはずなのに、それが無くなったことは、財産権が侵害されたも同然だと憤っていました。

 選挙後、社会民主党党首のオラフ・ショルツは、緑の党と自由民主党の党首と共に、連立協議を開始しました。脱石炭に関しても話し合われました。2038年としていた期限を2030年に前倒しするか否かといったことも議論しました。同時期にグラスゴーで開催されていたCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)では、全世界で石炭の使用を禁ずるか否かが焦点となっていました。そうした状況は、少なからず連立協議に影響を及ぼしました。結局、2038年を2030年に前倒しするという案は、ルザティア地方への影響が大きすぎるとして見送られました。ルザティア地方から2030年までに石炭火力発電所を無くすことはどう考えても無理だという結論に至ったようです。シュプレンベルク市長のクリスティーン・ヘルンティアは、「2030年時点では、現在とほとんど状況は変わっていないはずです。産業構造転換はそんなに簡単にできるものではないのです。」と。

 私は、1日か2日おきに”Electricity Map”というアプリを使っていました。そのアプリを使うと、各国の電力供給源を調べることができます。いつ見ても、ドイツでは石炭が最大の供給源でした。風力は2番目の時もあれば3番目の時もありました。ドイツは、再生可能エネルギーによる電力の供給量が増えるまで、天然ガス発電所を増やして対応するという案を検討していました。しかし、そのためには、天然ガス発電所を急ピッチで建設しなければなりません。また、ドイツにとって最大のガス供給国であるロシアへの依存度がさらに高まってしまいます。最近、ロシアはバルト海経由でドイツに繋がるパイプライン「ノルドストリーム2」を建設し、物議を醸していました。天然ガスに頼らない手段として考えられるのは、原子力発電を主電源とする方針を堅持しているフランスから原子力発電による電力を購入することです。あるいは、ポーランドから石炭火力発電による電力を購入することです。しかし、ドイツは原子力発電も石炭火力発電も否定しているわけですから、偽善的であると言わざるを得ません。

 連立政権が11月24日に発表した連立政権合意を見ると、脱石炭を2030年に前倒しすることが「好ましい」と記されていました。それは、脱石炭推進派にとっても、そうでない者にとっても満足のいくものではなく、ドイツが置かれている複雑な状況を反映するものでした。ドイツは、自国の近代化を成功させた源であるダーティなエネルギー源を放棄することを決め、世界に先駆けてそれを実現しようと奮闘し、世界に範を示そうとしてきました。明確なタイムテーブルを作成し、多額の補償金を準備していました。産業構造転換に伴って大量の失業者が生まれることも予測していて、様々な対策を検討していました。ドイツの脱石炭への取組みは、同時期の米国と比べれば、間違いなく進んでいました。米国では、バイデン政権が提案した”Build Back Better”(ビルド・バック・ベター法案)が上院で可決されませんでした。そのため、温室効果ガス削減のためのインフラに5,550億ドルを投資するという案は頓挫してしまいました。

 ドイツは、世界に範を示そうとしてきました。しかし、決して意図したことではないのですが、逆に温室効果ガス排出削減の義務付けに反対する人たちから、反面教師と見なされることもしばしばあるようです。それで、ドイツみたいに必死に取り組んでも無駄だから、温室効果ガス削減には取組むべきではないという主張をする人もいるようです。先日、ウォール・ストリート・ジャーナル誌に、ドイツのエネルギー政策に関する記事が載っていました。タイトルは、「ドイツのエネルギー政策の失敗」というものでした。記事には、「歴史上、これほどまでに自国を弱体化させることに尽力した国は、稀である。」という記述がありました。ドイツは、原子力発電から撤退したことで、脱石炭のハードルを自らの手で高くしてしまいました。また、産業構造転換の補償金の使途を決める際には、透明性と先見性が欠如していました。そのせいで、補償金はあまり効果的に使われませんでした。この取組で良かったことと言えば、多額の補償金が準備されていたわけで、ドイツの全国民が石炭産業が盛んな地方のことを心配していることが明らかになったことだけでした。