6. MIT の核融合研究施設の内情
プラズマ科学・核融合センターはMITのキャンパスの北西の角にあります。ケンブリッジにあるファイザー本社やモデルナ本社が歩いて数分のところにあります。私は今年の3月にホワイトとマムガードにセンターの正面の階段で会いました。マムガードは現在CFS社のCEOです。一方、ホワイトは共同創設者の形で関与しています。2人はラフな格好でした。Tシャツ姿で、パンデミックの影響で床屋にも行っていないようでしたので、自由奔放なサーファーのように見えました。私がそこに行った目的は、彼らに会うためだけでなく、研究中の磁石についての話を聞かせてもらうためというのもありました。その研究は、上手く進むかもしれませんし、失敗してまた何年分も手戻りしなければならないかもしれません。その日は晴れて気持ちのとても暖かい日でした。クールエイド(米国でポピュラーな粉末ジュース。”Drinking the Kool-Aid”はスラングで妄信するという意味がある)が提供されていたら、私はそれを1杯どころか2杯は飲んでいたでしょう。
かつてアリストテレスは、磁気の力を超経験的なものと感じ、神によるものと見なし,磁石には霊魂が宿っていると言いました。磁石はさまざまなことに使われています。羅針盤に使われ航海では必須ですし、高速鉄道で列車を浮揚させたり、人体の内部を撮像したりする際に使われていますし、電気カミソリのモーターにも使われています。1951年、物理学者ライマン・スピッツァーは、恒星内部では磁場によって高圧力と高温が閉じ込められていると示唆しました。それ以来、磁石、磁場は核融合研究の核心となっています。
マムガードとホワイトは研究室内を案内してくれました。最初に立ち寄ったのは、立方体の部屋でした。中には演台のようなものがありました。部屋の奥の壁は、1980年代にMITで初めて使われた実験的核融合装置の制御盤が残っていました。演台の周囲には、プラズマに関する写真がいくつか飾られていました。太陽、稲妻、オーロラ、磁気核融合、ネオンサイン(OPENという文字でした)等の写真でした。演台の上には、真空管が1つ置いてありました。真空管の2カ所に銅線のコイルが取り付けられていました。コイルには電流が流せるように設定されており、真空管は金属のプレートの上に浮いている状態でした。高校の物理の授業で習った人も多いと思いますが、コイル状の銅線に電流が流すと磁場が構築されるという実験を覚えている人も多いでしょう。この装置は、それをもう少しだけ複雑にしたものでした。「電源を入れてもらってもかまいませんよ。」とマムガードは言いました。
私は黒いボタンを押しました。ゴロゴロと音がしました。「ゴロゴロという音は真空管から空気を抜いている音です。」とマムガードは言いました。彼はバルブを回して、少量の水素ガスを真空管内に注入しました。真空管内にピンク色の光が見えました。ピンク光の形は真空管の内径を一回り小さくした形で、たとえるとマトリョーシカ人形のように真空管の中にピンクの入れ子が入ったような感じでした。ピンクの光は磁場の中に閉じ込められたプラズマです。真空管とピンクの光の間の真空空間に磁場が出来ていました。「そのピンクの光は超高温プラズマです。最低でも1千度以上にならないと出来ません。真空管表面に触れてみて下さい。」とマムガードは言いました。私は真空管を触ってみました。ひんやりとしていて熱くありませんでした。次にマムガードは「今度は、銅線に触って下さい。」と言いました。私は言われた通り触ってみました。暖かかったのですが、熱いということはありませんでした。銅線に暖かさを感じたのは、超高温プラズマに近接しているのが理由ではありません。銅が完全導体ではないことが理由です。そのため、電流を流した際に熱の放出という形でロスが発生しているのです。超伝導体であれば、熱の放出はほとんど発生しません。熱の放出はエネルギーのロスを意味します。
真空管内のピンクに見えるプラズマは稲妻のように超高温なわけですが、ちょっとでも扱いを誤ったら大惨事になるのではないかと私は少し懸念していました。プラズマが閉じ込めている磁場から漏れ出して、壊滅的な被害が出る可能性は無いかということをマムガードに尋ねてみした。それを聞いて、マムガードはバルブをひねって真空管の中に少量の空気を入れました。すぐにプラズマは消失しました。彼は言いました、「多くの人たちが核融合も核分裂と同じように危険なものだと考えているようです。核分裂では臨界に達すると大惨事になりますが、核融合ではそんな危険性は全くありません。なぜなら、プラズマは風の中のろうそくのようなもので、簡単に吹き消すことが出来るのです。人間が息を吹きかけるだけで消すことも出来るんです。」と。