燃料は水素(重水素と三重水素)だけ!原子力発電と異なり核廃棄物も出ない!核融合発電の実用化はまだ?

8.核融合発電の課題は技術的なものゆえに解決可能?

 CFS社が7番目に採用したのは、ジョイ・ダンでした。彼女はSpaceX社から移ってきて、元々は航空宇宙工学が専門でしたが、ここでは製造部門の責任者を務めています。ダンは現在35歳ですが、小柄で童顔な為にもっと若く見えます。彼女はスキューバダイビングが大好きなので、カリフォルニアを離れることが困難でした。彼女はかつてMITで大学生活を過ごしたのですが、CFS社に移って最初の会議で隣の席に大学時代の恩師が座っていることに気付きました。彼女が学部生の時に流体力学を教えてくれた教授でした。彼女は言いました、「私は、教授が私の学生時代の成績を覚えていないことを祈りました。おそらく悲惨な成績だったと思います。」と。

 ダンの主な任務の1つは、磁石の開発でした。私が、いわゆるウェスト・セル食堂で見たパンケーキを作ることも彼女の任務の内の1つでした。私が彼女に会った時、磁石の実験をする直前でした。しかし、ダンは失敗についてはそれほど心配していないと言っていました。「私は採用される時に念押しされたのですが、失敗は気にしなくても良いと言われていました。理論的というか物理学的には間違っていないので、工学的な問題を試行錯誤しながら解決していけば必ずゴールに辿り着けると言われていました。そう言われたことで、この仕事は非常に魅力的だと感じてここに移ってきたんです。理論的に問題があれば、何をやっても解決できません。でも、ここでは工学的な課題があるだけです。それは間違いなく解決できます。」と

 ダンは私をCFS社の本社に案内しました。MITのキャンパスから徒歩15分のところにある質素な平屋建ての建物でした。木製のプレス機と回転作業台が有って職人の工房のような雰囲気でした。そこでは、金属板にHTS(超高温伝導体)を巻き付ける作業が手作業で行われていました。機械の稼働する音は聴こえませんでした。ここでそうして手作りされていたウエスト・セル食堂の実験で使う為のパンケーキも、現在では機械で製造するように変わっているようです。

 ダンはスペースXでは幾度となく失敗をしたと言います。また、それから学ぶことも多くとても生産的だったと言います。彼女は言いました「水面のボートにロケットを着陸させる実験では何度も失敗しました。失敗ごとに学んだわけですが、初めはロケットが全くボートから離れたところに行ってしまいました。次にはボートに上手く乗ったのですが、その後滑り落ちて水没してしまったり、着陸してからひっくり返ったこともありました。しかし、初めて着陸に成功した際には、なぜだか実験をする前から上手くいきそうな予感がしました。それで着陸する際には観察席の最善席に陣取って成功する瞬間を見届けようと思いました。」と。その時仲間と成功を見届けて喜び合ったことは彼女にとって良い思い出となっています。再びあのような歓喜を味わいたいということが、彼女の仕事のモチベーションに繋がっています。ダンは、スペースXでやっていた仕事は、CFS社で取り組んでいる仕事と比べると難度が低かったと認識しています。彼女は言いました、「磁場を作り出すだけなんですけど、それがなかなか難しいんですよ。」と。

 私がダンに会ってから約6か月後になりますが、9月5日の午前5時30分頃、重要な磁場の実証実験が行われました。ダンは研究チームの多くの者と一緒に外に張ったテントにいました(新型コロナの影響で密を避けるため)。磁石は1週間かけて冷却し20ケルビン(摂氏マイナス253度)になっていました。また、その中は空気が抜かれて真空状態になっていました。今回の実験では、電流を流して20テスラの磁場を発生させるというものでした。20テスラの磁場は想像し難いと思います。参考にして欲しいですが、冷蔵庫にメモを貼り付ける磁石で約0.001テスラ、MRI撮像装置は約1.5テスラで作動し、高速列車を浮揚させる磁石で約5テスラです。テントの下には、モニターが置かれており、流されている電流の量が示されており、出来た磁場の強さも示されていました。

 電流と磁場の両方の数値が上昇するにつれて、ダンには不安な気持ちがよぎりました。ポンプが壊れないか、バルブが壊れないか、真空管が壊れるんじゃないか等あらゆることが心配になりました。しかし、彼女は心配してもどうしようもないことだと思うようにしました。ついに磁場が20テスラに達しました。テントの下の皆が歓喜で湧きました。抱擁したり、歓声を上げたり、ハイタッチをしたり、皆がとても幸せそうでした。マムガードもホワイトも喜んでいました。ダンの同僚のブランドン・ソーボムが、ダンや他の研究チームのメンバーにインタビューして回っていました。ソーボムにどんな気持ちか聞かれたダンは言いました、「成功して良かったわ。でも個人的な感想を言わせてもらうと、プレッシャーが大きかった分、喜びも大きいと感じるわ。本当に良く成功できたと思うわ。これで実用化できると証明できたのよ。ほんとうに良くやったと思うわ。私は、多くの人から『何で核融合の研究なんかしているの?他の再生可能エネルギーの方が有望じゃない?』と言われてきたわ。でも、私は今日で確信したわ。再生可能エネルギーの中で一番有望なのは核融合発電よ。」と。