防潮堤の強化で海面上昇に対処できるか? コンクリートでの海岸線強化には、デメリットもあるし、限界もある!

Annals of a Warming Planet

Seawalls Save Us?
防潮堤は私たちを救えるのか?

Huge coastal barriers could protect the world’s cities. But they’ll have unexpected costs.
巨大な防潮堤が世界の都市を守る可能性がある。しかし、予想外のコストがかかることになる。

By Daniel A. Gross November 5, 2023

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 サンフランシスコ(San Francisco)のすぐ南に位置するカリフォルニア州パシフィカ市(Pacifica)は、長年住んでいる人たちが天国(Heaven)に例えるような海辺の住みよい都市である。街中には、パラダイスドライブ(Paradise Drive)と呼ばれる通りもあります。地元の釣り人たちは、パシフィカ桟橋(Pacifica Pier)を愛している。そこは、サーモン(almon)、シマスズキ(striped bass)、カニ(crab)を釣るのに州内でも最高の場所である。数年に1度、スーパーブルーム(superbloom:アメリカ南西部の乾燥地帯で野草がいっせいに開花する伝説的な現象)が見られる。海辺は、美しい黄金色に染まった野草で覆われる。この地は霧が出ることで有名だが、太陽の光がそれを抜けて降り注ぐ。空が輝く様は、まるでターナー(訳者注:イギリスのロマン主義画家のジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(Joseph Mallord William Turner)と思われる)の絵画のようである。

 パシフィカにはドラマチックな景色が見られる場所がいくつもある。その1つがエスプラネード・ドライブ(Esplanade Drive)である。1950年代に開発業者が崖の上に競うようにバンガローを建てた。住人たちは、50年にわたってバンガローの裏庭から太平洋で潮を吹き上げるクジラを眺めていた。1998年に一部の住民が集まって引っ越す人の送別会を開催した。「ここに住むことの素晴らしさは、言葉では言い表せません。」と、住民の1人であるジョー・パーカー(Joe Parker)は言った。「イルカが泳いでいるのが見えたし、あらゆる種類の海鳥を目にした」。ビバリー・アクセルロッド(Beverly Axelrod)はここに住んで14年経っていた。家から見える海の景色が「すべてを癒してくれた」と回想した。しかし、エルニーニョ(El Niño)の影響もあったのだろうが、何度も激しい嵐に晒された。それで、バンガローが建ち並ぶエリアの崖は波に洗われて30フィート(9メートル)以上後退した。アクセルロッドの家が海に落ちないようにするために、建設作業員が重機を使って家を半分に切断しなければならなかった。地元の地質学者ケン・ラジョイ(Ken Lajoie)は、大風や嵐が来なくても崖の後退はさらに続くと指摘した。市は最終的に7軒の取り壊しを命じた。ある住人は、住むところが無くなり、ローンの支払いだけが残った。アクセルロッドは、取り壊しを 「死にゆく誰かの枕元にいるようなもの 」と例えた。

 1980年代にパシフィカ市は海岸の一部を高さ20フィート(6メートル)のコンクリート護岸(concrete seawall)で強化した。また、他の場所では、浸食を防ぐためリップラップ(riprap)と呼ばれる岩を敷き詰めた。1998年に何度も暴風雨に襲われた後、市は再び浸食対策を強化した。カリフォルニア州および連邦政府は、パシフィカ市に150万ドルを助成した。後退した崖の基部にはリップラップを積み上げた。パシフィカ市は、気候変動に考慮した先進的な投資だと考えていた。しかし、ラジョイは、リップラップによる護岸堤防は各地で失敗していて崖の後退を防げないと警告した。2001年に彼はサンフランシスコ・クロニクル(San Francisco Chronicle)紙の記者に語った、「侵食されつつある海岸線に構築物を作ってはいけない。今後、どのようなタイプの護岸も防潮堤も建設すべきではない。」と。

 ラジョイの指摘は正しかった。エスプラネード・ドライブの崖下の護岸堤防は浸食を止められなかった。2010年、崖の一部が崩れた。1棟のマンションの直ぐ脇あたりが崩れた。そのマンションの住民は退去を余儀なくされた。マンションは後に取り壊された。2018年時点では、崖を見下ろす通りに沿って建っている家は、1軒のみだった。しかし、その後、その家の中庭も崩れ落ちてしまった。市がその家を買い取って、取り壊した。その頃、パシフィカ市の市長ジョン・キーナー(John Keener)は、海面上昇への対応の必要性に言及し始めた。さらには、浸食防止対策の必要性にも言及するようになった。彼は、海岸を要塞化することは難しいと考えていた。浸食を防ぐために護岸を強化し続けることは現実的ではなく、不可能だからである。それで、住民に危険な場所からの退去を検討するよう提案した。

 当然のことながら、ほとんどの人は家を捨てるという選択肢をとりたくない。新著「California Against the Sea: Visions for Our Vanishing Coastline(未邦訳:海と対峙するカリフォルニアの海岸侵食への対策)」を上程した環境問題に詳しいロサンゼルス・タイムズ紙のロザンナ・シャ(Rosanna Xia)記者は、パシフィカ市の海岸を訪れた際にある看板を目にした。そこには、”no managed retreat”と記されていた (訳者注:退去を拒否するということ。”managed retoreat”は、将来起こりうる災害に備えて住居を移すこと)。市の公聴会ではある男性(3児の父親)が意見を述べた。「これは海との戦争だ。勝つかもしれないし、負けるかもしれない。が、むやみに家を放棄すべきではない」。キーナーは、海岸線の侵食対策強化を求める住民の声が高まり、選挙で落選した。「市の対策には手抜かりがあった。護岸強化に数十年前から取り組むべきだった。」と、ある男性はシャに語った。

 パシフィカ市では、海面上昇に対して意見が割れている。護岸強化を望む市民と、退去が妥当とする市民がいる。これは他の都市でも見られることである。退去はなかなかしづらい選択肢である。しかし、岩を置いたり、コンクリートで護岸を固めて海と戦うとなれば、膨大なコストがかかる。しかも、必ずしも侵食を防げるわけではない。パシフィカ市は現在、防潮護岸を強化するために数千万ドルの借入れを計画している。当地に住むブロガーのグレッグ・ディエゲス(Gregg Dieguez)は、この計画に批判的である。理由は費用が高額であることもあるが、防潮護岸がモラルハザード(moral hazard)を引き起こすと考えるからである。つまり、防潮護岸を強化し浸食を阻止することは、より多くの人たちが危険な場所に住むことを促すというのである。「海面上昇はずっと続く。少なくとも何千年もの間、海面上昇がなくなることはない。」と、ディエゲスはブログに書いている。同時に、パシフィカ市にある住宅のうち危険なのは1%に過ぎないとも書いている。「市が政策を決定する際には、全体の利益を考えるべきである。海岸侵食をくい止めるために、市の貴重な財源を投じることは本当に意味のあることなのか?」との文言でブログは締めくくられている。ディエゲスがパシフィカ市民に投げかけたこの問いは、今後、アメリカの多くの海岸線にある都市で問われることとなるだろう。護岸堤防は侵食を防げるのか?防げるとして、いつまで防げるのか?退去したほうが良いのではないか?