2.ウクライナ戦争の結果を予測することは不可能
戦争の結果を予測することは難しい。対照的に戦争の期間については、明確に言えることがある。戦争がすぐに終わらない場合、長引くということである。理由は、戦う動機自体が変わってしまうからである。死者がたくさん出て、甚大な被害が出る。多くの国民が動員され、国民総決起での闘いとなる。相手国への憎しみが深まり、国民の相手国に対する怒りは頂点に達する。両国ともに戦争を止めることができなくなる。
戦争が長く続く場合、その国の統治形態によって違いが出る。2002 年に出版されたダン・ライター( Dan Reiter )とアラン・C・スタム( Allan C. Stam )の共著「戦時の民主主義国家( Democracies at War )」は、そうしたことを分析した書である。ライターとスタムは、過去の数多くの事例を研究し、民主主義国家は独裁国家よりも戦績が優れていると主張する。その理由は、民主主義国家の方が戦闘能力が高いことにある(兵士のモチベーションが高い)。また、民主主義国家は矢鱈と敗戦必至の戦争を仕掛けることが少ないからである。しかし、レイターとスタムはその本の後半で警告を発している。民主主義国家は、戦争を始める回数が少ないのと同じ理由で、戦争を始めた後に疲弊するスピードも早い。同書には、「予想されていた迅速な勝利が実現しない時、……国民の多くが戦争を始めることに同意したことに疑問を持つようになる。積極的に支持していたのに、それを撤回するか可能性が高まる。」との記述がある。レイターとスタムによれば、これが 1945 年 8 月にハリー・トルーマンが日本の 2 都市に原爆を投下することを決めた主な理由である。戦争が長引くと、民主主義国家が勝利する可能性は著しく低下する。実際、ライターとスタムが書いているのだが、「戦争が長引けば長引くほど、独裁国家が勝利する可能性が高くなる」という。
プーチンは、その書を読んだことなどないだろう。しかし、彼はその書の第 7 章に記されていることを知らずして実践しているようである。彼は安定感を重視している。それを重視して政策を決めている。西側の民主主義国家では常に指導者が変わる。その都度、考え方も変わる。ロシアとの戦争が長引いてエネルギー価格の高騰が続くことに西側諸国の有権者が長く耐えられるわけがない。それを、プーチンはウクライナに侵攻する前に確信していたと推測される。彼はまた、アメリカは内政問題を抱えているので、ウクライナ戦争に積極的に介入できないだろうと信じていた。侵攻して 2 年近く経って、彼の予測がことごとく間違っていたことが明らかになりつつある。多くの西側民主主義国家が結束してウクライナを支援した。ロシア国内に目を転じると、プーチンが想定していたよりも政情は不安定だった。2022 年秋の部分的動員は大不評だった。2023 年夏には長年にわたってプーチンに尽くしてきたオリガルヒの 1 人であるエフゲニー・プリゴジン( Yevgeny Prigozhin )が隊列を組んでモスクワに向かって行進を始めた。しかし、プリゴジンは暗殺された。ここ数カ月で、ようやくプーチンが期待していたとおり西側諸国の足並みに混乱が見られるようになってきた。ハンガリーの不誠実な態度をとったことによって、欧州連合( EU )がウクライナへの大規模支援策を可決するのがかなり遅れた。数カ月は遅れたのではないか。さらに懸念されることがある。共和党の一部の妨害によって同様の大規模支援策の成立がアメリカ連邦議会で遅れたことである。ウクライナ国内に目を転じると、政治的な問題が再燃している。ゼレンスキーがザルジニーの解任に踏み切った理由は、ザルジニーが政敵になりつつあることを懸念したからだという説が広く流布している。ザルジニーが大統領を公然と批判したことが解任された理由であると考える者はほとんどいないようである。
昨年 10 月 7 日にハマスがイスラエルに大規模攻撃を仕掛けた。イスラエルが反撃を開始した。イスラエルの極めて不釣り合いな対応は、国際社会の秩序を著しく混乱させている。それによってアメリカの政府高官の多くが膨大な時間を奪われている。それが間接的にジョー・バイデンの支持率低下に拍車をかけている。今年の秋には大統領選挙が待っている。2019 年に大統領だったドナルド・トランプは、ゼレンスキー大統領に巨額の軍事支援をチラつかせ、ウクライナ当局にバイデン親子を調査させるよう促していた。これは、ゼレンスキーにとって心強い兆候ではない。トランプが NATO に対して以前から否定的なスタンスをとっていることもそうである。つい先日も、ロシアが「十分な軍事費を支出しない」NATO 加盟国を攻撃しても防衛しないし、むしろロシアが「やりたい放題」攻撃することを奨励すると発言していた。
軍事評論家の多くが、アメリカの支援策が最終的に実施されたとしてもロシアが優位であると考えている。ロシアは、石油と天然ガスの販売によって継続的に収入を得ることができている。それを武器製造に充てることができる。ロシアは、ウクライナ侵攻前の 2 〜 3 倍のペースで弾丸、ミサイル、戦車を生産している。ウクライナ軍は実戦経験を積むことでドローン技術を格段に向上させた。しかし、ロシアは昨年製造したドローンの数を大幅に増やしている。ロシアは、手を変え品を変え、軍隊に国中から人員を送り込み続けている。「正直に言う。」と、ザルジニーはエコノミスト誌に記している。「ロシアは封建的主従関係の下で組織された国家である。人間の命は、最も安価な資源と考えられている」。
ウクライナに勝機が全く無いわけではない。西側諸国から供与された長距離ミサイル・システムには高い命中精度と優れた回避能力がある。ロシア製ミサイルは足元にも及ばない。それらを駆使することで、ウクライナはクリミアを含む前線のはるか後方にあるロシアの飛行場、兵舎、弾薬庫を攻撃することができたし、ロシアの黒海航路封鎖を解くことができた。ウクライナ軍の兵士の多くは、自分たちが何のために戦っているのかをよりよく理解している。特に、陸軍は国内で最も尊敬されている組織の 1 つである。ザルジニーは解任されたわけだが、彼が提唱してきた改革(兵員を大幅に増やすこと等)を、ウクライナ軍は粛々と進めるべきである。彼が居なくても実施できることなのだから。
しかし、軍事専門家の多くは、ウクライナがロシアに勝利する可能性は限りなく小さいと感じている。ボストンによれば、ウクライナが必要とする装備や兵器について議論している専門家はほとんどいないという。「ロシア軍に対して突破作戦を計画すると仮定する。」と彼は言った。「攻撃地点における軍事的優勢をを確保すべくための砲兵隊の投入が必要になる。十分な数の地上部隊を投入する必要もあるし、敵の砲撃によって全員が爆殺されないようにする方法を見つける必要もある。敵の砲撃拠点を制圧するか、破壊する必要がある。あるいは砲撃から逃れるための塹壕を掘る必要がある」。こうしたことは、 1 地点のみで起こるわけではない。複数地点で起こる。ウクライナの突破作戦がどこかで成功した場合、その地点の軍事的優勢を維持するためにさらなる兵員の投入が必要となる。「いずれにしても、容易に達成できることは何も無い。何をするにも莫大なコストがかかる。」とボストンは言う。それほど高額ではないウクライナ支援策でさえ、混乱した連邦議会を通過させるのは簡単ではない。ボストンによれば、さらに巨額の支援策を通過させるのは難度が非常に高いという。
「ウクライナ軍は長期戦に備える必要がある。」と、元国防総省幹部で現在は民間シンクタンクで軍事アナリストを務めるオルガ・オリカー( Olga Oliker )は言った。オリカーは、長期戦になればウクライナが勝利する可能性もあるが、ロシア軍をコテンパンに打ちのめすような形にはならないという。華々しい勝利を飾ることを目指すべきではない。「ウクライナがあまり理想的でない条件下でも勝利を主張できるような状況を生み出す必要がある。」と彼女は言った。「クリミア( Crimea )とドンバス( Donbas )からロシア軍が完全に撤退し、ウクライナが NATO に加わることが認められ、モスクワにペンペン草も生えないようにすることだけがウクライナの勝利だとするなら、それは非現実的な目標でしかない。私見だが、ウクライナの勝利とは、ロシアを 2 度とこのようなことができないか、少なくとも 2 度とこのようなことをするのは非常に困難な状況にすることである」。
2 つの形が考えられる。ロシア軍が何らかの合意や条約によって制約を強いられる形がある。また、ウクライナ軍の軍備が十分に増強され、同盟国の多くが支援する姿勢を明確に打ち出し、それによってロシアが攻撃する代償が高すぎると認識する形もある。他にもウクライナが勝利する形があるかもしれない。ロシアの国内統治体制に脆弱性があり、プーチン政権が手に負えない状況になる可能性もある。可能性は高くないだろうが、全くの幻想というわけでもない。「ロシアの体制には、不安定さが残っている。ロシアの指導者層はそれを認識しているし、恐れている。」とオリカーは言った。「あるレベルまでその不安定さが拡大すれば、ロシアが交渉のテーブルにつく可能性もある」。
バイデン政権高官で、対ロシア制裁の策定に携わってきた人物は、その可能性があると主張する。彼によれば、一時期、バイデン政権は 2025 年の春までに現在の状況が続けばロシアは戦費を捻出し続けることができなくなると推定していたという。そうなれば、ロシアは立ち行かなくなるだろう。その人物は、ロシアの海外資産の凍結、それに伴うドルなどハードカレンシー建て外貨準備の枯渇、ロシアが西側の制裁を逃れるために供給ラインを複雑化していることに言及した。「まるで、速度が減速しているコマのようである。」とその人物は言う。「 2025 年に近づくにつれ、ロシアの状況はより困難なものになるだろう。より速く、より困難な選択をしなければならなくなるだろう。プーチンがこの戦争をすることで実現しようとした状況とはかけ離れつつある。プーチンは、エカテリーナ大帝が築いた帝国を復活させようとしていたようだが、おそらく気が狂っているのだろう」。
その人物の予測は楽観的すぎるような気がしないでもない。西側の継続的な支援が前提になっている。もし十分な支援が得られなかった場合、ウクライナが採るべき対応策はあるかと私が尋ねると、彼はそんなものは無いと答えた。「率直に言って、ウクライナが採れる対応策は、ますます少ない人数で戦い続けることしかない」。既にウクライナ軍では砲弾が不足している。防空迎撃ミサイルも不足する可能性がある。「アメリカを含む西側諸国の支援策は必須のもので、それが無ければ、ウクライナは立ち行かなくなる。」と彼は言った。彼の分析によれば、西側が提供する防空システムがあれば、ウクライナ軍はロシアのミサイルの 90% を撃墜できるという。「それが無ければ、撃墜できる確率は限りなくゼロに近くなる」。