Can Virtual Reality Fix the Workplace?
バーチャルリアリティを活用して労働環境を改善することは可能か?
The struggle to create a digital alternative to the analog office.
デジタルテクノロジーを駆使して現実の労働環境をより快適なものに置き換えるための研究が続けられている。
By Cal Newport December 6, 2021
少し前のことですが、 私はvirtual world(仮想世界)について記事を書いてみようと思い立ちました。そう思ったのは初めてのことではありません。2016年の春、ジョージタウン大学のコンピュータサイエンス学部の1人の学生が、会議室にバーチャルリアリティ機器「HTC Vive(HTCとvalveが共同開発したヘッドマウントディスプレイ(HMD))」を設置し、デモンストレーションをしたいと申し出ていました。私はそれにボランティアで参加しましたが、その時の感動は忘れられません。彼は私をマッドサイエンティスト(彼の)の実験室に連れて行きました。そこにはさまざまな機器やガジェットが散らばっていました。私は、かがんで机の下を見ました。流しと壁をつなぐパイプなどが見えていました。次にデモンストレーションを見せられたのですが、バーチャルの海中の世界を体験できました。頭の上をクジラが泳いでいくのが実感できました。上を見上げて、こんなに近くに、こんなに大きく……と、臨場感を味わったのを覚えています。
そのデモンストレーションが行われたタイミングは偶然の産物でした。その年の初め、私は「Deep Work(邦題:今いる場所で突き抜けろ!)」という本を出していました。その本は、集中することの重要性を説いた宣言書と取扱説明書の中間のようなものでした。その時期、私は集中力を高める方法についてかなり考えていました。そのため、Viveを体験した直後に、バーチャルリアリティによって創造性が高められるのではないかと推測してエッセイを書きました。例えば、SF小説の新章に取り組もうとする時に、宇宙ステーションの静かな部屋にいて、窓の外に銀河系が回転している様子を見られると想像してみてください。「魅惑的なバーチャル空間は、メールの着信やスマホの通知等に煩わされる現実を忘れさせてくれる可能性があります。そして、骨の折れる仕事や作業にも深く集中して取り組めるようになるかもしれません。」と、当時の私は主張していました。私はバーチャルリアリティーを活用して業務に集中するというコンセプトに「没入型シングルタスク」という楽観的な名前を付けました。
当時、私は非常に興奮していましたが、行動の選択肢は限られていました。その学生がデモンストレーションしたシステムは高価で、バーチャルリアリティ用のヘッドセットを強力なコンピューターに接続する必要がありました。また、赤外線センサーを部屋のあちこちに配置して調整しなければならず、セットアップも複雑でした。当時、私は大学の教授でしたが、なったばかりな上に子供を養育していましたので、自由な時間も収入も少なく、バーチャルリアリティーを活用して生産性を高める実験に参加することは現実的な選択肢ではありませんでした。
しかし、技術は進歩していました。昨年5月、私は当誌”The New Yorker”に新しい環境が集中力を高める可能性があるという記事を書きました。ピーター・ベンチレーがニュージャージー州ペニントンの魅力的で機能的な自宅の書斎から逃れて、近くの厨房機器製造工場の屋根裏部屋のような所で『ジョーズ』の執筆に取り組んだことや、マヤ・アンジェロウ(詩人)がホテルの部屋に引きこもって、壁に飾られている絵画などを取り払ったことなどを紹介しました。執筆等に没入するためのそうしたアナログ的な手段を見て、私はデジタルツールを使って同じように生産的な環境を作れる可能性があると思いさまざまな検討をしてきました。少しググってみて分かったのは、私がこのテーマのことを書いてから5年の間に、バーチャルリアリティシステムは大幅に安価になり高性能になったということでした。”Oculus Quest 2”は300ドル以下で購入でき、箱から出してすぐに使える完全に自己完結型のヘッドセットです。また、バーチャルリアリティを仕事に応用しようと考えているのは、私だけではないことも分かりました。Oculusのアプリストアには、生産性を向上させるためのさまざまなアプリが用意されています。価格が手ごろになったことで、「没入型シングルタスク」に可能性があるかどうかを試すことがようやく私にもできる状況になりました。数週間前、私はOculusを購入し、「Immersed」という人気の高い生産性向上アプリをダウンロードし、ヘッドセットを装着して仕事をすることにしました。
immersedアプリを起動すると、いくつか用意されているバーチャルルームの内の1つに移動します。私は試しに、切妻屋根のロッジを選びました。木の梁がむき出しになっていて、四方には木々の茂った丘陵が広がっていました。部屋の中の空間には、ソファと木製のテーブルが置かれています。長方形の炉に向かって、近づくとパチパチと音がしました。このヘッドセットがもたらす没入感には驚かされます。部屋の中は広い視野で3次元で立体的に表現されており、遠近感も現実の世界と同様に感じられます。頭を動かすと、それに合わせて視界がシームレスに変化します。技術的な側面で見ると、立体的でほとんど現実と同様に見えるのは、ヘッドセットおかげです。私がロッジの向こうの丘を見ている時、実際に見ているのは標準的なスマートフォンと同じ大きさの液晶パネルで、目からわずか数センチのところに配置されています。一対のハイブリッドのフレネルレンズ(通常のレンズを同心円状の領域に分割し厚みを減らしたレンズであり、のこぎり状の断面を持つ)は、ディスプレイから入ってくる光線を平行に曲げます。これにより、疲労を軽減し、人間の脳は光が遠くから来たと錯覚します。ヘッドセットの外側に設置させた4つのセンサーは、部屋の様子を常に把握し、私の頭の位置を正確に認識します。その情報が、クアルコム社の強力なチップ(Snapdragon XR2)に供給され、1秒間に映像が72回の割合で切り替わっていて、両目で異なる映像が表示されて、擬似的な立体的な空間が作り出されます。そうした複雑な要素がすべてうまくかみ合わさることによって、自分がオフィスの使い古した椅子に座っていることや、水をやらなければならない鉢植えや書類で散らかった机の横にいることを数分でも忘れさせてくれます。
Immersedアプリの特徴は、自分のパソコンの画面をバーチャル空間に再現できることです。手持型コントローラーを使って、手を伸ばしてパソコンの画面をつかみ、別の場所に移動させたり、好きな大きさに引き伸ばしたりすることができます。今回の私の実験では、私のワープロソフトを開いているノートパソコンの画面を、バーチャル空間上でテーブルの上に大型テレビのサイズに拡大してみました。それで、いよいよ執筆にとりかかる準備が完了となりました。バーチャルではない現実のノートパソコンは自分の椅子の上に持ってきました。ヘッドセットを装着すると、パソコンの画面が目の前に浮かび上がります。私は、バーチャル空間で生産性を改善する第一歩となるこの瞬間を記念するために、何か適切な言葉を添えるべきだと考えました。最終的に「この記事の第一稿を書いていますが、私は天井の高い部屋に座っています。」という一文を書きました。
ヘッドセットを装着していると、キーボードが見えず、指の位置も正しく認識できません。immersedアプリは、こうした問題が起きることを想定しており、巧妙な解決策が提供されています。つまり、ヘッドセットの外向きのセンサーに手指の位置と本物のキーボードの位置を認識させることで、バーチャル空間の中にキーボードと手指が現れるモードが準備されています。しかし、この技術に慣れていない私は、目測を誤ってしまい上手くキーボード操作が出来ず、結局はそのモードは使いませんでした。私が習得できなかった先進的な機能は、バーチャルキーボードだけではありません。immersedアプリは、ディスプレイの設定が非常に柔軟にできます。複数の仮想モニターを作ることができますし、コントローラーを適切に操作することで、各仮想モニターを前面にしたり後面にしたり、拡大縮小したり、傾けたり、回転させたりして、置きたい位置に表示することができます。この操作の為にはコントローラを絶妙に操る必要があるのですが、私はすぐにはその技術を習得できませんでした。結局、メイン画面を適当な位置に押し込むという荒技を使ってばかりでした。
ビジョイと話しながら、私は自分のビジョンを伝えました。Immersedのようなアプリをどのような方向に進化させて欲しいのかを説明しました。そのビジョンは、バーチャルな環境が、作業の種類に応じて異なる空間に分かれているというものです。例えば、最初は快適なカフェのような場所で、複数の大型モニターを使ってメールをチェックしたり、カレンダーを更新したりすることができます。例えば、メイン州ブルックリンのアレンコーブを見下ろすE.B.ホワイト(作家)の質実剛健な書斎や、ノーチラス号のネモ船長の書斎などをバーチャル空間上に再現した空間で、浮いている1枚のモニターに向かって、ひたすら書き続けることができます。その後、例えば、ブレインストーミングが必要になったら、誰もいないMOMA(ニューヨーク近代美術館)のホールを歩き回ったり、ウォルデン池に石を投げ込んだりしながら、モニター類が一切ない状態であれやこれやと思考を巡らせることができます。
しかし、1日中バーチャル空間上で過ごすわけではありません。メールやスラックをチェックしたり、何かに集中したりした後は、ヘッドセットを外して現実世界の会議室で誰かと会ったり、同僚とランチを楽しんだりするかもしれません。私が興味を持っているのは、1人でいる時間帯に出来ることを増やことと、テクノロジーを活用して生産性を高めることです。バーチャルリアリティを活用することで、ノートパソコンのモニターやスマートフォンのディスプレイという限られたスペースに押し込められていた埋もれかけていた多くの情報を、時間的にも空間的にも掘り出して見易くすることができます。そうすることで、私たちはより人間的なリズムを取り戻し、それぞれの作業に適した環境で何事にもじっくりと取り組むことができるのです。埃をかぶった豪華な図書館で過ごすオックスフォード大学の学生や、スタジオで孤独に過ごす芸術家など、知識労働に携わっている一部のエリート層にとっては、そのような創造力が高まるような空間を持つことは既に可能なことで、現実にそうしたことにかなりの費用をかけているようです。バーチャルリアリティは、それと同等の豊かな環境を提供してくれます。ビジョイは私の話を丁寧に聞いてくれました。彼は私のアイデアを高く評価してくれたが、少し複雑すぎると評価しました。そして、「まだ、テクノロジーはそこまで進んでいない。」と言いました。しかし、5年前に比べれば、着実に近づいています。
私がバーチャルリアリティの実験について何人かの知人に話したところ、本能的に違和感を覚えた人もいたようです。そうした人は、おそらく、マーク・ザッカーバーグが、時代遅れのソフトウェアを実行するサイボーグのように機械的でぎこちない
動作をしながら、バーチャルリアリティの「メタバース」の構想を紹介する最近の動画を思い出したのでしょう。その動画では、マーク・ザッカーバーグが、バーチャル空間上のマネキンから着る服を選び、宇宙ステーションにテレポートして、ロボットや不可解にも頭を下にして浮かんでいる人間の友人とトランプをして遊ぶというものです。当然のことながら、その動画の評判はあまり良くありませんでした。メタバースはフェイスブックが運営する邪悪でくだらない”panopticon”(パノプティコン:すべて監視を受ける円形監獄)のようなものですので、そんな中で自由な時間を過ごしたいと思う人は少ないようでした。もちろん、その動画は、バーチャルリアリティーの幻想的な点のみを強調し、アナログ体験を安易に否定するものでした。バーチャルリアリティを推奨する者の中にはそうした物言いをする人も時々いるようですが、それはほんの一部です。
没入型シングルタスクがそのように推測される未来と異なるのは、オフィスの生産性に焦点を当てているからです。現実世界で小さくて見難いモニターや絶え間なく届くメールによって中断を余儀なくされる現在の労働方法は、紛れもなく不自然なものです。私がビジョイに説明したアプリのような体験は、1日に100回メールをチェックすることや、7時間連続でZoomで会議をすることよりも、本当に人工的なものでしょうか?知識労働に関して言えば、私たち人類ははるか昔にデジタルの高野に足を踏み入れてしまいました。足を踏み入れてしまったのですから、役に立つのであれば何でも利用したが良いと思います。
以上
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