新型コロナの次に発生する人獣共通感染症の予測は可能か?無理無理!動物種は無限で、ウイルスは変異し続けるから

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 感染症研究者の間では、スピルオーバー(人銃共通感染症)が発生する可能性が高まっていると認識している者が少なくありません。旅行で移動する者が増えていますし、土地利用の形態も変化していて、世界のさまざまなところで生活習慣が変化していて、それがウイルスが種の壁を越えて拡散するリスクを高めているのです。PREDICTとGVPの創設者であるキャロルは私に言いました、「粒度の細かい調査を積み重ねて多くの洞察を得て、ホットスポットを理解することが重要です。いずれスピルオーバー(人獣共通感染症)を防ぐことが可能になるかもしれません。」と。キャロルによれば、PREDICTのプロジェクトが始まる前は、スピルオーバーの予測が正確にできるか否かということは不明だったそうです。感染症研究者が、スピルオーバーを起こすウイルスを見つけることは可能だったのでしょうか?ゲノムを解析することでウイルスがスピルオーバーを起こす危険度を判定することは可能なのだろうか?人間の行動の影響や、それがスピルオーバーに与える影響を理解することは可能なのだろうか?彼の主張によれば、PREDICTプロジェクトは、”概念実証(proof of concept)”としては成功したそうです。その成功が、Global Virome Projectプロジェクトのような大規模な取り組みに繋がったそうです。

 しかし、スピルオーバー(人獣共通感染症)が発生する前にそのウイルスを特定しようとする取り組みには、多くの課題があります。1つは規模です。PREDICTプロジェクトの第1期の研究では、発見した新種のウイルスは100個ほどでした。キャロルが共著でサイエンス(Science)誌に掲載した2018年の論文では、未知のウイルスは170万個ほどあり、その半分くらいは人に感染する能力をもっていると推定されていました。莫大な費用をかけて、スピルオーバー(人獣共通感染症)を起こしそうなウイルスを予測しようとしても、おそらく人間が直面する脅威のごく一部しか特定できないでしょう。キャロルの研究チームが推定してみたのですが、10年間で10億ドルほどを費やして、数十カ国で既存のウイルスの調査研究施設を活用することで、現時点で未発見のウイルスの約70%を発見することが可能と思われるそうです。キャロルは言いました、「非常に大胆な目標だが、決して実現不可能なものではない。」と。

 ニュージーランドのオタゴ大学の進化生物学者でウイルス学者であるジェマ・ゲーガン(Jemma Geoghegan)は、203種類のヒトウイルスを調査した結果、人間から人間に感染するウイルスの半分にいくつかの共通する特徴があることを発見しました。一般的なウイルスは宿主を殺さず、長期間の感染を引き起こします。そうしたウイルスが動物から人間に感染する際には、蚊等の媒介では無い場合がほとんどです。そうしたウイルスは、非セグメント化(nonsegmented)されたゲノムを有していて、複製を繰り返し易いのです。しかし、多くのウイルスが、そうした条件を満たしていますが、ほとんどはパンデミックを起こすことはありません。また、そうした特性のいくつかは、ウイルスがすでに蔓延してしまった後でしか検知できないものです。キャロルは、ウイルスが新たな宿主となる動物種を見つけ出すべく進化してきた事例が豊富にあることを指摘しています。そのことは、ウイルスが人間に感染すべく進化する能力を示しており、警戒を緩めるべきではないと警鐘を鳴らしています。実際、多くのウイルスが宿主ジャンプ(jump host:ウイルスがそれまで宿主でなかった動物・植物への寄生性を獲得すること)をすることができるようです。さらに、ゲーガンが記していたのですが、進化というのは非常に長い時間軸の中で起こるもので、疫学的な研究の時間スケールでは簡単には測れないものなのです。あるウイルスがある種から別の種に感染できるようになるのに何百万年もかかったのかも知れないのです。ですから、今後数十年の間に、あるウイルスが人間に感染するようになるか否かを推測することはほとんど不可能なのです。

 机上の空論になってしまうかもしれませんが、全てのスピルオーバー(人獣共通感染症)を引き起こすウイルスを予測することは決して不可能ではありません。どこかで野生動物から新種のウイルスを発見し、それを研究室で分析し、それが人間に感染する可能性を判断し、感染する可能性が高い場合には、そのウイルスの感染が拡大する前にワクチンや抗体の有効性のテストを行うことができます。しかし、実際には、研究室でウイルスを調べても、わかることは限られています。ヴァンダービルト大学医療センター小児科感染症部長マーク・デニソン(Mark Denison)が私に言ったのですが、ウイルスを調べて、そのウイルスが人間の細胞に侵入するのに必要なパーツを全て備えているように見えても、実はそれはウイルスの性質の全体像の一部を示しているに過ぎないのです。」と。ウイルスが感染症を引き起こすためには、ウイルスは細胞壁を乗り越え、宿主を殺すことなく、複製を繰り返して発症させなければならないのです。また、ウイルスが感染を広げるためには、動物の細胞面や空気中に留まることのできる十分な安定性も必要です。デニソンが言うには、ウイルスがスピルオーバー(人獣共通感染症)を引き起こすには、非常に高いハードルがあるそうです。それは、とてつもなく高いハードルで、乗り越えられるウイルスは多くないはずだそうです。

 高度な機械学習アルゴリズムを使って、ウイルスに関して収集した膨大なデータの中から隠されたパターンが明らかになることを期待している研究者も少なからずいるようです。グラスゴー大学の研究チームは、昨年発表した論文に記していたのですが、数百種類のウイルスのゲノムを用いて、ウイルスの人間への感染能力を予測するよう人工知能に学習させました。その精度を分析したところ、1.0が完璧であるという尺度でしたが、0.77という高い精度であることが分かりました。これは非常に素晴らしい結果でした。しかし、地球上に調べるべきウイルスが100万以上存在していることを考慮すると、その精度は十分ではないのかもしれません。ちなみにそのアルゴリズムは、ウイルスがパンデミックを引き起こす可能性を予測することはできませんでした。他にもAIを使った分析が為されていて、どの動物種がホストとして新種のウイルスを保有する可能性が高いかということの予測も行われています。それが明らかになれば、該当する動物種の監視を重点的にできるようになります。しかし、いかんせん対象となるウイルスは膨大に存在しています。全てのウイルスを監視することなど夢のまた夢でしかありません。現時点では、ほんの一部のウイルスに関して研究が為されているのみです。

 AIを使っての分析は、膨大なデータがある時に最も効果を発揮します。現在、スピルオーバー(人銃共通感染症)のデータをAIに分析させようとしても、そもそも対象となるような事例やデータはほんの僅かしか存在していません。また、スピルオーバー(人獣共通感染症)の発生は、重症化しない場合を含めても比較的稀です。最近行われた研究があるのですが、中国のコウモリの群れが潜んでいる洞窟から数マイル以内に住んでいる2百人のコロナウイルスに対する抗体を調査しました。調査された者のほとんどが家畜や野生動物と接触した経験がありました。それにもかかわらず、コロナウイルスに対して抗体を持っていたのはたったの6人だけでした。スピルオーバー(人獣共通感染症)を引き起こすウイルスで認識されているのは200種類ほどしかありません。そのうちの半分が、人間と人間の間で感染が広がります。そのほとんどは重篤な症状を引き起こしません。GVPのプロジェクトのような研究が続けられていて、それによって何十万もの新しいウイルスが発見されることが期待されているわけです。しかし、個々のウイルスの特徴を調べ上げるには何十年もかかるでしょう。また、その間に突然変異が起こってデータが全く役に立たなくなる可能性もあります。

 パンデミックは、単に危険な病原体があるだけでは発生しません。パンデミックが発生するには、他にも必須となるものがあります。宿主となる複数の動物種(人間も含む)が存在していて、それらが互いに接触する機会がある環境が必要です。ゲーガンは、犬インフルエンザ(canine influenza、略号はCIV)の例を私に教えてくれました。それは、まさしく適切な状況下でのみ広く感染が広がるウイルスでした。彼女は、論文に記していました、「CIVは明らかに犬の間で感染を流行させるのに必要な遺伝的特徴をすべて備えています。」と。しかし、CIVは、檻の中でしか広がらないのです。檻の外では、犬はそれほど密集することはありません。そのような環境要因によって、感染しやすいウイルスの感染が広まらなかったのです。生物多様性が豊かであると、多くの種が混在して接触する機会も増えるので、スピルオーバー(人獣共通感染症)のリスクが高まると考えられてきました。しかし、さまざまな研究で生物多様性が増すと「希釈効果(dilution effect)」が生まれることが明らかになりつつあります。つまり、多種多様な生物が存在して、それぞれの個体数が少ない場合には、実際には宿主ジャンプの可能性が低くなるのです。さて、異なる動物種間でのウイルス感染に関して私たちが持っている先入観が間違っていたことも明らかになりつつあります。コウモリは確かにウィルスにとって良い宿主のように思えます。しかし、2020年の「米国科学アカデミー紀要」(Proceedings of the National Academy of Sciences)に掲載されたある論文によると、哺乳類と鳥類を調べたところ、スピルオーバー(人獣共通感染症)を引き起こす可能性を分類(目、科、属、種)ごとに比較したところ、いずれの分類群もスピルオーバーを引き起こす可能性が他と比較して突出して高いということはありませんでした。コウモリがスピルオーバー(人獣共通感染症)を引き起こす件数が他の動物種より突出して多いように感じられるのですが、その理由の1つは、コウモリの種の数が非常に多いことにあるようです。コウモリの種は非常にたくさんあるわけですが、いずれも、馬やカンガルーよりもスピルオーバーを引き起こす可能性は低いのです。

 スクリップス研究所(Scripps Research Institute)の感染症研究者であるクリスチャン・アンダーセンは、キャロルやエコヘルス・アライアンス(EcoHealth Alliance)代表のピーター・ダスザック(Peter Daszak)などの主張に疑問を持つ多くの研究者の1人です。アン
デダーセンは私に言いました、「キャロルらは、PREDICTプロジェクトを過大評価しています。PREDICTのようなプロジェクトは、感染症が発生した際の対応を早めることができるかもしれませんが、それを防ぐことはできないのです。」と。彼によると、多くの研究者が10年も前から中国や他の国でコロナウイルスの塩基配列を調べていて、COVID-19のパンデミックが始まる前に、SARS-CoV-2と塩基配列が96.2%一致しているウイルスが見つかっていたそうです。彼は言いました、「もし、キャロルらが主張しているように次のパンデミックを予測し、それを防ぐことができるのであれば、あの時に新型コロナのパンデミックを防げたはずです。あの時にできなかったことは、今後もできないでしょう。」と。現実敵には、スピルオーバー(人獣共通感染症)を引き起こす可能性のあるウイルスを特定できたとしても、スピルオーバーの危険が差し迫っていることを示して人々の行動を変容させて感染を防ぐことは不可能だと思われます。ホットスポットマップを作成しても役に立たないかもしれません。彼は言いました、「ある種のリスクを示すマップを作成することは可能ですが、信頼区間(confidence intervals:信頼区間とは、統計学で母集団の真の値が含まれることが、かなり確信できる数値範囲のこと)の幅が非常に広くなってしまいます。そうなるのは、本質的に感染症のパンデミックは非常に予測するのが難しいことにあります。中国のコウモリの巣窟が懸念されるので調査をしなければばらないのに、突然、メキシコの養豚場を調査しなければならなくなります。」と。メキシコとサウジアラビアは、いずれもエコヘルス・アライアンス(EcoHealth Alliance)が作成したスピルオーバーが発生するリスクを示すために作成したホットスポットマップでは大きなリスクがあるとは示されていませんでした。しかし、実際には、メキシコで豚インフルエンザが、サウジアラビアではMERS(中東呼吸器症候群)の感染が広がりました。