残念 癌の早期発見のための検査は意味が無い!検査の有効性を証明する長期間の臨床試験が行われたことは無い!

9.

 実のところ、今回のような顛末は、ほぼあらゆる斬新で最先端の癌スクリーニング検査には付き物である可能性が高い。検査の方法は変化し、技術は進化するが、根本的にクリアしなければならない事項は依然として残る。それは、どの癌が臨床的に重要になるかを特定すること、リードタイムバイアスやレングスタイムバイアスといった錯誤を乗り越えること、そして最終的には、より多くの癌を検出できるだけでなく、より多くの死亡を予防できることを証明することである。

 癌遺伝学と機械学習の進化が、癌早期発見のベイズ統計を一変させる可能性がある。何世代にもわたり、私たちは悪性腫瘍が多くの家系に蔓延するのを見てきた。大腸癌、子宮癌、乳癌、膵臓癌などである。そのパターンは、完全には理解されていないながら、おなじみのものである。私たちは通常、リスク上昇の兆候となる単一遺伝子変異、つまり、BRCA1 、BRCA2 、MLH1 などを探してきた。しかし、遺伝によるリスクの大部分は、1 つのローグ遺伝子( rogue gene:病気を引き起こす遺伝子 )によってもたらされるわけではない。それは多くの小さな変異の蓄積、つまりリスクをわずかに高める多数の小さな変異のポリフォニー( polyphony:多声音楽)から生じる。今日、ゲノム配列解析と計算モデル( computational modelling )の進歩により、この構造が解明され始めている。高度なアルゴリズムはゲノム全体をスキャンし、何千もの小さな遺伝子変異がどのように相互作用するかをマッピングすることができる。何千もの遺伝子座( genetic loci:染色体上の特定の場所、もしくは特定の遺伝子や遺伝子の関連する領域)に合わせたそのような計算モデルの 1 つは、すでに成人の身長を予測できる。栄養は依然として重要だが、これらの予測の精度は目覚ましい進歩を示している。

 現在、複雑な疾患への脆弱性を予測するため、同様の計算モデルの開発が進められている。複雑な疾患とは、肥満、心臓病、そして増加傾向にある癌などである。乳癌の家族歴を持つ女性は、数十から数百の遺伝子変異を複合的に評価する「ポリジェニックリスクスコア( polygenic risk score:複数の遺伝子の変異を組み合わせて、ある特定の疾患の発症リスクを評価する指標のこと)」を得られるようになっている。近い将来、このような計算モデルによって環境曝露( environmental exposures:生物や個体が、外部環境に存在する様々な物質や要因にさらされること)や偶然性といった要因も考慮に入れ、より動的で個別化されたリスクマップを提供できる可能性がある。

 ランダムに選んだ被験者の集団ではなく、遺伝学的に既に乳癌や大腸癌のポリジェニックリスクスコアが高いと診断されている人々を対象としたスクリーニング検査の臨床試験を設計することを想像してほしい。年齢、過去の診断、曝露といった他のリスク要因も加えて考えてみたい。そのような世界では、スクリーニング検査は普遍的なものではない。高リスクの人々は集中的な監視を受け、低リスクの人々は不必要な検査を免れるかもしれない。高リスクの人々を事前に選別することで、スクリーニング検査の予測力は劇的に向上する。CT スキャンで疑わしい結節やしこりが見つかったり、血液生検で陽性反応が出たりすることは、より意味のあるものになる。シグナル(癌細胞が発する特有のマイクロ RNA )が増加し、ノイズは減少する。ご利益の可能性が高まり、害のリスクは減少する。

 必然的に、この新たなパラダイムには心理的な負担が伴う。ベイズリスク( Bayesian risk:ベイズ推定量を選択する際の平均リスクのこと)はベイズ不安( Bayesian anxiety:不確実性やリスクに直面した際の認知的な状態や意思決定における不安を指す)を引き起こす。多くの患者が自分の癌のリスクをスコア、閾値、確率などからそれとなく把握するが、何度も目にすることになるので、否応なく自身が癌に罹患する可能性が高いと悲観することになる者も少なくない。ある患者は、「実際の病気ではなく、将来起こるであろう病気に包囲されているような感じがする」と表現した。この現象から、「プリバイバー( previvor )」という示唆に富む造語が生まれた。プリバイバーとは、まだ発症していないが遺伝的に癌に罹患しやすい体質を持っていて、発症の可能性に怯えながら生きる人のことである。癌等を乗り越えたサバイバーとは異なり、プリバイバーは健康ではあるが不健康になる可能性を心の片隅で意識しながら過ごさなければならない。彼らの人生は診断ではなく、可能性によって形作られている。癌専門医のデイビッド・スカデン( David Scadden )が指摘しているのだが、癌治療に関連する業務は劇的に拡大するであろう。かつては活動性疾患患者のみを対象としていたこの領域は、まもなくリスクスコアだけで引きずり込まれる何百万人もの人々をも包含することになるであろう。

 早期発見推進派( early-detection advocates )と疫学厳格主義者( epidemiologic rigorists )の間の論争は激しさを増している。フリーセル DNA 分析、バイオマーカー、全身画像診断といった新興技術の支持者は、従来の基準はあまりにも高いハードルを課していると主張する。癌特異死亡率の低下を実証するためのランダム化臨床試験は、数十年かかることもある。高リスク群を対象としたベイズ統計学の臨床試験でさえ、準備に時間がかかって遅れており、追跡調査期間は長期化しそうである。こうした長期の研究の結論が出る頃には、苦労して手に入れた財宝を携えてよろめきながら家路につく中世の疲れ果てた隊商のような状況になることが多い。取り巻く環境がすっかり変化していることに気づくことになる。オフマンが警告したように、最終結果が出る頃には、その技術は既に時代遅れになっている可能性が高い。30 年後にある臨床試験でわずかに肯定的な結果が得られたとしても、もし、より新しくより優れた検査が登場したらどうなるだろうか?

 「すべてのスクリーニング検査には、多かれ少なかれ何らかの害がある。とはいえ、中にはメリットがあるものもある。さらにその中に、妥当なコストでデメリットよりもメリットの方が大きいものもある」と、2008 年にある癌研究機関が記している。この主張は今でも当てはまる。しかし、スクリーニング検査が一度広く導入されてしまうと、たとえその効果がほとんどないと判明しても、全てを廃止することはほぼ不可能であろう。まずスクリーニング検査を提供する医療機関や製薬企業等が大反対する。稼げなくなるからである。心理的な側面から見ると、スクリーニング検査をして進行癌を予防しようという機運が高まっており、これを下火にすることも不可能と思われる。

 一方で、新たな技術が次々と登場している。いずれもがスピードという魅力を持っている。それに伴い、有効性を測る代替指標として緩いものを受け入れてしまう誘惑も生まれる。早期発見、ステージシフト、生存曲線の改善などである。行動を起こさなければならないというプレッシャーは確かに存在する。しかし、エビデンスの基準を緩めてはならないというのは大前提である。イノベーションのスピードに合わせて出来るだけ様々な可能性を探る必要があるが、厳密な基準は守る必要がある。

 シェリーのことを思い出す。彼女は陰性の結果が出た後も何年も卵巣癌の臨床試験に参加し続けた。何度も何度も撮像検査をし、採血し、この研究を信じ続けた。彼女は大きな安堵感を覚えることができた。その安堵感をより大きなことへと繋げた。募金活動、普及活動、生物医学研究への公的支援などである。そして、2020 年に転移性卵巣癌( metastatic ovarian cancer )と診断された。手術と集中的な化学療法を受けたにもかかわらず、2 年後に亡くなった。最初のスクリーニング検査がもっと効果的だったら、彼女は今も生きていただろうか?それは誰にも分からない。しかし、この疑問は消えない。

 2021 年、シェリーは最終学年だったが、私はひどい風邪をひいたことがある。彼女は手作りチキンスープを私のマンションに届けてくれた。些細な行動であるが、とても彼女らしいと思った。彼女はいつも手際が良かった。寛大な心を持ち、頼まれなくても行動できた。そして、それは今でも私の心に残っている。彼女の p 値(注 1 )やハザード比( 注 2 )よりも、彼女の性格や行動が強く記憶に残っている。早期発見という統計的なパズルを解くたびに、彼女のことを思い出す。スクリーニング検査の被験者は抽象的な存在ではない。彼らは人間であり、膨大なデータの中に埋もれた存在ではなく、他者に影響を与える人生を歩んでいるのである。
(注 1 )  p 値( p-value )とは、統計学における仮説検定で、帰無仮説が正しいという前提の下で、得られたデータ以上の極端な結果が得られる確率のこと。(注 2 )ハザード比( hazard ratio )とは、生存分析において、2 つの群間でイベント、例えば、死亡や病気の再発などが発生する相対的な危険度を示す指標。

 もしかしたら、いつか癌の存在を検出するだけでなく、その進行を予測できるツールが開発されるかもしれない。それは、癌のシグナルだけでなく、その意図も読み取る検査である。セルフリー DNA を用いた初期の研究は、この可能性を示唆している。血液検査によって、将来的には癌の発生部位だけでなく、健康に脅威を与える可能性もわかるようになるかもしれない。現時点では、それが実現するのを期待して待つしかない。希望が現実を上回っている状態で、完璧なスクリーニング検査という聖杯はまだ手の届かない領域にある。♦

以上