残念 癌の早期発見のための検査は意味が無い!検査の有効性を証明する長期間の臨床試験が行われたことは無い!

3.

 トーマス・ベイズ( Thomas Bayes )は医師ではない。18 世紀初頭に生まれ、長老派教会( Presbyterian )の聖職者であり、副業的に形式論理学( formal logic )の研究もしていた。確実性が渇望されていた時代の不確実性の解釈者であった。ベイズを描いたと言われている肖像画の 1 つ(肖像画の人物が誤認されている可能性もある)で、彼はウォール街風の髪型をした、自信に満ちた大男として描かれている。さながら聖職者コートを着たアレック・ボールドウィン( Alec Baldwin )といったいで立ちである。彼は生前に論文を発表している。と言っても、わずか 2 本のみである。1 本は神の慈悲深さ( God’s benevolence )を擁護するもの、もう 1 本はニュートンの微積分学( Newton’s calculus )を擁護するものである。彼の貢献は死後も続いた。とりわけ英王立協会( Royal Society )に提出された条件付き確率( conditional probability )に関する論文の影響は大きい。その論文は、今でも私たちが情報を評価する方法に影響を与えている。

 60 代のヘビースモーカー 1,000 人の集団を想像してほしい。そのうちの 1 人が肺癌を患っている。この 1,000 分の 1 という確率は、ベイズ主義者( Bayesians:ベイズの定理を統計学や確率論における基本的な考え方として採用する人々)が事前確率( prior probability )と呼ぶもので、ここでは肺癌に罹患している確率である。では、肺癌に罹患している場合に  99% の確率で正しく検出する検査を使うと仮定する。これが検査の感度( sensitivity )である。また、癌が存在しない場合にも 99% の確率で正しく陰性の結果を出す検査があるとする。これが検査の特異度( specificity )である。

 では、その集団内の誰かが陽性反応を示した場合、それは何を意味するのだろうか。その人が実際に癌に罹患している可能性はどれくらいだろうか。ベイズ計算( Bayesian arithmetic )は驚くべき答えを導き出す。検査は実際に癌に罹患している者( 1 人)を特定すると期待されるわけだが、同時に約 10 人の癌ではない人にも誤ってフラグを立てることになる。つまり、陽性反応が約 11 人に出るものの、本当はそのうちの 1 人だけが陽性である。つまり、陽性反応を示した人が癌に罹患している確率は 9% 強である。言い換えれば、11 人が生検などの経過観察検査( follow-up procedures )を受けることになる。そしてその内の 10 人は、肺の穿刺、出血、その他の合併症を伴う可能性のあるリスクの高い侵襲的な処置を受けることになるわけだが、彼らにはメリットは全く無い。

 つまり、干し草の山から針を見つけようとすれば、どんなに高性能な探知機を使っても、ほとんどは干し草しか見つからないということである。干し草の山で、付近に何千本もの針が散らばっているような場所を選べば、干し草よりも針が多く見つかるであろう。事後確率( posterior probability:ここでは針を見つける確率)は、事前確率( prior probability:ここではそもそもそこに何本の針があったか)に依存する。

 ベイズ統計学は、ベイズの定理に基づいて、事前情報を利用して事象の確率を推定する統計学である。そこでは知識は常に暫定的なものである。新たな証拠に照らし合わせて確率の推定値を更新するプロセスが特徴的である。乳癌が多い家系に育った 58歳 の乳癌サバイバーの場合、原発巣( original site:癌がが最初に発生した場所のこと)の近くに新たなしこりが見つかった場合、再発の兆候である可能性が高く、外科的処置が正当化される。関連する病歴のない 20 歳の患者の場合には、同じ兆候が見られたとしても良性である可能性が高い。経過観察で十分であると推定される。

 これらの原則を無視するとどうなるか。それは悲惨なものである。ある推計によると、2021 年だけでアメリカは癌検診に 400 億ドル以上を費やしている。年間平均で 900 万件の検診で陽性反応が出る。その内の 880 万件は偽陽性である。何百万人もの人々が再度スキャン検査や生検を受け、不安に耐える。最終的に真陽性となるのは 20 万件強だけである。その中のごく一部の者だけが切除( excision )など局所的処置で治癒する。残りはノイズが陽性のシグナルと誤認されたものである。良かれと思ってする検査なのだが、害ばかりである。