5.
重要なのは、癌検診が効果がないということではない。癌検診の効果を示す事例はいくらでもある。2022 年にニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン誌( The New England Journal of Medicine )は、ポーランド、ノルウェー、スウェーデンで 84,585 人を対象とした画期的な大腸内視鏡検査( colonoscopy trial )の臨床試験結果を発表した。10 年以上経過した時点で、大腸内視鏡検査を受けた人の大腸癌関連死亡率は推定 50% 減少したことがデータから示された。400 回から 500 回の大腸内視鏡検査ごとに、大腸癌の発症が 1 例予防されたことになる。実際に効果が確かにあったわけだが、これを実証するためには何年もの骨の折れる研究が必要であった。
癌検診の有効性は、癌の種類によって大きく異なる。卵巣癌の例を出したい。この癌は、腹部全体に広がるまで発見されないことが多い。1993 年、とある大規模研究チームが毎年の超音波検査( ultrasounds tests )と血液検査( blood tests )が死亡率を低下させるかどうかを検証する大規模な臨床試験を開始した。その規模は驚異的で、7 万 8 千人以上の女性が参加した。その半数に無作為に両検査が割り付けられた。被験者は 4 年間の経膣超音波検査( transvaginal ultrasounds )と 6 年間の定期的な採血を続けた。その後、10 年以上にわたってモニタリングが続けられた。これは、将来の患者を救うという切実な願いを持って何万人もの人々が不快感と不安に耐えた、大規模な慈悲的な行為である。
そのうちの 1 人は、私の知り合いのシェリー( Sherry )という女性である。彼女は頭の回転が速くてユーモアがあり、存在感に溢れ、何もしなくても部屋を明るくしてくれるような人物だった。企業経営者でもあったが、心優しい上に機転も利き、新しいプロジェクトや従業員が行き詰った際にも、常に活動的に手を差し伸べていた。陰性の結果が出た時はホッとしていた。それでも彼女は検査を受け続けた。何年も何年も、不快な超音波検査、採血、待合室での不気味な静寂に耐えた。彼女はこの臨床試験の成功に貢献したいと願っていたのである。
そして、何が分かったのか?検査を受けた人のうち、3,285 人が偽陽性であった。1,000 人以上が不必要な施術を受けた。163 人が出血( bleeding )、感染症( infection )、腸損傷( bowel injury )といった深刻な合併症を経験した。しかし、18 年後も死亡率に差は見られなかった。さらに 3~6 年間の追跡調査を行ったが、結果は変わらなかった。
「癌との戦い( war on cancer )」という言葉がよく使われるが、その戦いにおける犠牲者を誰も考慮していない。これはまさに戦いの物語であるが、勝利なき戦いでもある。この戦いの貴重な遺産もある。効果的な癌検診がなぜいまだにこれほどまでに困難であるかということを説明するのに役立っている、セルフリー DNA ( cell-free DNA )、いわゆる液体生検( liquid biopsies )の有望性がなぜこれほどまでに魅力的なのかを説明するのにも役立っている。もし癌が、画像診断や侵襲的検査ではなく、血液中の分子の痕跡によって発見できたらどうなるか?癌の存在を検出するだけでなく、悪性か良性かを予見できたらどうなるか?もしかしたら、多くの命を犠牲にすることなく命を救う検査を開発できるかもしれない。