残念 癌の早期発見のための検査は意味が無い!検査の有効性を証明する長期間の臨床試験が行われたことは無い!

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 2016 年、グレイル( Grail )というスタートアップ企業がまさにその目標を掲げた。社名自体が癌検出の聖杯( holy grail )を暗示しているわけで、同社の使命感の強さと、この難題に取り組む際の決意が現れているようである。カリフォルニア州メンロパーク( Menlo Park )に本社を置き、著名な製薬企業の支援を受けたグレイルlは、セルフリー DNA 分析に基づく複数癌早期検出検査( multi-cancer early detection test )と名付けた検査の開発に着手した。

 そのアプローチは独創的である。血流中を循環する DNA 断片(マンデルとメテが 70 年前に初めて発見したものと同じ断片)を抽出し、その配列を解析することによって癌を示唆する遺伝子発現制御( regulation of gene expression )の異常を特定する。DNA 内の化学修飾( chemical modifications )に適応した機械学習アルゴリズム( machine-learning algorithms )、グレイルが癌シグナル( cancer signal )と呼ぶものを検知し、その起源を解読して、体内のどこで発生したかを特定する。これは厳格で骨の折れる作業である。

 グレイルの社長、ジョシュア・オフマン( Joshua Ofman )に、同社の野心的な目標について尋ねた。彼によれば、現在、ガイドラインによってスクリーニング検査が推奨されているのは、5 種類の癌のみだという。乳癌( breast cancer )、子宮頸癌( cervica cancer )、前立腺癌( prostate cancer )、大腸癌( colorectal cancer )、そして喫煙者の場合は肺癌( lung cancer )が追加される。なお、前立腺癌のスクリーニング検査の効果ついてはあまり効果がないという指摘も少なくない。「 1 度に 1 つの癌だけを検査するという現在のアプローチでは、アメリカで発生する癌のわずか 14% しか検出できない。非常に悲惨な数字であると言わざるを得ない」とオフマンは語る。「この現状は受け入れられない。私たちはどの癌になるかを選ぶことはできないし、1 度に 1 つの癌だけを検出するだけでは、癌による死亡者の 80% 以上に対処することはできない。単一の癌のスクリーニング検査を増やすことは現実的ではない。それぞれの検査は偽陽性率が高く、医療制度を圧迫してしまうからである」。

 グレイルのスクリーニング検査は、50 種類以上の癌を特定できる。2016 年 8 月から 2019 年 2 月にかけて、グレイルは、後にガレリ検査( the Galleri test )と名付けられたこの検査の性能を評価するため、画期的な研究を開始した。その規模は驚異的で、アメリカの一流医療機関を含む 140 以上の施設で 1 万 5 千人以上が被験者に登録された。この研究は、綿密に構成されている。各々の検査の有効性をより明確にすることを目的とした数々の研究も準備されている。5 年間のデータ収集と分析を経て 2021 年までにすべての結果が発表された。

 一見すると、この研究の論文は医学会の大傑作のように思えた。医学( medicine )、数学( mathematics )、生化学( biochemistry )、計算生物学( computational biology )、機械学習( machine learning )が見事に融合したかのようである。2021 年のある蒸し暑い夜、新型コロナパンデミックが猛威を振るう中、私はこの論文を熟読した。コーヒーを片手に、表と文章がぎっしり詰まった 50 ページにも及ぶ論文を、夜遅くまで読みふけった記憶がある。

 特にサブ研究 3 が際立っていた。4,077 人の被験者のうち、2,823 人が既知の癌に罹患し、1,254 人が癌ではないことが確認された。グレイルの検査では、癌症例のうち 1,453 件で悪性腫瘍が特定され、1,370 件では見逃された。全体的な感度( over-all sensitivity:実際に癌が存在する場合に癌を検出する能力)は 51.5% であった。数十種類の癌に対して 1 回の採血検査をしただけであったので、これは驚くべき結果である。既存の検査手法でこれに匹敵するものはない。最も印象的なのは、この検査の癌検出能力の高さである。長い間スクリーニング検査で検出不可能と考えられていた悪性腫瘍、つまり膵臓癌( pancreatic cancer )、卵巣癌( ovarianpancreatic cancer )、その他各種検査で見つけられなかった癌を検出できた。一方、癌のない 1,254人 の被験者のうち、偽陽性( false positives )となったのはわずか 6 人で、約 0.5% という驚くほど低い率であった。