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同社の公開する内容は楽観的なものばかりであった。それも当然のことである。同社の研究者は誰もが自信に満ち溢れていた。同社に投資した者たちは歓喜し、患者たちは希望を抱いた。ついに、液体生検( liquid biopsy )の名にふさわしい検査手法が確立されたと確信する者も少なくなかった。ほんの少し採取した血液から複数の癌を検出できる検査は前途洋々に見えた。。
しかし、データをさらに深く読み進めると、厳しい数字が浮かび上がってきた。あらゆるスクリーニング検査の基準であるステージ I の癌に対する感度は、わずか 16% 強だった。早期発見こそが重要なのに、この数字なのか?局所的で進行期の手術可能な早期癌は、検出されるほどのシグナルを発しないので、見逃されることが多々ある。癌が進行するにつれて検査の精度は向上するが、これは当然のことである。進行した腫瘍はより多くの DNA を放出するからである。しかし、治療の有効性は低くなる。
癌の種類によって状況は大きく異なった。ステージ I の膵臓癌と卵巣癌では、感度はそれぞれ 50% と 60% に達した。これは、最も発見が難しい悪性腫瘍 2 つに対する数字としては、心強いものである。一方、早期の食道癌と肺癌では、感度は 12% と 21% に低下し、臨床的有用性( clinical utility )が著しく制限されるレベルである。
それでも、ある種の早期癌、特に卵巣癌と膵臓癌が発見できることに、胸が高鳴る。早期癌は、より多くの選択肢、より多くの時間、そしてより多くの希望を与えてくれる。治癒の可能性も高くなる。経済的にも人的資源的にも、メリットが大きい。早期癌は進行癌よりも治療費がはるかに安価である。手術はより大規模ではなく、化学療法もより苦痛が少ない。患者はより多くの活力と尊厳を保ち、より平凡な生活を送ることができる。
読み終える頃には、私は慎重ながらも楽観的になっていた。スクリーニング検査において重要な指標の 1 つは、その陽性的中率( positive predictive value:略号 PPV )である。これは、陽性の結果が本当に病気の兆候である確率を表す。グレイルの検査では、全体的な PPV は約 45% だった。つまり、陽性と判定された場合、実際に癌に罹患している確率は 50% をわずかに下回るということである。既存のスクリーニング検査の多くは、より低い的中率を示しており、グレイルのアプローチが引き起こすと思われるよりも多くの不必要な介入を引き起こすことが多い。
2021 年にグレイルが追加で結果を発表した後、ガレリ検査の一般公開を開始した。間もなく、グレイルのウェブサイトでは、ジムのオーナーのリッチ( Rich )という人物のストーリーが紹介された。 70 代くらいの男性で落ち着いた雰囲気を醸し出している。洗練された動画の中で、リッチは検査で血液中に癌の兆候が検出された経緯を語っている。彼は腫瘍専門医( oncologist )を受診し、すでにリンパ節に転移している癌が見つかったことを知った。「安心した。とにかく早期発見できたことに安堵した」と彼は胸に手を当てながら言う。「ステージ III だが、あと 6 カ月から 1 年は気づかなかっただろうし、そうなったら手遅れだった」。
感動的な物語である。しかしながら、よくよく考えてみると、このストーリーを臨床医学の側面から見ると、矛盾を感じずにはいられなかった。これは、転移する前に小さな腫瘍を摘出するという、従来の意味での早期発見ではなかった。リッチの癌はすでにリンパ系( lymphatic system )を侵していた。もしこれがスクリーニング検査の勝利だとしたら、それは限定的な勝利だった。勝利というよりは、つかの間の猶予のようなものでしかなかった。
2 年前にグレイルはランセット誌に別の研究結果を発表した。この研究では、この検査の有効性についてより詳細な分析が示された。2019 年後半から 2020 年にかけて、同社の研究チームは 6,600 人以上の被験者を登録し、各被験者から血液を採取して分子生物学的な解析を行った。この研究はランダム化( randomized )されておらず、日常の医療現場での検査の実態を模倣するように設計されている。
以前の臨床試験と同様に、血漿からセルフリー DNA の断片を抽出し、その配列を解析する。機械学習アルゴリズム( machine-learning algorithms )は、細胞内の雑音の中からささやくような信号を探し出す。92 人の被験者から信号が検出された。理論上、その信号 1 つ 1 つが、命を救う、あるいは延命させる可能性がある。
各種画像診断、生検、そしてあらゆる診断法を用いた追跡検査の結果、36 件の癌が確認された。このうち 29 件は新たに診断された癌で、7 件は以前治療した癌の再発であった。真の希望を抱かせたのは、新たに診断された癌のうち 14 件(約半数)が早期段階(ステージ I または II )で、治癒の可能性があるという点である。さらに、この検査では、標準的なスクリーニング検査では検知できない悪性腫瘍も特定できた。小腸癌、膵臓癌、そしてまれな骨癌の一種である紡錘細胞腫瘍( spindle-cell neoplasm )である。いずれも、外科的切除がまだ可能な段階で発見された。通常、これらの癌は、広範囲に転移して初めてその存在が判明するものである。
しかし、ランセット誌に掲載された論説の中で、医師のリチャード・リー( Richard Lee )と疫学者のヒラリー・ロビンズ( Hilary Robbins )は、この検査の全体的な感度は「やや期待外れ( somewhat underwhelming )」であると指摘する。彼らは、従来の検査方法でも同程度の数の癌が発見されていると指摘する。彼らは、ガレリ検査が「標準的なスクリーニング検査に取って代わることはおそらくないだろう」と結論付ける。既存の検査方法に追加する前に費用対効果を分析するよう、慎重な姿勢を促した。
また、彼らは、他に 1 つ重要な点を指摘している。14 の早期癌のうち、新たに診断された固形腫瘍( solid tumors:根治手術で切除できる可能性のある悪性腫瘍)はわずか 6 つである。残りの 8 つは液性腫瘍( liquid tumors )である。白血病( leukemias )や骨髄腫( myelomas )などで、容易に封じ込めたり切除したりできないびまん性疾患( diffuse diseases )である。2 名が論説の中で指摘しているのだが、「この結果は、この検査の広範囲に癌死亡率を低下させる能力に関して重要な疑問を投げかける」ものである。
いろいろと制約はあるものの、グレイルは大きなハードルを 1 つ乗り越えた。一見健康そうに見える被験者の癌を、他の検査では見逃されていたかもしれない癌を特定したのである。しかし、重大な疑問も残っている。初期の肝腫瘍、あるいは膵臓病変は、介入がなければ致命的だっただろうか?もしこのような癌がこれほど早期に発見されるなら、その自然経過を記録できるかもしれない。中には潜伏状態のまま、あるいは退縮さえしていた癌もあったのだろうか?それとも、全てが転移する運命だったのだろうか?
事実を明らかにする方法はただ 1 つである。適切なランダム化試験において、グレイルが癌特異死亡率を低下させることを示す必要がある。これは、これまで多くの有望なスクリーニング検査技術がクリアできなかった、つかみどころのないゴールドスタンダードである。
対応すべき課題が膨大にあるし、多数の被験者を登録して何年も追跡調査を行う必要がある。アメリカのように医療制度が分断された国では、このような研究は採算ベースで考えると旨味は少ない。長い期間かかる上、結果に不確実性が伴うわけで、多くの投資家が尻込みする。しかし、現状では近道はない。