ゲノム編集技術(CRISPR)の進化!CRISPRを駆使して遺伝子ドライブを起こして絶滅危惧種を救う!

2.CRISPRを利用してオオヒキガエルの駆除を試みるオーストラリア

 オーストラリアの疾病対策センターはジーロング市にあります。世界で最も先進的で、気密性が最も高い研究所の1つです。そこには2つの門があり、2つめの門はトラックで突っ込むテロにも耐えられます。コンクリートの壁は非常に厚く、飛行機が激突しても問題ありません。施設にはドアが520箇所にありますが、全てのドアが菌が漏れ出ない構造になっています。つい最近までは、この施設はオーストラリア動物衛生研究所として有名でした。BSL(バイオセキュリティーレベル)は最高の4(BSL-4)でした。地球上で最も危険な動物媒介病原体がいくつも小瓶に入れて保管されていました。エボラ菌もありました。BSL-4の施設で働くスタッフは、研究室内では自前の服を着用することは出来ません。家に帰る前に少なくとも3分間シャワーを浴びる必要がありました。スタッフと違って、施設にいた動物たちは生きてそこから出ることは出来ませんでした。亡くなった後に施設内で焼かれた後、遺灰だけが外に出されました。

 今から1年ほど前、コロナのパンデミックが始まる少し前ですが、私は疾病対策センターを訪れました。メルボルンから1時間ほど掛かりました。オオヒキガエルの実験について取材するためでした。オオヒキガエルがオーストラリアに導入されたのは、害虫駆除が目的でした。しかし、導入後すぐに制御不能な程に繁殖し、生態系に大きな影響を及ぼしました。疾病対策センターの複数の研究者が、CRISPRを使ってオオヒキガエルを完全に駆除するための研究をしています。

 その実験を主導していたのはマーク・ティザードでした。分子生物学者でした。私は施設内に入ることを許されました。ティザードは、痩せて、白髪で、青い眼の男性でした。この施設は世界各国から研究者を受け入れています。彼はイギリス出身でした。彼は両生類を専門とする前は、主に家禽類を研究していました。彼は、数年前、この施設で、何人かの同僚と共同でクラゲの遺伝子を鶏に注入する実験を行いました。その際に注入した遺伝子は、私がオーディン社から買おうとしていたキットに入っているクラゲのものと類似のもので、発光に関連するものでした。実験によって、鶏がその遺伝子を持つと、紫外線下ではうっすらと光を放ちました。次に、発光に関連する遺伝子を注入しても、オスだけがその遺伝子を受け継ぐ方法を考案しました。その実験により生まれた雌鶏の産む卵は、ひよこが卵の殻から出てくる前に性別が判別できました。

 ティザードは、非常に多くの研究者が遺伝子組み換えによって生み出される生命体の研究をしていることを知っています。研究者の多くは、そうして生み出された生命体を食すことを忌み嫌っています。また、それらを自然界に放すのはとんでもないことだと考えています。ティザードはオーディン社のザイナーと同じですが、そういった考え方が正しいとは思っていません。ティザードは言いました、「緑色に光る鶏が生み出されて、飼われています。それで、小学校の児童たちが見に来て、”鶏が緑色だよ。あれを食べると俺たちも緑になるんかな?” と言ったんです。それで、私は、”君たちはすでに鶏を食っているよね。だけど、羽が生えたり嘴が出来ることなんて無いだろ?”と言ってやったんです。」と。

 とにかく、ティザードによれば、自然界では自然と遺伝子の組み換えが起こるので、人の手による遺伝子組み換えだけを懸念しても意味はないとのことです。彼は言います、「オーストラリアの自然環境を診てもらえばわかります。ユーカリの木、コアラ、ワライカワセミなど、オーストラリアの固有種は沢山あります。でも私たち分子生物学者から見ると、1種類しかないように見えるユーカリの木は、いくつもの種類があります。ゲノムの形が何種類もあるのです。コアラもワライカワセミも同様です。ゲノムの形がいろいろあるのは、自然界では全ての生命体のゲノムが相互作用し合って組み換えが自然と起こるからです。人工的なオオヒキガエルのゲノムを自然界に放すとどうなるでしょうか。自然界の全ての生命体と相互作用しあうので、元の環境とは大きく変わってしまうでしょう。でも、オオヒキガエルの影響を受ける前の環境というのは、移入された外来種と固有種のゲノムの相互作用が起きて変わってしまった環境なのです。それに比べたら、人工的なオオヒキガエルの影響はいたって小さなものでしかありません。」と。外来種による環境被害の際には、今まで居なかった生物のゲノム全てが相互作用を引き起こします。でも、人工的な遺伝子組み換えによる生命体では、自然界に存在していないのは微小なDNA数個のみです。

 「私たちがやっていることは、オオキギカエルの2,000個の遺伝子の内の10個ほどを注入するということです。オオヒキガエルは外来種ですから、2,000個の遺伝子は元々ここには無かったものです。注入される10個ほどの遺伝子は残りの2,000個弱の遺伝子を攻撃するようになっているので、オオヒキガエルは減って、生態系のバランスが回復されます。分子生物学者は神ではありませんから、生命体を生み出すべきではありません。すべきことは、より深く遺伝子の研究を続け、かつて生態系を破壊したことを反省し、生態系のバランスを守ることです。」と、ティザードは言いました。