4.遺伝子ドライブ
小学校の授業で遺伝子についてを学びます。そんなに多くのことを学ぶわけではありませんが、遺伝は確率に支配されているということは学びます。例えば、ある人(あるオオヒキガエル)が母親から特定の遺伝子(Aと呼ぶ)を受け継いだとすると、同時に父親からライバルとなる遺伝子(A1と呼ぶ)を受け継いでいます。その人の子供は必ずAかA1のいずれかを引き継ぎます。こういうことが代々続いていきます。AかA1のどちらを引き継ぐかというのは、純粋に確率の法則に従います。
小学校で習う他のことでも同じですが、そのような遺伝子に関する説明には、部分的に正しくないことが含まれていました。遺伝が受け継がれる際には、ほとんどの遺伝子は確率の法則に従うのですが、実はそうではない遺伝子も存在しています。確率の法則に反する遺伝子は、遺伝子を引き継ぐ際に、自らに有利な形で、さまざまな方法で引き継ぎます。ある遺伝子は、ライバルとなる遺伝子が複製されるのを妨げます。また、別の遺伝子は、自分自身のコピーをいくつも作ることによって、次代に引き継がれる可能性を高めます。さらに、別の遺伝子は、卵子や精子で減数分裂が行われる際のプロセスで不正を行います。そのようにして確率の法則に反して、特定の遺伝子が受け継がれる確率が高くなる現象を「遺伝子ドライブ」と呼びます。遺伝子ドライブを起こす遺伝子は、肉体的な利点をもたらすものもあれば、全く利点をもたらさないものもありますが、とにかく、2分の1より高い確率で受け継がれていきます。中には90パーセント以上の確率で受け継がれる遺伝子もあります。遺伝子ドライブは、沢山の生命体で見られます。蚊やコクゾウムシやタビネズミ等でも見られます。もっと研究が進めば、他の多くの生命体でも発見されると推測されます。しかしながら、最も遺伝子ドライブが上手く為された事例を検出するのは難しいでしょう。というのは、もしそんな遺伝子が有ったとしたら、既にライバルとなる遺伝子が駆逐されてしまっているからです。
1960年代以降、遺伝子ドライブを人為的に起こすことは多くの生物学者の夢でした。CRISPRのおかげでその夢が実現しました。細菌の内部では、CRISPRは免疫システムのような機能を果たします。CRISPRを使うことで、ウイルスから切り取ったDNAの断片を細菌のゲノムの中に取り込むことができます。ウイルスのDNAの断片を取り込んだ細菌は、DNAを認識して覚えるようになるので、潜在的な脅威となるウイルスを認識できるようになります。次に、その細菌からは微細でナイフのような機能を果たすCas酵素が放出されます。その酵素は攻撃対象となるウイルスのDNAの急所を切り刻むことにより、無力化させます。
多くの遺伝子工学者は、CRISPR-Casシステムを駆使して、DNA配列を思いのままに切り取ることが出来ます。また、切り取ったDNA配列を、他の遺伝子の中に存在していたDNA配列の代わりに移入する方法も確立され洗練されてきました。(私がオーディン社のキットを使った時には、大腸菌の遺伝子の中のアデニンをシトシンに置き換えていました)。また、CRISPR-Casシステムは、DNAの中のコードを編集することも可能であるので、遺伝子ドライブを起こす為に活用できるかもしれません。CRISPR-Casにより遺伝子を生命体に注入して、その遺伝子が生命体の中で自らの遺伝子情報を再書換えするようにすることも研究されています。
2015年、ハーバード大学の研究チームが、そうした実験に成功したと発表しました。移入した遺伝子に自らコードを再書換えさせる技術を使って、イースト菌で人為的に遺伝子ドライブを起こすことに成功したのです(クリーム色と赤色の2種のイースト菌をともに増殖させた後、何世代も繁殖を繰り返す内に、全てが赤色になりました)。その3カ月後、カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究チームからの発表がありました。同じ技術を使って、ミバエで人為的な遺伝子ドライブを起こすことに成功していました(ミバエは通常は茶色をしています。体色を白変化させる遺伝子が優勢となる遺伝子ドライブを起こさせたことにより、産み出されたミバエは全て黄色でした)。その7か月後、カリフォルニア大学サンディエゴ校のその研究チームは、カリフォルニア大学アーバイン校の研究チームとの共同研究において、マラリアを媒介するハマダラカで遺伝子ドライブを起こすことに成功したと発表しました。
CRISPR技術によって、生命をつかさどる特定のDNAを再書換えすることが出来るとしたら、人為的遺伝子ドライブは飛躍的な進歩を遂げるでしょう。もし、カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究チームが生み出したが黄色いミバエが外に放出されたらどうなるでしょう。おそらく、すぐに交尾すべくミバエを見つけて、キャンパス内のゴミ箱の周りに群がって、黄色いミバエが産まれるでしょう。それが生き残って、交尾相手を首尾よく見つけて、黄色い子孫のみを残すでしょう。体色が黄色くなるという特質は、そうして代々引き継がれるでしょう。サンディエゴ校があるセコイアが茂っている辺りから、メキシコ湾岸まで黄色いミバエが勢力を拡大し続けるでしょう。最終的には、そのエリアの全てのミバエが黄色になるでしょう。
CRISPRを使えば、ミバエの体色を意図的に変えてしまうことが可能なわけですが、実は、これはミバエに限ったことでも、体色という特質だけに限ったことでもないのです。原則的には、全ての動物、植物で、全ての特質について、遺伝子を編集することで人為的に特定の特質が支配的に受け継がれるようにすることが可能です。遺伝子が自らを改変する方法と、他の生命体の遺伝子からDNAを切り取ってきて移入する方法があります。例えば、遺伝子ドライブを起こさせて、毒を作る遺伝子の機能が不全なオオヒキガエルを拡散させることも不可能ではありません。また、将来、遺伝子ドライブを利用して、暑さに耐性のある遺伝子が子孫に支配的に受け継がれるようにすれば、地球が温暖化しても生き残れるサンゴを拡散させることが出来るかもしれません。
人為的遺伝子ドライブの世界では、人為的と自然の境界、実験室と外界との境界は、すでにあやふやなものになっています。進化に影響を与えているのは、人為的なものだけではありません。ただ、人為的な遺伝子ドライブは、自然に起こる遺伝子ドライブとは異なっていて、好ましい結果が出るよう意図をもって為されます。