ゲノム編集技術(CRISPR)の進化!CRISPRを駆使して遺伝子ドライブを起こして絶滅危惧種を救う!

6.遺伝子ドライブのメリット

 しばしば、人類は人新世に住んでいると言われることがあります。人新世とは人類が地球の地質や生態系に重大な影響を与ているとされる想定上の地質時代のことです。その新しい時代の特徴の1つは、人間の活動に伴って、げっ歯類の繁殖エリアも拡がったということです。人間が定住した場所だけでなく、人間が通り過ぎただけの場所でさえ、マウスとネズミは付き纏い、繁殖しました。

 ナンヨウネズミの生息域は、かつては東南アジアに限定されていました。約3000年前から始まりましたが、ポリネシア人が船で移動するのに伴って、太平洋のほぼすべての島にナンヨウネズミは運ばれました。それによって、約1,000種の鳥が次々と絶滅していったと推測されます。その後、ヨーロッパからの沢山の人たちが入植者する際に、それらの島々にクマネズミが侵入しました。クマネズミの影響によって絶滅する動物が沢山ありました。現在も影響は拡大し続けています。ニュージーランドのビッグサウスケープ島の場合は、1960年代にクマネズミが侵入し、現地の環境保護団体等が繁殖を食い止めるべく奮戦していました。しかし、かなり奮戦したのですが、結局このところ、島の固有種は3つ絶滅しました。コウモリ1種と鳥類2種でした。

 ハツカネズミの原産地はインド亜大陸です。今では熱帯から北極や南極の近くまで分布しています。ネズミの研究が専門の生物学者リー・シルバーによると、ネズミはどこの土地でも順応出来ます。ネズミ以外でそこまで順応力が高いのは人間だけです。ハツカネズミは、体は小さいですが、自然環境下では他の大型のネズミ同様に非常に狂暴です、他の動物を駆逐することがあります。アフリカ大陸と南アメリカ大陸のほぼ真ん中に位置するゴフ島は、世界で最後のトリスタンアホウドリの生息地です。現在の個体数は2,000羽ほどです。そこに設置した監視カメラが記録していたは、狂暴なハツカネズミの群れがアホウドリの幼鳥を攻撃して、飲み込んでいるところでした。カナダの生物学者で環境保護活動家のアレックス・ボンドは著書に記していました、「ゴフ島で働くということは、ほとんどアホウドリ用の野戦病院に務めることと同義です。」と

 過去数十年の間、げっ歯類の侵入に対する対策はブロディファクム(内出血を誘発する殺鼠剤)しかありませんでした。ブロディファクムは餌に練り込まれ、給餌器か手でばら撒いたり、ヘリコプターからばら撒かれました。そうした方法で、何百もの無人島で、げっ歯類の根絶に成功しました。それによって、多くの絶滅の危機に瀕していた動物種の個体数が増えました。個体数が増えたのは、ニュージーランドのキャンベル島だけに生息する緑色で小さな飛べない鴨や、灰色でトカゲを捕食するアンティグアムチヘビなどです。

 ブロディファクムを摂取したげっ歯類は、内出血を起こして死にます。即効性は無いので、苦しみながら、時間をかけて死んでいきます。もし死ぬのが人間だったら、倫理的でないとして問題になるでしょう。しかし、生態学者は別のことを懸念しています。それは、駆除対象のげっ歯類以外の動物がブロディファクムを摂取してしまうということです。また、それを摂取したげっ歯類を捕食する動物もいるでしょう。それで、あちこちで食物連鎖を介して蓄積されるかもしれません。たまたまその毒を摂取しても生き残るようなげっ歯類のメスが現れた場合、そのメスが妊娠出来たとしたら、その島ではそのげっ歯類の個体数はあっという間に回復するでしょう。

 対照的ですが、遺伝子ドライブを引き起こすマウスを使って種を絶滅させる方法では、そうした問題は発生しません。絶滅させたい種だけに影響を及ぼします。動物たちが内出血で苦しみながら死ぬこともありません。今後、無人島のげっ歯類根絶では、遺伝子ドライブを引き起こす個体を放つ方法が主流になっていくでしょう。これまでの空中から殺鼠剤をばら撒く方法に反対する人も、新しい方法に反対しないでしょう。

 しかし、1つの問題が片付くと、また別の新たな問題が発生するというのは良くあることです。遺伝子ドライブを引き起こす技術を使うということは、非常に恐れられています。カート・ヴォネガットの小説「猫のゆりかご」に出てくる物質「アイス・ナイン」と同じくらい恐ろしいものだと言う生態学者もいます。「アイスナイン」はたったの1粒で、世界中のすべての液体を凍らせらるほどの物質です。X染色体を不活性化する遺伝子ドライブを使うことは、「アイス・ナイン」と匹敵するほど恐ろしいことだと懸念している生態学者は少なくありません。

 凍り付くような大惨事を避けるために、遺伝子ドライブに関して、さまざまな安全策が考案されています。そうした安全策は、想定外のことが起こらなければ機能するでしょう。事前にあらゆる可能性を検討しておくべきです。まず、遺伝子ドライブの影響が想定とおりになるか、想定以上に影響を及ぼすことがないかということは研究されています。遺伝子ドライブの影響が数世代しか残らないようにする研究もされています。1つの島の1つの種にのみ影響を及ぼすようにデザインされた遺伝子ドライブの研究もされています。また、遺伝子ドライブが想定外の事態を招いてしまう場合のことも考えてあります。その際には、別の遺伝子ドライブを引き起こす個体群を放ちます。それは、「CATCHA(Cas9-triggerd chain ablationの略)」という技術で、想定外の事態を引き起こしている遺伝子にブレーキを掛けさせることも出来ます。このように安全対策は幾重にも検討されているので、大惨事が引き起こされる可能性はほとんどないはずです。