8.遺伝子組換え技術を使って自然に介入することは是か非か?
オオヒキガエル、ハツカネズミ、クマネズミなどの遺伝子編集に関してさまざまな議論が為されていますが、論点は非常に明確です。それは、他に代替策が有るか否かということです。遺伝子編集した固体を野に放つことを頑なに拒む人たちがいます。しかし、今一番重要なことは、絶滅の危機に瀕している種が沢山あって、それを救う可能性のある技術が存在しているということです。フクロネコ、キャンベル島の飛べない鴨、アンティグアムチヘビ、トリスタンアホウドリは遺伝子編集技術を活用すれば助けられる状況です。それらは、人間の介入を避けることが自然にとって最善であるという解釈に固執すれば、あっという間に絶滅してしまいます。すでに数千の動物種が絶滅したのと同じように。遺伝子編集は自然ではないからといって拒絶すれば、現時点では自然を回復する方法は何もありません。
「人間は神のように、自然を回復させることが出来るだろう。」という文を書いたのは、スチュアート・ブランドです。その文は彼の1969年の著書「Whole Earth Catalog(邦題:全地球カタログ地球の論点 ― 現実的な環境主義者のマニフェスト)」でミッション・ステートメントとして書いたものです。最近、ますます環境問題への関心が高まっていることに反応して、ブランドはそのミッション・ステートメントを修正することにし、「人間は神のように、自然を回復させなければならない。」と変えました。ブランドは、Revive&Restore(回復と復興)という環境保護団体の共同設立者になりました。その団体のミッションは、明確に記されており、遺伝子編集技術を活用して生物多様性を支援することです。その団体が支援している素晴らしいプロジェクトは既にいくつも有ります。その中の1つは、リョコウバトという種を復活させる取り組みです。現在生存している種で最もリョコウバトに遺伝的に近いオビオバトの遺伝子を操作をすることによって歴史を巻き戻そうとする試みです。
絶滅したアメリカグリの木を復活させる取り組みは、成功する見込みがかなりあります。アメリカグリはかつてアメリカ東部でいたる所にありましたが、クリ胴枯病によってほぼ全滅しました。クリ胴枯病は真菌病原体によって引き起こされます。北アメリカ大陸には1900年ころにその真菌が持ち込まれ、ほぼすべてのアメリカグリが枯死しました。推定では40億本と言われています。ニューヨーク州シラキュース市のニューヨーク州立大学の環境学科の研究チームが、遺伝子編集により、胴枯病に対して耐性を持つアメリカグリの木を生み出しました。耐性を持たせるために、小麦の遺伝子を切り取って移入しました。しかしながら、たった1つの遺伝子を移入しただけですが、その木は遺伝子組換えと見なされますので、行政の許可を得なければ育てることは出来ません。結果として、これまでのところ、耐性を持つ苗木が植えられているのは温室と柵で囲まれた区画の中だけです。
ティザードが指摘していますが、常に世界中で遺伝子は移動しています。通常、遺伝子が移動する際の形態は、生命体まるごとで移動する形です。初めてクリ胴枯病の遺伝子が北アメリカ大陸に移動してきた時もそうでした。胴枯病の遺伝子だけが持ち込まれたのではなく、日本からクリの木がまるごと持ち込まれました。遺伝子をたった1つ書き換えるだけで、哀れにも人間の活動のせいで絶滅してしまったアメリカグリを復活できるのであれば、やるべきだと思います。それが、アメリカグリへの償いになります。議論の余地はありますが、生命をつかさどる遺伝子を書き換える能力を得た者は、それを使う義務を負っていると思います。
もちろん、遺伝子組換え技術を使って自然に介入することに反対する意見にも理があります。遺伝子編集技術を用いて壊れてしまった環境を修復しようという思想の根底にあるのは、そもそも修復しなければならない状況にしたのは人間のせいであり、元に戻す責任があるという認識です(まさしく、オオヒキガエルの事例が当てはまります)。人間の介入によって破壊された生態系を修正するために、また介入するということを比喩的に記した本もありました。ドクター・スース著「The Cat in the Hat Comes Back(本邦未発売)」です。その中で、バスタブの中でケーキを食べて汚してしまったオス猫が、バスタブをきれいにするように命じられました。それで、オス猫はバスタブを飼い主の白いドレスを使ってゴシゴシと掃除しました。バスタブはきれいになりましたが、かわりにドレスが汚れてしまいました。
1950年代、ハワイ州農務省は、アフリカマイマイ(1930年代に観賞用として輸入された)を駆逐するために、ヤマヒタチオビ(肉食性のカタツムリで、他のカタツムリを捕食する)を輸入するという決定を下しました。ハワイには肉食性のカタツムリは沢山いましたが、その内に、最も大きい肉食性のカタツムリ以外は淘汰されていきました。ヤマヒタチオビが数十ものハワイ固有種の小さなカタツムリを全滅させました。その状況から、ハーバード大学比較動物学博物館の名誉教授で社会生物学者として有名なエドワード・オズボーン・ウィルソンは「雪崩的絶滅」いうと言葉を生み出しました。
ブランドの考え方に関して、ウィルソンは次のように述べています。「人間は神ではありません。残念ながら、人間は全知全能ではありません。」と。
英国の作家で環境保護活動家のポール・キングスノースは、次のように述べています。「人間はまさしく神のようです。神は常に正しいことをしてきたわけではありません。間違ったことをするのも神です。人間はロキ(北欧神話に登場する悪戯好きの神)のように快楽のために美人を殺すこともあります。サターン(ローマ神話に登場する農耕神)のように子供たちをむさぼり食うこともあります。だから、何もしないことが、何かをするよりも良い場合があります。また、その逆の場合もあります。」と。
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