犯罪捜査での顔認識システムの使用は危険! 他のAIツールと同様、メリットもあるがデメリットが大きい!

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 ソーヤーの誤認逮捕の3カ月後、彼の妻は糖尿病と診断された。彼女は、騒動によるストレスのせいだと考えている。彼女が知りたかったのは、なぜ捜査当局がもっと徹底的に捜査をしなかったのかということである。彼女の姉の家も捜索されて、ソーヤーと犯罪を結びつける手掛かりは何も見つからなかったことを考慮すると、その思いはいっそう強まった。当局はソーヤーの車も調べたが、犯行と結び付くものは何も無かった。

 ジョージタウン大の情報通信関連法律クリニック(law clinic:法律クリニックは法科大学院の学生のための実践的な教育をする)の所長ローラ・モイ(Laura Moy)は、2021年に同大ロースクールの発行する雑誌で顔認識システムに関する記事を書いた。それへの依存が高まることで、現場へ足を運ぶことや近隣への聞き込みやできるだけ多くの人から情報を得る等の従来の捜査手法がおろそかにされ、不当な誤認逮捕が増える可能性があると主張していた。モイが言うには、旧来の手法はより多くの時間と人手を必要とするが、誤認逮捕が発生する可能性は低いという。

 何とかして私はバス運転手暴行事件の監視カメラ映像を入手できた。見てすぐに気付いたのだが、加害者は運転手のスマホを盗んだ後、あっという間に走り去っていた。私がワシントン・パークでソーヤーに会った時、ソーヤーの動きは鈍重だった。特に右足はゆっくりと動かしていた。一歩踏み出すたびに右足が曲がらないように力を入れなければならなかった。彼によれば、この症状はずっと前にアメフトで負った怪我が原因で、それ以来ずっと苦しんでいるという。何十年もの間、彼は著しく不格好な歩き方をしている。それなのに、どうして彼は監視カメラの中で素早く行動した人物と見なされてしまったのか。メリーランドの捜査員の誰も疑問を持たなかったことは、とても不思議である。おそらく、顔認識システムから得られた情報を過度に信頼したため、ソーヤーをよく調べることを怠ってしまったのだろう。

 ソーヤーに対する告訴は、逮捕から約1か月後の2022年4月29日に取り下げられた。彼も彼の妻も捜査当局から謝罪を受けていない。最終的に別の人物が暴行犯として逮捕されたのだが、彼らには何も知らされていない。デオン・バラード(Deon Ballard)という30代前半の男で、身長は5フィート11インチ(180センチ)だった。捜査員はバラードの母親の家を訪れ、容疑者情報の資料を見せた。「ええ、私の息子で間違いない。」と彼女は言った。それから、バラードの顔写真を加えたいくつかの顔写真が並んだ容疑者リストが作成されて、バス運転手のラドナ・ウィルソンに提示された。彼女は、バラードの写真の下に何か書き込んでいた。「私を殴った男に非常に似ている」。♦

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