アメリカ バイデン大統領はインフレを助長したのか?それとも抑制したのか?いや、どちらでも無いでしょ!

Currency

Does the President Have Control Over Inflation?
バイデン大統領がインフレをコントロールすることはできるか?

Republicans have blamed Joe Biden for increasing inflation, and Biden has claimed credit for reducing it. But maybe neither is entirely deserved.
共和党は、バイデン大統領がインフレを助長したと非難し、バイデン大統領はそれを抑制したと主張しています。しかし、おそらくどちらの主張も正しくありません。

By Sheelah Kolhatkar February 11, 2023

 火曜日(2月7日)の夜、バイデン大統領は議会で一般教書演説を行いました。さまざまな重要な問題について言及しました。インフラ投資、インスリンの個人負担額の月額上限設定、ロー対ウェイド判決(Roe v. Wade)、中国の偵察気球、ウクライナ戦争などです。バイデン大統領は、演説が始まって直ぐに、多くのアメリカ人が最も関心を抱いているテーマを取り上げることを選択しました。彼は言いました、「ここアメリカでは、インフレ率が下がっています。ガソリン価格は下がっていますし、食料品価格も下がっています。」と。彼は拍手喝采を浴びながら、「インフレ率はこの6ヶ月間、毎月下がっているます。」と付け加えました。アメリカの世論調査では、いつの時代にもインフレが最も忌み嫌われる事項であることが分かっています。実際、過去にインフレが起こった際には、いずれの際にも非常に問題視されました。2013年には、インフレ率が比較的低かった時期ですが(2%未満)、ピュー研究所(Pew Reserch Center)が実施した調査で、82%のアメリカ人がインフレは「中程度に大きな」もしくは「非常に大きな」問題であると感じていたことが判明しました。昨年、インフレ率が急激に上昇していた際(12月に6.5%を記録)に同様の調査をした際には、回答者の93%がインフレは「中程度に大きな」もしくは「非常に大きな」問題であると回答しました。ミシガン大学のベッツィー・スティーブンソン(Betsey Stevenson)教授(公共政策・経済学が専門)は、「いつの時代も人々はインフレを嫌います。」と言いました。彼女は、政権がインフレ率に注目して対処することが非常に重要であると強調していました。彼女は言いました、「インフレが歴史的な低水準にあった時でさえ、アメリカ人の83%がインフレが重大な問題だと考えていたという調査データもあるのです。」と。

 多くの人がインフレを忌み嫌っているわけですが、そのことで、インフレはいつの時代も選挙での争点となりがちです。ここのところ、バイデン大統領がインフレを引き起こしたとして非難することが、共和党のお気に入りの戦術となっています。昨年秋、ヘリテージ財団(Heritage Foundation:保守系シンクタンク)のウェブサイトには、「バイデン政権によってインフレが引き起こされ、アメリカ人が急速に貧しくなった。」との見出しがありました。1月に共和党によって下院の歳入委員会(Ways and Means Committee)の委員長に任命されたジェイソン・スミス(Jason Smith:ミズーリ州選出)は、「民主党の無謀な財政支出策によって、インフレが引き起こされ、アメリカ国民が直面している危機が悪化した。」との声明を発しました。しかし、実際には、インフレが引き起こされた原因を明確に特定することは不可能です。共和党はバイデン政権のせいでインフレが悪化したと主張し、共和党はバイデン大統領のおかげでインフレが収まりつつあると主張しているわけですが、それらはいずれも根拠があるものではないのです。インフレ率が上昇していようと下落していようと、政権が実施した施策がそれに対してどれだけ影響したかを特定するのは不可能です。バイデン大統領のせいでインフレ率が上昇したと非難するのはお門違いです。また、インフレ率が低下したことをバイデン政権の手柄であると主張することも間違っています。

 誰が大統領になったとしてもインフレ率を意のままに上げ下げすることは不可能であるとスティーブンソンは言います。彼女は、「残念ながら、そんな手段は無い。」と指摘します。また、現在はインフレ率が非常に高いわけですが、バイデン政権の施策による影響はほとんどありません。彼女は、一部のエコノミストがバイデン政権がもっと違った施策を推し進めていれば、この2年間のアメリカの苛烈なインフレはもっと穏やかなものになっていたと指摘するだろうと主張しています。彼女は、たとえインフレを穏やかにできたとしても、ほんの僅かだっただろうと主張してました。 一般的に、インフレは、買うべきものよりも買いたい人が多いときに起こります(Inflation occurs when more people want to buy stuff than there is stuff to buy)。現在、ほぼすべての先進国で、新型コロナパンデミック前よりもインフレ率が高くなっています。政権政党が右寄りか左寄りかとか、どういう施策をしたかということは全く関係無いのです。例えば、リベラルな民主党が支配するアメリカと異なって保守的な保守党政権下のイギリスも高いインフレ率(アメリカよりも高い)に苦しんでいます。オーストラリアでは、多くの商品の価格が上昇し、先日、保守党政権がよりリベラルな政権に取って代わられました。経済規模上位20カ国の2021年11月から2022年11月の間の物価上昇率は平均すると9.0%でした。つまり、アメリカのインフレ率が他国と比べて特段高かったわけでも低かったわけでもないのです。

 バイデン大統領がインフレを悪化させたと批判する者たちは、新型コロナ対策で家計に資金を注入させ過ぎたことが最大の失敗であると批判しています。たしかに、2021年3月に民主党が成立させたアメリカ救済法(American Rescue Plan)では、1兆9,000億ドルもの支出がなされました。バイデン政権は、この法案の前にも、2020年に可決したケアーズ法案(Coronavirus Aid, Relief, and Economic Security Act、略号:CARES Act)や他の法案を通じて巨額の支出をしています。アメリカ救済法は、一定の基準を満たした家計に小切手を送るもので、連邦政府にとっては巨額の負担となりました。当時、アメリカ救済法を批判する者がチラホラといました。というのは、新型コロナの影響で製造業の生産がまだ十分に回復していない中でしたので、家計部門に巨額が流入することで消費が促されて物価が押し上げられることが容易に想像できたからです。しかし、スティーブンソンら多くのエコノミストはアメリカ救済法には肯定的でした。というのは、アメリカ救済法によって増すインフレ圧力は僅かなものであり、もたらされる弊害よりも恩恵の方がはるかに大きいと考えられたからです。彼女は言いました、「私が歴史書を編纂することになって、新型コロナパンデミックに対する連邦政府の支出について言及するとしたら、成功の物語を書くだろうと今でも信じています。」と。この支出が、大恐慌(Great Depression)以来で最も深刻な損失を被った労働市場を回復させたのです。彼女は付け加えました、「失業者が多い世代を生み出さないということの価値は、非常に高いのです。連邦政府の支出は、それを目的としていたのです。」と。

 ハミルトン・プロジェクト(Hamilton Project:ブルッキングス研究所内の経済政策イニシアチブ)のディレクターでブルッキングス研究所(Brookings Institution)の経済学シニアフェローであるウェンディ・エデルバーグ(Wendy Edelberg)は、アメリカ救済法の支出には意義があったという意見のようです。彼女は言いました、「確かに、アメリカ救済法には問題点がいくつもありました。支出が膨大でしたし、救うべき対象も明確ではなく、それほど困窮していない家計にも小切手が送られました。アメリカ救済法がインフレを促進させたことは間違いないでしょう。しかし同時に、失業率を下げ、多くの子供たちを貧困から救ったというのも事実です。アメリカ救済法には、問題点を補って有り余るほどの効果があったと確信しています。」と。

 物価の急上昇がもたらされた要因は、アメリカ救済法にもあるわけですが、もっと大きな要因があったことは明らかです。この2年余りの間に世界各地でさまざまな出来事が続けざまに発生したことが、物価上昇の大きな要因です。まず、新型コロナのパンデミックがありました。それによって多くの国で交易が縮小し、多くの工場や企業が閉鎖され、世界規模で物資の流通が途絶えました。それによって、さまざまな物資が供給不足となりました。半導体の不足の影響がさまざまな分野に波及していきました。さらに2022年2月にはロシアがウクライナに侵攻したことによって、石油・ガス市場が不安定になり、価格が急騰しました。また、小麦を中心にさまざまな農産物の供給が細りました。それは、気候変動による記録的な熱波や洪水などが原因でした。それによって、世界各地で食糧不足が深刻化していました。

 FRBは積極的な措置を取りました。金利を引上げることによって経済を冷え込ませ、インフレを抑制しようとしています。理論上、金利の引上は借入コストを上昇させるので、解雇や賃下げがもたらされます。それで需要が抑制され、物価が押し下げられます。ハワード大学(Howard University)の経済学教授で元労働省政策担当次官補のウィリアム・スプリッグス(William Spriggs)は、FRBの高官がさらに多くの者が職を失うまで利上げを続けると発言していたことを批判していました。非常に失望したと言っていました。スプッリッグスは言いました、「本当に働いている者の数が多過ぎるのでしょうか?それがインフレ率を押し上げている原因だとは考えられません。鳥インフルエンザ(avian flu)、ウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)、地球温暖化(global warming)、パンデミック(pandemic)、そして、世界中で生産が滞って半導体が足りなくなったこと等が原因でインフレ率が押し上げられたのです。」と。

 スプリッグスが言うには、アメリカ経済は、世界と広く深く複雑に繋がっており、FRBはそのことをもっとうまくアメリカ国民に説明すべきです。例えば、半導体が不足すると、自動車メーカーは半完成品の車を完成させることができず、半完成車を半導体が届くのを待つ形で工場に留めることになります。何カ月も待つこともあります。そうすると、車を買わなければならない人が中古車を買おうとするので、中古車の値段が上昇し、今乗っている車を高値で売って新車を買おうとする人も増えるので、さらに新車を待つ人が増えることとなります。同様に、世界最大の小麦生産国であるロシアとウクライナが、以前ほどの生産量を確保できなくなった場合、小麦の価格が上昇するので、これまで大麦やトウモロコシを栽培していた他の国の生産地が、たとえ気候が理想的でなくても小麦栽培に切り替えるところが出てきます。さらに、ヨーロッパやアフリカや中国の一部などで大規模な熱波が発生していますので、農作物の収量はさらに減る可能性があります。突然、小麦の生産が少なくなりましたが、大麦やトウモロコシの生産も減ります。

 スプリッグスが言いました、「大麦やトウモロコシは誰が消費しているのでしょうか?実は、ほとんどはニワトリの飼料となります。鶏卵業者は、急に飼料代が増えるわけです。その上、ウクライナ戦争の影響で、燃料価格も上昇しています。結果として、卵の値段が上がって、大騒ぎとなります。卵以外のさまざまなものの価格も上がります。いわゆる、連鎖反応(chain reaction)が起こります。」と。物価上昇や供給不足の背景としてさまざまな要因が複雑に絡み合っていることを、FRBが分かりやすく根気強く市場に説明し続けない限り、バイデン政権がアメリカ救済法で国民にお金をばら撒きすぎたという的外れな批判は下火にならないでしょう。スプリッグスは言いました、「激しいインフレは、さまざまな事象が複雑に絡まった故のことであって、どうやっても避けようが無かったでしょう。食料品店に行って卵の値段が高騰しているのを見ても、何ら不思議なことではないのです。FRBがきちんと説明をすれば、誰でもその理由が理解できるはずです。」と。♦

以上