アメリカ チップの習慣を廃止できないのはなぜ?新型コロナ収束後、チップの相場が高騰! 

3.チップの支払い方法は多様

 チップの支払い方法には様々な形がある。クレジットカードでチップも合わせて支払う者も多い。その際に、合計額を書く欄の下に自分の携帯番号を記す輩がいる。気に入ったウェイターやウェイトレスに電話してもらうことを期待している。給仕長の手に直接渡す者もいる。先日、床屋に行った際に、チップを個人間決済アプリのベンモ( Venmo )で支払った。床屋のおじさんは、アコギな手法を教えてくれた。摘要欄にチップではなくピザ代と書くと僅かながら税金が少なくなるという。近頃、チップの支払いで最も使われているのは、iPad 等のタブレットである。画面がクルッと回されてこちらに向けられる。それは、手の平を返して上を向ける仕草を連想させるものである。ジェラルド・ナイト( Gerard Knight )は、 タブレット決済大手のスクエア( Square )がチップ支払い機能を初めてリリースした際にデザインチームを率いていた。「画面を回して『お金を払ってくれ』と言うのは、客からすると不快な仕草かもしれない。」と彼は言った。もともと、デザインチームは、もっと別な形を考えていた。「客にサインしてもらわなければならないので、画面をクルッと回す形にするしかなかった。当時、ほとんどのクレジットカードはサインが必須だった。クレジット決済でチップを支払うには、あの形しか考えられなかった」。客がチップの額を(もしくは % を) 画面に表示される 3 つの選択肢から選ぶのが今では定番となっているが、デザインチームは別の形も考えていた。「スライダー方式も考えていた。スライダーバーを動かしてもらって、10% から 20% の好きなところを選んでもらえる。」と彼は言った。「実装しようとしたが、胡散臭く見えるので止めた」。

 最近、私はタクシーに乗ったのだが、タッチ・スクリーン・モニターが付いていた。それを使ってクレジットカードで支払うこともできる。支払い時にモニターに大きなプラスボタンとマイナスボタンが表示された。「チップは 0% に設定されています。」との音声が流れた。プラスボタンを 1 回押した。「チップは今 5% になりました。」と音声が流れた。私はさらにボタンを押した。プラス、マイナス、プラス、プラスの順に。「チップは今 10% になりました。チップは今 5% になりました。チップは今………」。

「この音声って聞こえてるの?」と、運転手に尋ねてみた。

「ええ、聞こえてます。」と運転手は言った。私は 30% のチップを払った。

 チップの額を決めるのは容易ではない。自分の頭の中であらゆる側面から判断して決めなければならない。タクシーの運転手にチップの額が見えてる(聞こえてる)から、チップを多く払うべきか?宅配便の運転手が荷物を持ってきたけど、チップの額は、荷物の価額に応じて払うべきか?それとも、移動距離、天候に応じて払うべきか?あるいはそれらを組み合わせて総合的に判断して払うべきか?チップを何 % 払うと決めたとして、税込金額と本体価格のどちらを基準にするべきか?とかくチップの額を決めるのは骨が折れる作業である。しかも、手間取りすぎると恥をかく可能性さえある。喫緊の課題は、相手にいくらチップを払うべきかということである。相手に感謝しているのだが、その度合いを数字に置き換えなければならない。誰もがチップの額を計算する時、心の中で複雑な計算をし、無言で相手と交渉しているのである。そこに、フェアプレーの精神を見て取るのは私だけだろうか。

 よくあるチップに関する不満の 1 つは、トリュフの難問( truffle conundrum )に似ている。トリュフの難問とは、トリュフが使われているパスタを食べた時には、使われていないパスタを食べた時よりチップを多く払うべきか否かというものである。チップは富裕税と考えることができる。とある店は、有名人ご用達だった。セレーナ・ゴメス( Selena Gomez )、ジョン・ハム( Jon Hamm )、マシュー・マクファディアン( Matthew Macfadyen )などが来店した(マクファディアンは珍しいことに前菜を立て続けに 2 つの注文したという)。その店のウエイターの 1 人に聞いたのだが、裕福な有名人は 30 ~ 50% のチップを置いて席を立つという。「ロバート・プラント( Robert Plant )のチップは 20% だった。それで十分である。」とそのウエイターは言った。「ウェイターに軽蔑されるかもしれないという被害妄想を持っていて、軽蔑されたくないと考えてチップを多く払いすぎている者が少なくない。余分に払う必要など無いと思う」。

 気前よくチップを払うことで有名な者もたくさんいる。テイラー・スウィフト( Taylor Swift )、エイミー・シューマー( Amy Schumer )、エレノア・ルーズベルト( Eleanor Roosevelt )などである。バラク・オバマ( Barack Obama )は 1 度の食事で 2 度チップを払ったことがあった。一方、マーク・トウェイン( Mark Twain )はほとんどチップを払わなかった。レオン・トロツキー( Leon Trotsky )はブロンクスに住んでいた頃、ユダヤ人酪農家直営のレストランで食事をしていたが、毎回、チップを払うことを拒否した。他の客にも同じことをするように勧めた。やがて彼がスープを注文すると、目の前でこぼされるようになった。マフィアや企業の CEO やプロゴルファーはチップを多めに払うと言われている。ピックアップトラックに乗っている者もそうらしい。逆にチップを多く払わないと評判なのは、教師や弁護士やプロテニスプレーヤーなどである。レクサスのオーナーもそうらしい。ドイツ人は気前が良いらしい。フランス人はチップ労働者からは好かれていない。私の友人のフランス人が言っていたのだが、アメリカにいると過剰にチップを払う義務があると感じられるという。「グリーンカードホルダー(永住権を持つ者)としての義務のように感じる。」と彼は言った。カフェのレジ横に置かれているチップ入れに 1 ドル札を入れる時、バリスタが気づくように入れているという。以前、彼が 1 ドル札を何枚かチップ入れに入れた際、ちょうど女性バリスタが後ろを振り返ったため、それに気づかなった。そこで彼は入れた札を釣り上げて再び投入した。ようやく気づいてもらえた。店を出た後、彼の妻が彼に教えたのだが、それとまったく同じシーンが映画「となりのサインフェルド(原題:Seinfeld )」にあった。

 その映画の共同クリエイターを務めたラリー・デイビッド( Larry David )は一時的にタクシー運転手として生計を立てたことがあった。運賃とチップが生活の糧であった。私は、ロサンゼルスにいる彼と電話で話した。「どうしてチップをくれるのか、理由が分からない。」と彼は言った。チップをくれる人について聞くと、「あの人たちは何者なんだ?どうして見ず知らずの者に、二度と会うことなどないのにチップをくれるんだ?とても信じられないよ」。また、もし然るべき権限を与えられたら、チップに頼らなくてもいいように従業員の賃金を上げ、チップについての書籍を出版したいと言っていた。「ありとあらゆるサービスについて調べてみたい。」と彼は言った。「エアコン取付業者や電気工事屋や引越業者などを調べてみる。彼らにチップを払うべきなんだろうか。誰もが迷うと思う。では、ソファを配達してもらったら、チップは払うべきか否か。誰にも正解は分からない」。

 「となりのサインフェルド」のチップを払う場面を思いついたのはデイビッドではない。製作総指揮のジェフ・シェイファー( Jeff Schaffer )と脚本を担当したアレック・バーグ( Alec Berg )である。電話口で、「今ここにジェフ・シェイファーがいるよ。」とデイビッドは言った。ジェフ・シェーファーが電話に出た。

 「俺は、この話を聞かれるために、27 年間もデイビッドの家のクローゼットの中で待っていたんだ。」とシェイファーは言った。「チップのことを深く考える必要なんか無いのさ。クリエイション( Kreation )などのジュースバーの中には実際にはジュースを作っていないところもある。ジュースは冷蔵庫にたくさんあるんだ。出されるジュースは、パックから注ぐだけなんだ。なのに、レジで支払いをしようとすると、チップ画面を見せられる。3 つの選択肢が示される。18% 、20% 、22% のどれかを選ばなきゃならない」。

「誰もがそこで迷う。フリーズしてしまう。」とデイビッドは言った。

 シェイファーは、「となりのサインフェルド」の中のエピソードは実生活から生まれたものだと語った。ある日の朝、彼とバーグは息抜きに散歩に出た。撮影スタジオの駐車場近くのサンドイッチ店に入った。シェイファーがチップ入れの瓶に 1 ドル札を入れたのだが、店員がちょうど身体の向きを変えた時だったので、それを認識しなかった。「私が思ったのは、店員がチップを入れたことに気づかないなら、入れた意味が無いということだった。珍しく良いことをした。でも、誰も見ていないのなら、意味が無い気がする……」。

「見られているか否かが重要ってこと?」デイビッドは言った。