6.ニューヨーク市には、チップを廃止しているカフェは 1 店舗しか無い。
ニューヨーク市内でチップを禁止しているコーヒーショップは、ブッシュウィック( Bushwick )にあるセイ・コーヒー( SEY Coffee )だけである。私はその店に行った。共同経営者のトビン・ポルク( Tobin Polk )が教えてくれたのだが、「店名は” yes ”を逆に綴った」という。昨年、「フード&ワイン( Food & Wine )」誌はこの店を同州で最高のコーヒーショップに選んだ。私が行った時も混んでいた。犬が数匹いた。壁のヒビ割れからエアプランツが顔を出していた。ニット帽を被った客や前腕にタトゥーをした客で賑わっていた。ポルクは星座が描かれたシャツを着て、髪を細い三つ編みにしていた。はしごを登ったり、箱を運んだり、店の奥で豆を焙煎したりして、常に動き回っていた。ここで働く前はスタンプタウン・コーヒー・ロースター( Stumptown Coffee Roasters )で働いていて、時給は 10 ドルほどで、チップが 5 ドルほどだったという。「とても続けられるものではなかった。」と彼は言った。彼はそこの重役に 3 部構成の資料を送り、賃金が安すぎることに対する不満を伝えた。一緒に働く同僚にも賛同するよう呼びかけた。2 ドルの昇給を勝ち取った。しかし、後に結局は解雇されることとなった。
セイ・コーヒーがノーチップ・ポリシーを採用したのは、もう 1 人の共同経営者であるランス・シュノレンバーグ( Lance Schnorenberg )がそうしたいと考えたからである。開店前日に決めた。「彼が思い付きで、適当に決めたというのが本当のところだ。」とポルクは言った。現在では、ポルクの方がノーチップ・ポリシーにご執心で、これを伝導しようとしている。「賃金が仕事に対する正当な対価であるべきだ。」と彼は言った。「チップは、まともな賃金を得ていない人に対する憐れみのようなものである。それは明らかに、既に権力を握っている人々が、権勢を示す方法に過ぎない」。
私とポルクは空いているテーブルに座った。コーヒーを出してくれた。「アメリカではチップの習慣が完全に定着している。」と彼は言った。「私はデリカテッセンに行くと店員に毎回チップを払う。思うんだけど、店員には私が毎回チップを渡すことを認識して欲しいと思う。でも、実際にチップによって一番気分が良くなる人は誰かと言うと、チップを払う人自身なんだ。分かるかな?」
ポルクは当初、経営が成り立たないのではないかと心配していた。が、セイ・コーヒーは続いている。現在、時給は 28 ドルから 35 ドルである。「問題を解決するのはそれほど難しくない。」と彼は言った。「一杯のコーヒーを作るための全ての経費を計算して 6 ドル必要ならば、6 ドル請求するべきである」。セイ・コーヒーのドリップコーヒーは 4 ドルで、同等レベルの店と比べるとかなり安い。人件費の高騰が続いているので、来年は 1 ドル値上げする予定だという。「 5 ドルでも他に比べれば十分に安いと感じられるはずだ。5ドルだとギリギリ経費をまかなえるレベルだ。6 ドルまで上げるとかなり余裕がある」。
時給で雇われている者にとって、ノーチップ・ポリシーは時給が保証されている点で魅力的である。しかし、繁忙期には、その魅力は消え失せる。「問題は、顧客が私たちの給料を補助する必要はないと思うことである。」とバリスタのアーロン・サンダース( Aaron Sanders )は言った。彼はドレッドヘアを結い上げ、ひまわりが描かれたシャツを着ていた。「私は、チップがもらえないと少し残念な気持ちになる。チップという臨時収入があれば、嬉しいに決まっている」。
セイ・コーヒーのレジ近くのタブレットの近くに表示があった。「この店舗は、誇り高いチップ無しの店である」と記されていた。それに賛同する客がほとんどである。常連客のほとんどはそれに慣れている。ごく一部の常連客の間で、素敵なことが起こり始めた。チップの代わりにお礼の品を置いていく人がいる。お菓子やビール、自家製ケーキなどである。お礼の品を置いて、代わりに既に置かれていた品を持って帰る人もいる。物々交換みたいなものである。思いやりが感じられるし、連帯感が感じられる。「2 、3 回だけだけど、マリファナを貰ったことがある。」とサンダースは言った。「一度だけ幻覚キノコを貰ったこともある。ほんの微量だった」。
「中には、無理やりチップを渡す人もいる。チップを渡すことに慣れているから仕方ないのかも。この下に 5 ドル札を滑り込ませるんだ。」とポルクは言いながら、レジ近くの客に現金を置いてもらうトレーを指さした。「テーブルを掃除しようとすると、現金が置いてあることもある。どうすべきか。捨てるわけにはいかないよね?」この店のスタッフはそれを袋に保管している。「ワイン資金」と呼んでいる。それでワインを購入して嗜むわけではない。毎週か隔週でワインを置いていく客が少なくとも 2 人いるので、購入する必要がないのだ。そのお金でトイレに無料で置くためのタンポンやナプキンを買おうというアイデアもある。既に、それをするには十分な額が貯まった。「かなり貯まった。2 百ドルは超えた。」とサンダースは言った。「私たち従業員がそれを使うことはない。それでランチを食べたら、出費が減らせると考えたんだけど、それはできないんだ。でも、トビン(ポルクのファーストネーム)が時々ランチをおごってくれるから、文句は言えないよ!何か、有効な使い道を皆で考えないといけない」。従業員たちはせっせとその袋にお札を放り込んでいる。袋はどんどん厚くなっていく。♦
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