頭の中で思考する際に、言語で考える人と映像で考える人がいるらしい?いやいや、その研究って本当に正しいの?

3.頭の中で会話して考える人の特長

 グランディンの著書”VIsual Thinking(ビジュアル・シンキング)”に登場する頭の中で明確にイメージを思い浮かべて思考する方法は、イーサン・クロス(Ethan Kross)の著書”Chatter: The Voice in Our Head, Why It Matters, and How to Harness It(邦題:Chatter(チャッター) 「頭の中のひとりごと」をコントロールし、最良の行動を導くための26の方法)”に登場する頭の中で言語で思考する方法より華やかに思えます。ミシガン大学で教鞭をとる心理学者であり神経科学者です。クロスは、音韻ループ(phonological loop)に興味を持っていました。それは、内耳(inner ear)と内なる声(inner voice)からなる神経系です。そこが、今、自分の周りで起こっている言葉に関するあらゆることを収集していて思考する際に役立っています。グランディンのいうビジュアル・シンカーをシルク・ドゥ・ソレイユが好きで通う人に例えると、クロスのいうバーバル・シンカーはオフブロードウェイのワンマンショーが大好きな人であると言えます。それは、ただの長い一人芝居です。

 多くの心理学者が音韻ループについての研究をしていて、音韻ループは様々なことに使われていることがわかりました。音韻ループは、メモリスクラッチパッド(CPUの近くに配置された高速なメモリ)のようなものです。人間は、聞いた電話番号を書き留める前に一時的に頭の中で覚えていますが、その際にはここに番号が記憶として一時的に保存されています。また、そこは、自己管理のためのツールでもあります。幼い子供は、最初は声に出して、成長するにつれて声に出さずに、親の戒めや励ましを聞きながら、自分自身に語りかけることで感情をコントロールすることを学んでいきます。(先日、私の4歳の息子がレゴブロックを組み上げようとしていて、自分に「壊しちゃだめだぞ、ピーター!」と言っていました。) 私たちは、自分の内なる声を使って目標への進捗度合いを推し量ります。クロスが著書に記していたのですが、それは、スマホのトラッキングアプリ(ユーザーの行動を追跡するアプリ。ユーザーが興味を持ちそうな広告を表示する)とほぼ同じ機能を果たしているそうです。これまでの様々な研究によると、内なる声には目標に関することが多く含まれており、スマホの画面に通知が表示されるように、突如として目標に関することが湧いてくるのだそうです。キッチンの引き出しが固まって開かないので無理やりこじ開けようとしている時には、「開けるぞ!私はできる!そういえば、今日は医者の予約を入れていたけど、忘れないようにしようとな。でも、今は引き出しに集中しよう!」と頭の中で自分に言い聞かせていると思われます。

 2010年代初頭、英国の人類学者アンドリュー・アーヴィング(Andrew Irving)は、無作為に選んだニューヨークー約100人に近づいて、小さなボイスレコーダーに自分の考えていることをすべて言って過ごしてもらえないかと頼みました。「パフォーマンス的な要素もあったかもしれない。」とクロスは言っていました。しかし、アーヴィングが記録したことは、真実の究明に役立ちました。人々は自分の内なる声を使って、魅力的な行きずりの人のことを考えたり、交通渋滞を呪ったりしていました。しばしば、ネガティブな 内容 が扱われていました。その多くは連想的な繋がりによって生じたものでした。ある女性は、「この辺にステープルズ(Staples:アメリカのオフィス用品大手)の店はあるかしら?」と言った後、突然1人の友人の癌の診断のことを思い出しました。彼女は、悪い知らせについて独り言を言った後、突然、またステープルズの店がないか気になって、「たしか、この辺にステイプルズの店があったはずよ。たぶん、あっちだわ。」と言いました。ある男性は、壊れてしまったた人間関係を振り返り、自分自身を励ましていました。「忘れるしかないさ。完全に忘れよう。前へ進むんだ!」と言っていました。一人会話はしつこくなりがちで、人によってはネガティブな内なる声のループに陥って悲観的になってしまいます。クロスは、そうした頭の中の独り言のことをChatter(チャッター) と呼びました。チャッターは非常に気分を落ち込ませるので、自分の内なる声から逃れようと必死になることもあるそうです。アーヴィングの実験に参加した1人は、ニューヨーク郊外に住んでいるボーイフレンドがバス事故で死んだのではないか、あるいは、他の誰かと駆け落ちしたのではないかと気になって仕方がなく、悩みっぱなしでした。クロスは、リック・アンキール( Rick Ankiel)の例を教えてくれました。彼はメジャーリーガーで、元々はピッチャーでした。しかし、内なる声が投球動作の部分部分について指示を出すのを止めないために、ピッチャーから野手に転向しなければなりませんでした。

 頭の中で一人会話をする人は、自分自身について考えることにかなりの時間を費やし、その心は自分自身の経験、感情、欲求、欲望に引き寄せられることが多い、とクロスは報告しています。この自分中心の考え方が、声に出しての会話にも波及することもあります。1980年代、心理学者のベルナール・リメ(Bernard Rimé)は、今でいう「吐き出し(venting)」(ネガティブな考えを他人と強制的に共有すること)について研究しました。リメは、嫌な経験をすると、心の中で反芻するだけでなく、それを外に発信したいという衝動に駆られることを発見しました。しかし、誰かが自分の不幸を他人と共有すればするほど、その者は周りから疎まれることとなります。中学生を対象にした研究では、嫌なことばかりを頭の中で考える子は仲間にもそれをよく打ち明けます。その結果、仲間から排除され、拒絶されがちであることが明らかになりました。今にして思うと、私の父が、母から何を考えているかと聞かれて、「別に何も考えていないよ!」と答えたのには、理由があったのかもしれません。ひょっとすると、父は、自分の考えは自分の中にしまっておくのが得策だと認識していたのかもしれません。

 クロスが導いた結論は、私たちの内なる声は強力な道具であり、それを上手く使う必要があるということです。彼の著書の最後には、チャッター(頭の中のひとりごと)をコントロールするためのテクニックが10個ほど紹介されています。彼は、距離を置いたセルフトーク(distanced self-talk)を試すことを推奨しています。本物の自分と二人称である 「あなた 」の二人で自分自身のことについて会話することが推奨されています。そうすることで、自分の思考をよりコントロールできるようになるそうです。頭の中で、自分の内なる声を使って、友人にアドバイスをして問題を解決する手助けをしてみるのもお勧めです。その時、あなたは自分と同じような問題を誰もが抱えていることを認識するでしょう。実際、誰もが同じようなことで悩んでいます。そうではなくて、その時の悩みがこれまで経験したものでない新種のものであるならば、それを自分でどうやって克服するのかを熟考することができるでしょう。重要なのは、内なる声を上手く使って、自分自身の感情をコントロールするということです。頭の中で二人でじっくりと会話をすることで、上手くいくのです。頭の中で、常識や旧弊にとらわれず、二人でとことん討議するべきです。