4.野良猫が及ぼす影響の考察
屋外で野鳥を観察することは、多くの死を目にすることである。毎年春になると、北カリフォルニアの私の家の裏では、12 羽か 14 羽の小さな毛むくじゃらの雛が親うずらを猛ダッシュで追っている。真夏の頃には雛が思春期になるがわずか 6 羽ほどになっている。うずらが伸びた下草に隠れる 9 月には、2 羽か 3 羽しか残っていない。アメリカだけでも、1 年間に野鳥が死ぬ数はおそらく150 億を超えている。野鳥の個体数は 70 億羽程度と見積もられている。この 70 億の野鳥は非常に多産で、多くの場合、1 シーズンに複数の子供を産む。控えめに見積もっても、毎年夏になると、平均して 1 羽の成鳥が 2 羽の幼鳥をこの世に送り出すことになる。次の繁殖期が始まるまでに個体数は元の水準に戻るわけで、1 年の間にアメリカの野鳥の少なくとも 3 分の 2 は死んでいると推定される。
過去 50 年間で、1970 年には 100 億と推定されていた野鳥の個体数が 30% 減少した。生息地の減少と悪化が個体数減少の原因の多くを占める。現在も残っている生息地はまだ多くの個体数を維持できるわけであるから、個体数減少の原因は他のことも関係している。野鳥にとっての大きな脅威は、障害物(特に窓)との衝突、ネオニコチノイド( neonicotinoids )などの強力な殺虫剤などである。しかし、最大の脅威は外来捕食種の猫である。
2013 年にネイチャー誌( the journal Nature )の派生誌である学術雑誌ネイチャー・コミュニケーションズ誌( Nature Communications )に発表された論文によると、ネコはロワー 48 州(アラスカとハワイを除く全州)で年間 10 億から 40 億羽の鳥類を殺し、さらにはるかに多くの小型の在来哺乳類を殺していると推定される。この論文を書いた研究チームは、既存の数多くの研究を総合的に分析し、単純な計算モデルを作成して推計している。次のような計算である。アメリカの屋外で暮らす猫が何匹いるか推測する( 1 億羽以上)。その内で鳥を殺す猫の割合はどれくらいかを推測する(半分以上)。鳥を殺す猫は 1 年間に何羽の鳥を殺すかを推測する(約 3 ダース)。こうして推測した数字にはいずれも不確実性の幅があるため、計算モデルを繰り返し実行する必要があった。その結果、年間 24 億羽という推定がもっとも正確であるとの結論に至った。
野良猫愛護団体等は、この論文をジャンク・サイエンス( junk science:論理的根拠が乏しい科学的証明)だと批判した。野良猫愛護者にとっての知的権威であるピーター・J・ウルフ( Peter J. Wolf )は、彼が猫に関する科学的な分析を投稿しているブログ「ヴォックス・フェリーナ(Vox Felina:猫の声の意)」において、その論文で報告されている野鳥類の生息数に言及していた。その数字は、夏に野鳥類が大幅に増えることを無視しており、猫が毎年アメリカの鳥類の半分以上を殺しているという推定は全く正しくないと主張した。この論文に対しては、他にも多くの批判が寄せられていた。いずれも概ねウルフと同様の論調であった。私も最初はその論文の計算モデルに対して懐疑的であった。やはり、その数が過大であると感じられたのだ。しかし、その根拠となる文献を調べたところ、論文の数字に納得がいくようになった。例えば、オクラホマ州で行われたある研究では、住宅街を自由に歩き回っていた 22 匹の野良猫の内の 2 匹の胃から鳥の組織が検出された。このことから、猫は 24 時間以内に食べ物を消化するため、平均して 11 日に 1 羽、つまり猫 1 匹につき年間 33 羽の野鳥を食べていることになる。類似の研究でも同様の数字が報告されている。鳥類の少ない都市部にいる野良猫を考慮すると、この数字を下方修正したい気持ちに駆られるかもしれない。しかし、食べられずに殺されたり致命傷を負ったりする多くの鳥(猫に噛まれて感染症から生き延びる小動物はほとんどいない)や、親鳥が殺されて飢える幼鳥がいること等も考慮すると、この数字はむしろ上方修正すべきである。
ネイチャー・コミュニケーションズ誌の論文で最も陰惨な事実を示している数字は、飼い主のいる猫が 1 年間に殺す野鳥の数の推定値である。6 億 8,400 万羽である。野良猫によって殺される野鳥の数とは異なり、飼い猫は室内で飼うことができるため、この数字はゼロにできる可能性がある。私の知っている限りでは、外で猫を飼う人たちはさまざまな理由を口にする。言い訳としてしばしば耳にするのは、自分の飼っている猫は鳥を殺さないとか、飼っている猫が野鳥の死骸を持ってくることは稀にしか無いので滅多に殺してはいないとか、十分に餌を猫に与えているので狩りをする意欲が無いはずであるとか、室内にとどめておくと飼っている猫がストレスで苦しむことになるとか、野生生物が犠牲になるのは心苦しいが猫はネズミも殺しているとかである。実際、野鳥にほとんど興味を示さない猫もいる。しかし、それ以外の言い訳は根拠が乏しく、希望的観測でしかない。誰でも知っていることだが、十分な餌を与えられている猫でも、小さな動くものに飛びかかる。決して外に出さなくても、猫は屋内で楽しく健康的な生活を送ることができる。多くの研究によって明らかになっているのだが、猫が家に持ち帰るのは通常、殺した獲物のほんの一部である。また、猫がネズミを殺すというのは事実であるが、大きなネズミを襲うのは嫌がる(大きなネズミを殺すためにはテリアを飼う必要がある)。私の友人の中にも。私が猫を外に出すべきではないと提案すると、合理的な理由は述べないが、不服そうにする者は少なくない。私が推測するに、私がマグロ漁について問題が多いことを認識していながらツナサンドを食べるのと同じで、私の友人たちも正しいことではないとわかっていながら、猫を外に出しているのだろう。もっと厳しい言い方をすれば、彼らにとっての猫をペットとして飼う魅力の 1 つは、非常に可愛らしく見えるものの、鋭い歯と爪を持ち獰猛な一面も持ち合わせていることだと思われる。
その歯と爪が、アメリカにおける鳥類の死亡の原因のかなりの割合を占めている。猫擁護派は例の論文の猫が殺す野鳥の数の規模に異論を唱えているが、猫が多くの野鳥を殺すことを否定する者はほとんどいない。ときどき彼らは、猫が野鳥を殺すことは全体的な死亡率を増加させるものではなく、いずれ訪れる野鳥の死を少しだけ早めただけであると主張する。また、猫によって殺された鳥は建物との衝突など他の原因で死んだ鳥よりも平均的に健康状態が悪いとする研究があると指摘する者もいる。(他の研究によれば、猫がいることで鳥は防衛や警戒のためにエネルギーを浪費し、幼鳥の世話を怠るようになるという。猫に殺された鳥は、猫の近くで暮らすことですでにストレスを受けているため、健康状態が悪化している可能性がある。) 間違いなく、野鳥が死ぬ多くの事例において猫がしていることは、自然が何らかの形で野鳥の命を奪うという仕事を代わりにしているだけである。もっと言えば、他の在来の捕食者の食事を奪っただけである。しかし、年間 10 億羽以上の鳥類を殺し、それ以上の数の哺乳類を殺しているであろう外来捕食動物である猫が、アメリカの生態系に全く悪影響を及ぼしていないとは考えにくい。
しかし、もしかしたら、猫は実際には外来種ではないのかもしれない。アレイ・キャット・アライアンスはそのウェブサイトで、飼い猫は 1 万年以上にわたって屋外で生活し、「鳥や野生動物と環境を共有してきた」と支持者に発信している。残念ながら、これは飼い猫の原産地である旧世界の一部の地域では正しいが、新世界に属するアメリカでは全く正しくない。新世界では猫は外来種であり、その個体数は人間の関与なしで自然な環境が維持できる数をはるかに超えている。世界規模で見ると、ネコが持ち込まれた国や地域では、少なくとも 63 種の鳥類、哺乳類、爬虫類が絶滅している。確かにこれまでのところ、絶滅が起こっているのはオーストラリアと一部の島だけである。だから、猫擁護派は、北アメリカ大陸で猫が絶滅を引き起こす可能性は極めて低いと強調する。ベストフレンズ動物協会に雇用されているピーター・ウルフ( Peter Wolf )が自身のブログで強調しているのは、猫が希少種よりもむしろ 希少でない種の鳥を殺す傾向があることである。希少種の鳥がより稀に殺されることは驚くことではないわけで、彼が強調しているポイントは、どの種も絶滅の危機に瀕していない限りにおいては、それなりに多く殺されても問題無いということである。より微妙な意味合いとしては、猫は個体として評価される。(前述の歯が 1 本も無く飢えていたメス猫ミーヴ( Maeve )でさえ 1 個体としてカウントされる)。しかし、鳥は個体群としてのみ扱われ、さらに、これらの個体群は均等に分布しているとして扱われている。ロサンゼルスのような場所では、残された野鳥の生息地はあちこちに点在する形になり
、実質的に島のようになっている。そうした実質的な島を個々に見ていくと、そこで種が絶滅する可能性がある。実際に絶滅していて、それを知る者たちがそれを嘆いている。鳥類愛好家が付近で見るウズラに寄せる思いは、猫愛好家がうずらを捕食する野良猫に寄せる思いと同じくらい強い。その違いは、ウズラは元々そこにいた在来生物であり、猫は外来種であるということである。人間が猫をここに連れてきたのである。猫には選択肢がないが、人間にはある。