How to Spend Your City’s Money
あなたの市のお金の使い方
In a system known as participatory budgeting, citizens tell the government what to do.
参加型予算編成と呼ばれるシステムでは、市民が行政に何をすべきかを教えます。
By Nick Romeo March 24, 2023
1.参加型予算編成(participatory budgeting)とは?
2021年8月、ポルトガルで5人の消防士が同国南部の山火事の鎮火にあたっていたところ、突風にあおられて激しい炎が下方から急斜面を駆け上がってきました。5人は炎に巻かれる直前にトラックに乗り込みました。ほんの数秒の出来事でした。彼らは乗り込んで直ぐに安全装置を作動させました。すると、彼らが乗り込んだトラックのキャビン部分は水が撒かれて冷やされました。キャビン部分の中にも煙が充満していましたが、彼らは酸素マスクを着けていて、浄化された空気を吸うことができました。それから、火の勢いが強くないところまでトラックを移動させました。誰一人として大きな怪我を負うことなく、5人は無事に救出されました。
5人は、リスボン近郊にある人口21万5千人の海岸都市カスカイス(Cascais)の消防士でした。彼らのトラックは、冷却水システムと酸素マスクを備えており、16万ユーロで購入したものでした。それを購入したのは2017年のことでした。それ以前は、この2つの機能がない1996年製の車両を使っていました。車両を買い換える際には、2つの機能を付加することは消防士の生死に関わることで必須に思えました。しかし、同市は国からそのための資金を得ることができませんでした。そこで、参加型予算編成(participatory budgeting)と呼ばれるプロセスを採用しました。それで、毎年、カスカイス市では、市民が公共投資の対象となるプロジェクトを提案できるようになりました。それを市民が議論し、市民が投票して全てが決定されます。参加型予算編成で選ばれたプロジェクトには合計で最大35万ユーロが提供され、市は3年以内にプロジェクトを実行することを保証しています。2011年にこの制度が開始されて以降、カスカイス市は5,100万ユーロを投じて数百のプロジェクトを実施してきました。廃墟となったビルの改装、高校の科学実験室やスケート場の新設、港湾施設の改良、海岸のバリアフリー化、緑地の整備、バス停へのWi-Fiや充電スタンドの設置など、本当にさまざまです。それらが実施されたことによって、カスカイスの都市景観は一変しました。カスカイスでは、参加型予算編成の下で市の予算が投じられた施設から500メートル以上離れた場所に住んでいる人は1人もいません。
世界を見渡すと、何らかの形で参加型予算編成を実施している都市はたくさんあります。しかし、その中でもカスカイス市は特殊な部類に入ります。カスカイス市は、他の都市と比較すると参加型予算編成の割合が突出して大きいのです。例えば、パリでは近年、市の年間投資予算の5%が参加型予算編成によるプロジェクトに振り向けられているのですが、カスカイスでは予算の15%以上が振り向けられているのです。カスカイスでは、投票率が上がればその比率がもっと高くなることもあるのです。カスカイスの市長であるカルロス・カレイラス(Carlos Carreiras)が、参加型予算編成という制度を導入して定着させたわけですが、彼の支持基盤は中道右派の政党です。これはちょっと意外な感じがします。というのは、どちらかというと参加型予算編成制度は左派が好みそうなツールに思えるからです。しかし、カスカイス市で上手く機能していることで、参加型予算編成制度は右派にとっても左派にとっても魅力的なものとなっているようです。魅力的である理由は、市民の方が役人よりもお金の使い方を良く知っているということも少なからずあるようです。
参加型予算編成が初めて試みられたのは、1989年のブラジルのポルトアレグレ(Porto Alegre)市でした。その後、その強力な理念が広く普及していきました。その理念の中心にあるのは、市民は公的資金の供給者であると同時に公共サービスの受益者でもあるという考え方です。それ故に、市民がこの資金の使い道について直接意見を述べるのは当然であると捉えられています。ある調査によれば、世界では1万都市以上、ヨーロッパでは4千都市以上、北米ではニューヨーク市やシカゴ市などの大都市を含む178都市がこの制度を採用しています。しかしながら、その制度が導入されていても小規模で表面的なものであることも多いようです。参加型予算編成を研究しているジル・プラドー(Gilles Pradeau)が言っていたのですが、ヨーロッパのほとんどの都市では、それは予算全体の2%未満に過ぎないそうです。参加型予算編成を研究しているジル・プラドーは、ヨーロッパのほとんどの都市が、このプログラムに予算の2%未満しか回していないといっていました。彼は言いました、「参加型予算編成のプロセスは、まるで美人コンテスト(beauty contest)のようだ。」と。彼が言いたかったのは、見栄えの良い提案ばかりが選ばれるということのようです。
参加型予算編成では、もっぱら資金の使い方の詳細が議論の的となります。たとえば、どれだけの資金が割り当てられるのか、どのプロジェクトを対象とするのか、どの順番で実施するのか、誰が利用するのかなどといったことです。しかし、この制度が上手く機能すれば、単に資金を上手く配分できるだけでなく、それ以外の効果も期待できます。公共事業や行政サービスの質を向上させることができるのです。つまり、市民社会が強化され、行政に対する透明性と信頼性が高まることで、現代の政治の中心的な問題に対処することもできるようになるのです。この制度の成功事例であるカスカイス市が、今後進むべき道を示唆しています。