2.ユニクロの独自性
ユニクロ本社は有明にある。かつて倉庫だった約 20 万平方フィートの建物である。有明は、東京湾を見下ろす半島状のエリアである。かつては製造業の集積地だった。「以前、私はこの辺りでよくランニングしていた」と、 4 月の風が吹く朝、私がこの本社に到着すると、広報担当のコンウェイは語った。
この施設は、ユニクロシティ( Uniqlo City )と呼ばれている。シティと呼ばれるほど大きな規模である。グリッド状の街に見立てた作りになっており、広い通路はストリートと名付けられている。この施設のオープンは 2017 年であるが、ユニクロ神話の新時代の幕開けとなった。これが、いわゆる有明プロジェクトである。この施設の設計者であるアライドワークス・アーキテクチャー( Allied Works Architecture )のブラッド・クロエフィル( Brad Cloepfil )は、「このプロジェクトの目的はユニクロのワークカルチャー全体を再考することであり、文字通り、伝統的な日本企業をグローバルなワークプレイスへと変革することである」と述べる。
この建物の中は、高い天井、明るい色の木材、大きな窓が特徴的である。簡素であるが明るい感じがする。3 つの黒い点が描かれた提灯(イサム・ノグチによるデザイン)が、さりげない装飾のアクセントになっている。愛想の良いオーストラリア人のコンウェイが私を受付エリアに案内してくれた。写真撮影は禁止で、誓約書にサインを求められた。ちょうど商品レビュー週間( product-review week )で、多くの国からたくさんのユニクロ従業員がユニクロシティに来ていた。次のシーズンの商品ラインナップを最終決定するという。ユニクロのデザインプロセスの慎重なペースは、この業界の中では独特のものである。シーイン( SHEIN )のようなビジネスモデルは、最新のニッチで局所的なトレンドを捉えて、たとえばイワシ柄のサンドレスやビヨンセのコンサートファン向けのフリンジ付きブーツなどであるが、わずか 5 日から 7 日の超短期間で製品化して発売する。対照的であるが、ユニクロは最大 1 年も前から商品ラインナップの計画を立案し始める。
同社はヒーロープロダクト( hero product:企業の売上を牽引する主力商品)を熟知しており、ラウンドミニショルダーバッグ( 24.90 ドル)などのヒット商品を次々と生み出している。これはナイロン製のクロスボディパック( cross-body pack )である。2022 年 4 月に口コミで人気が沸騰した。きっかけは、英国人女性のケイトリン・フィリモア( Caitlin Phillimore )というイギリスの女性が、驚くほど多くのものがこのバッグに収納できると SNS に投稿したことである。リップクリーム、財布、鍵類、スマホ充電器、ヘアクリップ、ヘッドフォン、カメラ、香水、エピペン、フォックス社のチョコビスケット 1 パックなどを取り出して見せて興奮していた。膨大な数のコメントが寄せられた。みんな熱狂していた。「何でも出せるメリー・ポピンズの不思議な鞄みたい!」というコメントもあった。ユニクロは後に、同社のフィロソフィーを伝えるフリーマガジン「ライフウェア( LifeWear )」でフィリモアをとりあげた。「私だけじゃないと思うけど、ワードローブにユニクロのアイテムがあれば、ファッションに関する悩みはすべて霧散する」と彼女は書いている。
コンウェイと私は、エレベーターでユニクロ本社の 6 階へ上がった。「ここは山の手に該当する」と彼は言い、建物内の「ストリート」の 1 つに沿って私を案内した。その通路の長さはマンハッタンなら 3 ブロックほどに相当する。青灰色のスレート舗装が施されている。「この辺りがミッドタウンである」と彼は説明した。私たちは、アンサー・ラボ( Answer Lab )と呼ばれる研究用スペースを通り過ぎた。そこでは、同社のブラジャーの革新的なデザインを宣伝するビデオが上映されており、床から天井までの本棚がいくつも並んでいる。照度も高い。魅力的なスペースである。
「どんな都市に行っても図書館は必ずある」とコンウェイは言う。「当然、ここにも図書館がある」。
私とコンウェイは施設内のコーヒーショップへ移動した。そこでは、ロバート・ジョンソン( Robert Johnson )の「キング・オブ・ザ・デルタ・ブルース・シンガーズ( King of the Delta Blues Singers )」が流れていた。ヴィンテージ物のレコードプレーヤーに載っていた LP はポートランドのレコード店がキュレーションしたレコードコレクションの一部だという。歌舞伎の劇場をイメージしたグレートホールと呼ばれる講堂と、ダークウッドパネル張りの広々とした誰もいない展示ホールがあり、そこではユニクロのアンバサダーたちの等身大写真がいくつも展示されていた。ロジャー・フェデラー( Roger Federer )、車いすテニス選手の国枝慎吾( Shingo Kunieda )、プロゴルフ選手のアダム・スコット( Adam Scott )など、全員が男性アスリートである。8 月には女性がアンバサダーに加わることが発表された。女優のケイト・ブランシェット( Cate Blanchett )である。彼女はすでにユニクロの精神を体現しているようで、「ユニクロのラウフウェア( LifeWear )哲学の重要な側面を前進させる機会に刺激を受けている」と語っている。
階下の倉庫では、実際に見たわけではないのだが大型ロボットの群れが商品を仕分けしていると思われる。同社はこの倉庫の従業員を 90% 削減したと報じられている。敷地内にはフルスケールのモックアップ店舗もあるのだが、コンウェイは見学をさせてくれなかった。極秘の試作品が保管されているからである。アメリカのテレビドラマシリーズ「セヴェランス( Severance:仕事中の記憶と私生活の記憶を分離するセヴェランスという手術を受けた人物が主人公)」の雰囲気が強まった気がしたが、ふと柳井が信念とするフレーズが頭の中で浮かんだ。「社会に貢献する企業だけが存続する」、「変わらなければ、滅びる」というものである。私はコンウェイに尋ねた。ユニクロの理念、そしてなぜ衣料品会社が人間の存在を向上させることを目指すべきなのか、単に良い服を作るだけではだめなのかを。「社内では常に『私たちは何を変えなければならないか?』を自問自答している」とコンウェイは答えた。「ライフウェア( LifeWear )という概念こそが、我々を他社と画すものである」。
ユニクロをよく知る者の中には、同社の日本的な側面を好んで指摘する者がいる。彼らは、遠く離れた工場を訪れ、染色や縫製の細かい点を指導するベテランの織物職人で構成された「匠チーム」について語ることが多い。また、ユニクロの店舗が、日本らしさの象徴ともいえる「おもてなし」の精神が売りであると指摘する者も少なくない。ありふれたものの中で美しさを取り入れる「夜の美( yonobi )」の恩恵を受けていることについて語る者もいる。虚礼や華美を良しとしない企業文化の中には、節約へのこだわりである「倹約( ken’yaku)」が見て取れる。カリフォルニア大学ロサンゼルス校( U.C.L.A. )の日本文学教授で、11 世紀の小説「源氏物語( The Tale of Genji )」の翻訳者でもあるマイケル・エメリッヒ( Michael Emmerich )は、ユニクロのライフウェア( LifeWear )メッセージの共同執筆者である。彼は、意図的に謎めいたものにしたことを認めている。「顧客に少し立ち止まって、言葉と向き合ってほしい」という想いが込められているという。彼は、ファーストリテイリングの上級役員を務める柳井の 2 人の息子のうちの 1 人、柳井一海( Kazumi Yanai )と 1 日かけて店舗を回ったことがあるのだが、そのときに言われたことを今でも覚えているという。それは「タクシー代は出ないんだ。だから、今日乗ったタクシー代は自腹で払うしかないんだ」というものである。
ユニクロの経営陣は、日本の理念が会社の業務に影響を与えていることを誇りに思っている。しかし、ユニクロを厳密な意味での日本企業とは考えていない。柳井はユニクロを K-POP に例えることがある。K-POP は韓国独自の特徴に焦点を当てるのではなく、世界中でポピュラーになることを志向していると指摘している。ユニクロのフリーマガジンでファッションライターのW・デイヴィッド・マークス( W. David Marx )は、ユニクロが目指すのは、あらゆる地域で受け入れられる「国籍を問わない服」を作るために「文化的なコードを最小化する」ことだと指摘している。
コンウェイは私を研究開発部門へ案内してくれた。1 人の女性が編み機で子供用のストライプ柄ロンパースを編んでいた。その近くで同僚の宇津野智哉( Utsuno Tomoya )なる人物が業務用洗濯機と乾燥機の前に立ち、たくさんのカシミヤセーターを使って、様々な洗濯サイクルでどのように耐久性が変わるかを調べていた。「目標とする手触りを実現する方法を模索している」と宇津野は説明した。「ソフトな質感が必須で、なおかつ物理的に非常に安定した素材にしなければならない」。多くの作業員が、様々な色に最適な温度と処理方法をチャートに記録していた。
有明の施設の最大の売りは、施設内のカスタマーセンター( Customer Center )である。「一見すると普通のコールセンターのように見えるが、当社ではコールセンターとは呼んでいない」とコンウェイは閉ざされたドアの横で立ち止まりながら言った。「アウトソーシングは一切していない」。昨年、ユニクロの世界中のカスタマーセンターで、3,100 万件もの「情報( information )」を処理した。この件数は、電話による問い合わせ、メール、ソーシャルメディアでの会話のモニタリング、店舗でのフィードバックの収集などの合計である。「その多くが貴重なものである」とコンウェイは言う。他の企業ではコールセンターに厳格な時間制限を設けているところが多いが、ユニクロはオペレーターに対し、お客様が望む限り対応し続けることを奨励している。
ある日本人主婦からのコールがきっかけで、ユニクロが認識したことがある。それは、ウルトラライトダウンジャケット( Ultra Light Down Jackets )を室内で着用する顧客が多いことである。特に日本では暖房費を節約するために室内で着られていること、そして、肘までまくっても食器を洗っているときにずり落ちてこないような、ぴったりとした袖丈のものが求められていることに気づいた。同社は、人々の日常生活における所作や課題に社会学的な視点から注目し、そこから得た洞察を素早く製品デザインに反映させている。自転車通勤をする人が増えていることに気づいたデザインチームは、防風ジャケット( windproof jacket )の丈を短くし、袖をよりタイトにし、腕に風が入るのを防いだ。こうしたユニクロ独自のデザインサイクルの手法が正しいとすれば、これらの改良により、自転車通勤がさらに促進されるはずである。ワイト・ケラーが言ったのだが、ユニクロのお気に入りの言葉は『顧客の声( voice of customer )』を意味する『 V.O.C. 』であるという。彼女は、ユニクロブランドのサイトで顧客のコメントを読むなど、頻繁にオンラインを閲覧していると認める。
この習慣の起源は 1990 年代に遡る。当時ユニクロは日本の大手新聞全紙に「ユニクロの悪口で 100 万円( One Million Yen for Bad-mouthing Uniqlo )」という広告を掲載した。顧客に愚痴や不満をぶちまけてもらおうとした。どんな些細な問題も無視しなかった。ある黒のスキニージーンズ( black skinny jean )が乾燥機から取り出すと糸くずだらけになるという苦情を受けたのだが、ユニクロは糸くずをはじくコーティングを開発した。ユニクロのメリノウール( merino wool )はチクチクしすぎるという顧客の声を受けて、同社は新たに「スーパーソフトヤーン( super soft yarn )」を開発した。特殊な技術で繊維に空気を充填したのだという。ユニクロによると、卵白に空気を混ぜ込むことで、ふわふわで軽いスフレのような食感を実現するのと同じ原理だという。現在では、スフレヤーン( Soufflé Yarn )と名付けたアイテムが 20 種類以上販売されている。