5.ユニクロは自社をどう位置づけたいのか?
クレア・ワイト・ケラーは年に 8 回東京を訪れるが、残りの時間はロンドンで仕事をしている。5 月に私はリージェント・ストリート( Regent Street )沿いの目立たないビルにあるユニクロのオフィスを訪ねた。私が到着した時、彼女は会議室のキャスター付きチェアに座っていた。ヴィンテージものの生地サンプルがいくつも壁のラックに掛けられていた。ツイード、リネン、白い飛行機雲のストライプが入ったスカイブルーのポプリンなどである。彼女は iPad を操作しながら、プラスチックカップでアイスコーヒーを飲んでいた。
「新しい色を考案中である」と彼女は説明した。ユニクロの色は以前、「少し鮮やかすぎたり、暑苦しすぎたり、あるいは陰気すぎたりした」と彼女は言う。ユニクロは伝統的にブラウン系の色を商品ラインナップに加えることに躊躇していたが、ワイト・ケラーは就任 1 年目にバイオレットを廃止した後、モカブラウン( mocha brown ) 、チョコレートブラウン( chocolaty brown )、そしてデキャンタから注いだような色であるワインブラウン( winey brown )を投入した。「これらの豊かで美しい色をスウェットスーツなどの商品に落とし込んだのだが、そんな商品はほとんど誰も見たことがなかった。特にアジア市場では」と彼女は語る。
ワイト・ケラーは、ユニクロ:C ( Uniqlo : C )のアイテムで全身を固めていた。これは、ライフウェア( LifeWear )のエッセンスをさらに高めた商品ラインである。彼女自身がユニクロのメインの商品ラインと並行してデザインしている。彼女は、ライトウェイトコットン素材のネイビーブルーのフード付きピンストライプパーカに、同じ柄でふくらはぎの真ん中丈のベルト付きペンシルスカートを合わせていた。私も同じ服を買おうと思っていたのだが、手に入れる前に売り切れていた。「あなたはたくさんのヒット商品が生み出しているのね?」と私はワイト・ケラーに尋ねた。彼女は答えた。「ええ、正直に言うと、デザインし終わった時に、私自身が『この商品が店頭に並んだらすぐに買わなきゃ』って思うことが多いのよ」。
ユニクロがメーガン・マークル( Meghan Markle )のウェディングドレスをデザインしたことで有名なワイト・ケラーを起用したのは、女性向け商品の充実が目的の 1 つだった。「彼女を起用したのは本当に賢い選択である」とフィナンシャル・タイムズ誌のファッション担当編集長のパトンは指摘する。「彼女はこの業界の重鎮であるし、ロイヤルウェディングドレスをデザインし、いくつもの高級ブランドを率いてきた人物である。彼女が庶民のワードローブの定番アイテムをデザインするなんて考えただけでワクワクする。ユニクロは、消費者の心の中で、自社をヨーロッパのライバル企業よりも優れた存在として位置づけようとしているのである」。ワイト・ケラーの口癖は「ユニクロにファッションの要素を取り入れる」というものだった。課題は山積していた。「スカートのプロジェクトは停滞していた」と彼女は振り返る。「ドレスも同じだった。ユニクロはいつもドレスを T シャツと同じように扱っていた。私は、『ウエスト部分をもっと工夫する必要がある』と指摘した」。
ワイト・ケラーによると、こうしたユニクロの弱点は部分的には同社の歴史が生み出したものであるという。「柳井はメンズウェアに精通している。規律正しく一点一点にこだわって商品開発するアプローチが完成している」と彼女は言う。「レディース商品はメンズと全く異なり、より感情的な要素が強い。男性は『今シーズンはこういうシャツを 1 枚新調したい』と言うのに対し、女性は『こういうコーディネートで 1 式取り揃えたい』と言う」。
ワイト・ケラーがユニクロの一面を変えようと努力しているのと同時に、ユニクロも彼女の仕事のやり方を変えさせた。「ラグジュアリーブランドでは、特別な商品を作るために細部にまでトコトンこだわることが多い」と彼女は言う。「ユニクロはとにかく柔らかさ( softness )にこだわっている。それが快適さに繋がるし、そしてデザインを最もシンプルで完璧な形にまで凝縮することに重点を置いている」。ユニクロには、イヴ・サンローランのルル・ド・ラ・ファレーズ( Loulou de la Falaise )のような人物は存在しない(ルルは、大仰なデザイン画を描かせ、裾の長さなども細かく指示し、翌シーズンの方向性も全て決定していたという)。
とはいえ、ユニクロは基本的に細部に至るまでこだわっている。例えば、ワイト・ケラーによると、ユニクロの商品のすべてのジッパーの端に「ガレージ( garage )」という小さな布片を貼り付けているという。ジッパーのスライダーを収納するためのフラップであるが、ジッパーにゴミ等が入り込むのを防ぎ、摩耗を防ぐためである。他にも目に見えない工夫がたくさん凝らされている。「当社の代表的な商品であるウルトラライトダウン( Ultra Light Down )を着たことがあるか?」と、ユニクロのグローバル R&D 統括責任者である勝田幸宏( Yuki Katsuta )は私に尋ねた。「毎シーズン、あと 10 グラム、20 グラム軽くするにはどうしたらいいか、何カ月もかけて話し合っている」。
昨年、ワイト・ケラーはユニクロが V ネックのセーターを全く提供していないことに気づき、ユニクロ : C コレクションに V ネックのセーターを加えた。「柳井に会った時に、『なぜそれが売れたんだ?』と聞かれた」とワイト・ケラーは振り返る。「私は、あの V ネックは完璧な均衡を保っていると答えた。クルーネックしか着ない者でも着たくなる V ネックを作った」。彼らは V ネックを主力商品に導入することを決めたが、その前に多くのモデルに V ネックの新商品の下にユニクロが提供するあらゆるタイプの襟のシャツを試着してもらって調査をした。ボタンダウン、ストレートカラー、ポロシャツ、キャンプカラー(台襟がなく、下襟が上襟と一体化して自然に開いた状態になる、オープンカラーの一種)などである。直近では、デザインチームがベストセラーのエアリズム T シャツにもミリ単位の調整を加えた。シャツの内側の縫い目を微調整してネックラインが凹凸なくより平らになるようにした。「これらは平均的な顧客は決して気付かないような微妙な違いでしかない」とワイト・ケラーは語る。 「でも、それは当社にとって必要なことである。というのは、ユニクロのコンセプトが『お店にふらっと入って何気なく T シャツを手に取って頭からかぶると完全にフィットする』というものだからである」。
ユニクロは世界中で同じ商品を販売しているが、デザインには地域特有の事情がを反映させている。「例えば、格子縞( plaid )柄は特に難しい」とワイト・ケラーは言う。「日本では小さなチェック柄が好まれるが、日本以外では大きなチェック柄が好まれる」。彼女が言ったのだが、日本で売るサングラスはある程度透けている必要がある。濃い色のレンズは悪い印象を与えるという。日本の女性が胸の谷間( cleavage )が露わになったシャツを買う可能性は限りなく低い。「シャツのネックラインの深さには限度があるが、国やエリアによって異なる」とワイト・ケラーは言う。「日本ではだいたい 23 センチ、つまり胸の真ん中くらいである」。先日、彼女はナイロン( polyamide )製のバッグをデザインした。ノートパソコンが入るようなトートバッグである。韓国では 10 分足らずで完売してしまった。バイクのヘルメットにぴったりのサイズだという噂が広まったからである。
ワイト・ケラーは仕事の休みには、アムステルダム( Amsterdam )、上海( Shanghai )、京都( Kyoto ) 、奈良( Nara )などを旅する。彼女の同僚の 1 人から聞いたのだが、彼女はいつも街角で興味深い服装をした人を見つけたら写真を撮っているという。そこで、私は彼女に興味深い服装をした者の写真を見せてほしいと頼んでみた。彼女はスマートフォンを取り出し、たくさん保存されている写真の中からソウルで撮影された写真を選んで見せてくれた。左足に「 LOVE NEVER FELT SO GOOD (この愛は今までに無いほど心地よい)」と筆記体の文字が入ったヘザーグレー( heather-gray )のスウェットパンツを履いた若い女性だった。彼女はそのパンツにふっくらとした黒いサンダルを履き、黒とグレーのパーカーを 2 枚重ね、その上にふわふわのボンバージャケットを着てフードを外に出していた。ワイト・ケラーは写真を撮った後、すぐにデザインチームに参考資料として転送した。「この着こなしはバランスがとても良い」と彼女は説明した。
ユニクロの工場に入る注文は、通常 100 万単位である。こうした理由などから、ユニクロは自社の工場は他の衣料メーカーとは全く異なると主張する。「当社は少量生産はしない。後ほど工場をお見せしましょう」と、コンウェイは私がファーストリテイリング・イノベーションファクトリー( the Fast Retailing Innovation Factory )を訪れた際に語った。このファクトリーは、ユニクロが 2021 年から編み機メーカーの島精機製作所( Shima Seiki )との合弁事業として東京で運営している最先端施設である。到着すると、R&D マネージャーの宇津野智哉( Utsuno Tomoya )が出迎え、靴を脱いでかかとのないスリッパに履き替えるように促された。
宇津野は私とコンウェイをファクトリー内に案内してくれた。そこでは多くの従業員が、様々なシームレスニットを生産する機械を動かしていた。たくさんの機械がヒューヒューと唸り声をあげていた。24 時間稼働しているが、このファクトリーの生産量は、タイ、ベトナム、バングラデシュ、中国、インドネシアといった国々にあるユニクロの下請け業者の生産量と比べれば微々たるものでしかない。「ここでは 1 日に 2,400 着の服を生産している」とトモヤは説明した。「海外の下請けメーカーは 1 日に 1 万 9,000 着も作る」。
多くの従業員が働いていた。チョコレートブラウンの 3D ニットスフレヤーンスカート( 3D Knit Soufflé Yarn Skirts )の M サイズとフォレストグリーンの 3D ニットポロシャツ( 3D Knit polo shirts )の XL サイズを大量生産していた。機械から製品が吐き出されると、10 着ずつまとめて次の工程に送られ、欠陥がないか検査される。検査場では、おさげ髪にサージカルマスクを着けた 1 人の女性が緑のポロシャツを検査していた。彼女は 2 つの直立した光る円錐(回転台にライトセーバーを 2 本取り付けたようなもの)にポロシャツをかぶせ、生地にほつれや穴がないか精査していた。私たちが見ていると、チャイムのような音がフロアに響き渡った。「休憩まであと 5 分です」と宇津野が言った。私たちは電子機器保管ロッカーの前を通り過ぎた。ここで働く従業員は 8 時間勤務の前に携帯電話を預けるルールになっている。
製品化されて検品も終わったすべてのアイテムはウォッシングのために上の階に運ばれた。仕上がったものは、以前よりも厚みとふっくら感が増していた。個々のアイテムにタグが付けられ、アイロンがけされ、再び検品される。施設の片隅では、1 人の女性がスフレスカート( Soufflé skirt. )を検査していた。彼女はかなり強い負荷でスカートの生地を引っ張り、元の形に戻るのを確認していた。次に裾部分も同じように引っ張ったのだが、ミシンが一針分だけ縫いそこねていることが判明した。女性は問題発生箇所に赤い糸で印を付け、ファクトリーの修理部門へ送るために脇に置いた。検査に合格したスカートは、針が混入していないことを確認するために金属探知機にかけられる。それから、折りたたまれ、梱包され、トラックで港へ出荷される。再び音楽が鳴り響いた。休憩時間である。
ところで、ユニクロはファストファッションなのだろうか? 同社の成功の秘訣は、多くの幹部が語るように商品ラインを絞り込んだことにある。それにより、調達・製造する生地の量を膨大にすることができる。これにより、ユニクロは交渉において非常に有利な立場に立つことができる。より高品質でより低価格な商品を提供できる。「当社はファストファッションブランドだと誤解されているが、実際は全く逆である」と、柳井一海( Kazumi Yanai )は先日表明していた。
ユニクロがよりサステナブルな企業となるよう数々の取り組みを実践してきたのは事実である。例えば、店舗とオフィスにおける温室効果ガス排出量を 2030 年までに 90% 削減することを宣言している。すでに目標の半分を達成している。同社の衣料品の 18% はリサイクル素材もしくは他の環境に優しい素材で作られている。蓮の葉の上で水が転がることに着想を得て、ユニクロは自然と水をはじく雨具を考案した。これは、多くの顧客が PFAS (ピーファス:炭素とフッ素からなる化合物)の段階的廃止を求める中で、画期的なイノベーションである。ユニクロによれば、同社は売れ残った在庫を焼却したり廃棄したりしておらず、約 6,000 万着の衣料品を緊急支援に充てたほか、国連難民高等弁務官事務所( the United Nations High Commissioner for Refugees )が運営するプログラムに 3,800 万ドルを寄付したという。
ファーストリテイリングは時代を超越した( timeless )服作りへの深いコミットメントを表明しているわけだが、その崇高さは低価格帯の姉妹ブランドである GU を所有しているという事実によって幾分弱められている。GU は「ジーユー」と読むのだが、「トレンドを積極的に取り入れたスタイル」と「デザインから小売までの素早いトレンド追随サイクル」を提供しているのだが、小売から埋め立てまでのサイクルも同様に超速であると考えられる。そして、ユニクロの事業規模、そして果てしない拡大への追求が、真のサステナビリティの実現を不可能にしている。環境問題に詳しいシンクタンクのニュースタンダード・インスティテュート( the New Standard Institute )の創設者マキシン・ベダ( Maxine Bédat )は語った。「ユニクロは様々な問題に上手く対処しているが、それは衣料品業界全体の問題のほんの一部でしかない。個社の断片的な取り組みで解決できることは限定的である」。
参照可能な最新データによると、2016 年のマッキンゼー( McKinsey )によるレポートなのだが、アメリカの平均的な消費者は約 15 年前と比べて 60% も多く衣料品を購入しており、それらを所有する期間は半分になっている。毎年、製造された服の 30% は、一度も着られないどころか、売れさえしないのである。ユニクロがファストファッションなのか、サステナブルファッションなのか、エシカルファッションなのかという問いは、ファッション業界の地球破壊に対する責任がますます大きくなっている世界では、もはや無意味である。