和訳全文掲載
Is A.I. the Death of I.P.?
AI は知的財産の死をもたらすのか?
Generative A.I. is the latest in a long line of innovations to put pressure on our already dysfunctional copyright system.
生成 AI は、最新のイノベーションであるが、既に機能不全に陥っている著作権システムを揺るがす。
By Louis Menand January 15, 2024
1.知的財産権とは
知的財産( Intellectual property:略号 IP )は、世界の大富豪 50 人の少なくとも半数の富の一部またはすべてを占めており、米国の製品輸出額の 52% を占めていると推定されている。知的財産は新たな石油である。IP を大量に保有する国は、そうでない国に IP を売ることで利益を得られる。したがって、自国の企業等の知的財産を保護することは、自国の利益につながる。
しかし、すべての権利には、禁止事項が付随する。私が特定の知的財産を所有することによる権利は、他の者がその知的財産を私の許可なしに使用することを禁じる。知的財産権には経済的価値があるわけだが、社会全体から見ればコストである。そのコストが高すぎるのではないか?
知的財産所有権( IP ownership )は、法的観点からすると著作権( copyrights )、特許権( patents )、意匠権( design rights )、パブリシティ権( publicity rigchts )、商標権( trademarks )などいくつか種類がある。そして、それは至る所に存在している。そこら中を走り回るユナイテッド・パーセル・サービス( United Parcel Service:略号 UPS )の配送トラックの茶色い色合いは商標権登録されている。もしあなたが配送トラックを同じ色に塗れば、UPS は裁判所に訴えて違う色に塗るよう命じることができる。コカ・コーラはコークのボトルの意匠権を所有している。UPS の件と同様、勝手に真似することはできない。アップルウォッチの一部モデルは、クリスマス前に販売一時停止となった。理由は、アメリカ国際貿易委員会( the United States International Trade Commission )がアップルにマシモ( Masimo:医療機器メーカー)の特許権を侵害しているとして輸入禁止を命じたからである。(その後、裁判所はこの禁止命令を一時停止する判断を下している)
2021 年に NCAA(全米大学体育協会)は大学生アスリートに対して、氏名( name )、イメージ( image )、肖像( likeness )を販売することを認めた。その 3 つはパブリシティ権の 3 要素とされており、3 つ合わせて NIL と称されることもある。アイオワ大学の女子バスケットボール部のスター選手、ケイトリン・クラーク( Caitlin Clark )の NIL の価値は、年間約 80 万ドルとされている。ここに男女間の格差が存在していると勘ぐる方もいるかもしれないので、参考までに男性アスリートの額も付記しておく。レブロン・ジェームズ( LeBron James )の息子のブロニー( Bronny )は 12 月 10 日に大学に入って初めての試合に出場し、試合には敗れたものの 4 得点を記録した。彼の現在の NIL の価値は 590 万ドルとされている。
近頃では、ボブ・ディラン( Bob Dylan )、ニール・ヤング( Neil Young )、スティーヴィー・ニックス( Stevie Nicks )など、自分の曲の一部または全部の権利を売却したアーティストも多い。ブルース・スプリングスティーン( Bruce Springsteen )がこれまでに書いた曲は事実上すべてソニーの所有となっている。伝えられるところによれば、ソニーはスプリングスティーンの全曲の権利を取得するために 5 億 5,000 万ドルを支払ったとされている。著作権の保護期間は著作者の死後 70 年で、著作者が死ぬまで時計が動き出さないわけで、ソニーは今世紀末まで権利を保護されることになる。ボス( Boss:スプリングスティーンの愛称)が長生きすればするほど、ソニーはより豊かになる。
デイヴィッド・ベロス( David Bellos )とアレクサンドル・モンタグ( Alexandre Montagu )は、著書「 Who Owns This Sentence? A History of Copyrights and Wrongs 」(未邦訳:「著作は誰のものか?著作権の歴史と弊害」の意)を刊行した。この書は時宣を得たもので、すこぶる評判も良い。その冒頭で、ソニーのスプリングスティーンの著作権買取りを題材として取り上げている。その件を冒頭に持ってきた理由は、この本を書くきっかけとなった傾向を象徴的に示すものだからである。この世には創作物は膨大に存在している。音楽、映画、書籍、美術品、ゲーム、コンピュータ・ソフト、学術論文等々、つまり、人々がお金を払って消費しようとするあらゆる文化的製作物である。これらの知的財産権を少数の大企業が所有しており、その傾向はより顕著になりつつある。しかもその期限が切れるのはかなり先のことである。
そうした状況でも特に問題ないのかもしれない。ブルース・スプリングスティーンの楽曲が封印され続ける危険性はほとんどない。それどころか、これから 2100 年頃までは、誰もがスプリングスティーンの歌声をさんざん聴くことになるだろう。なぜならば、ソニーは投資を回収する方法をたくさん見つけなければならないからである。ソニーは、著作権を持っているだけでは何の利益も得られない。スプリングスティーンの楽曲を普及させるのには費用もほとんどかからない。ソニーがすべきことは、楽曲を有料で購入してくれる人を探すことだけである。
ソニーは楽曲にお金を払う多くの人を見つけ出して、膨大な収入を得るだろう。多くの収入の元となるのは、音楽ストリーミング・サービスのサブスクリプション料やダウンロード料である。ストリーミング・サービス等で私たちがアクセスできる楽曲の数が膨大であることを考慮すると、我々が支払う料金からスプリングスティーンの死の 70 年後まで得られる対価は極めて少額に思えなくもない。しかし、現在でも音楽ストリーミング・サービス加入者は 6 億 1,600 万人もいる。その数は過去 4 年間で 2 倍以上に増えている。そのことが、現在さまざまなアーティストの楽曲の著作権が売買されている理由である。つまり、ソニーはしっかり元を取れるということである。
ソニーは、スプリングスティーンの楽曲の著作権を得たことでストリーミング・サービス以外にも大きな収益源を得た可能性がある。多くの自動車メーカーが、彼の楽曲「 Born to Run(邦題:明日なき暴走)」を自社のコマーシャルに使用するライセンスを購入しようとしてきた。それは、1975 年にその曲がリリースされて以来の悲願だった(これまでスプリングスティーンは自分の楽曲をコマーシャルに使われるのを避けてきた)。スプリングスティーンが著作権を売却した際にその曲に関する付帯条項をつけていない限り(売却額が巨額であることを考慮するとあり得ないと推測されるが)、いずれどこかのメーカーが念願を叶えるだろう。
プリンストン大学の比較文学教授であるベロスと知的財産権専門の弁護士のモンタグは、巨大企業が資金力にものを言わせて著作権を購入して莫大な超過利潤( rent )を追求できる現状を好ましくないと考えている。2 人は、著作権を大量に所有する巨大企業が「 21 世紀の新たな貴族として世界の舞台を闊歩している」として不満を述べている。また、著作権を「これまでに見たことのない最大の紙幣印刷機」と呼んでいる。企業による著作権の所有がブームになっている一方で、一握りのスーパースターを除けば、著作者の収入は減少していると指摘している。知的財産法( IP law )は個人の権利を保護するルールとして機能していない。完全に企業に与する規制手段となっている。
しかし、ベロスとモンタグが最も懸念しているのは、ソニーなどの企業が、著作権を有していることを理由に自分たちが創作したわけでもない楽曲の再生から巨額を得ていることでも、それを聴くために私たちがお金を払わなければならないことでもない。そもそも、私たちは昔から楽曲を聴くためにはお金を払わなければならなかった。彼らが問題視しているのは、企業が文化資本を支配することである。コモンズ( commons :共有の財産)が脅かされている。