2.中国 EV 企業から学べることもあるが、真似することは難しい!
中国 EV 企業の成功の要因は、低賃金に加え、労働基準や環境基準が緩いことにある。アメリカはそれらを真似すべきではない。中国には独立した労働組合がなく、製造業の平均賃金は残業代を含めて年間 1 万米ドル相当である。また、中国のリチウムイオン電池のサプライチェーンの一部で、ウイグル人労働者などが強制労働を強いられている証拠も存在している。しかし、人件費が自動車生産費に占める割合は比較的小さい。多くの場合 20% 以下である。中国の EV メーカーは、設計や製造においても大きな進歩を遂げている。それらの多くは、他国で発明されたテクノロジーやプロセスを取り入れて改良したものである。「中国の自動車メーカーの多くは、試行錯誤しながら実地で学んできた。」と、ワシントン DC の戦略国際問題研究所( Center for Strategic and International Studies )で中国の産業政策に詳しいイラリア・マッツォッ( Ilaria Mazzocco )は言う。「生産技術を革新することで、コストを削減し、研究開発に資本を再投資することができる」。産業政策とクリーンエネルギーに詳しいプリンストン大学の研究者のカイル・チャン( Kyle Chan )は、中国の EV メーカーが目覚ましい進歩を遂げた 3 つの分野があると指摘する。リチウムイオンバッテリーの開発、アルミ車体フレームの鋳造、設計プロセスにおけるコンピューターシミュレーションの活用である。
中国政府が EV 産業の躍進で重要な役割を果たしていることは間違いない。さまざまな形で支援策を実施している。EV メーカーへの補助金、EV 購入に対する減税措置などはアメリカ政府も同様に実施している。加えて中国政府は、電化と炭素排出量削減に関する政令を出し、EV メーカーに安価な土地を提供し、税金控除を行っている。場合によっては地方政府が資金援助している。こうした支援策に関する中国とアメリカの大きな違いはその規模である。「中国政府の産業政策に関する支出は膨大で、2019 年には GDP の少なくとも 1.73% に達していた。」との記述がマッツォッが戦略国際問題研究所の同僚 2 人と共同作成した報告書にある。「ドル換算で、中国が投じている金額はアメリカの 2 倍以上である」。
この報告書から読み取れるメッセージの 1 つは、産業政策が効果を発揮するためには膨大な費用がかかるということである。中国の取り組みに関しては、他にも参考になる側面が 3 つある。それをつぶさに研究する必要がある。1 つは継続性である。アメリカでは、産業政策がコロコロ変わる傾向がある。新政権が誕生するたびに変わってしまう。また、2011 年にエネルギー省から 5 億ドル以上の融資保証を受けていたカリフォルニア州の太陽光パネルメーカーのソリンドラ( Solyndra )が倒産した時のように、支援を受けた企業等が財政的な挫折を味わうたびに変わってしまう。ソリンドラの破綻後、オバマ政権はクリーンエネルギー補助金を廃止することはなかったが、融資要件を厳しくし、補助金の延長に慎重になった。そうしたことは、中国では起こらない。「中国ではある産業が苦境に立たされると、そこに対する補助金が倍増するのが普通である。」とチャンは言う。「投資家視点で見れば、苦境にある産業に投資することは避けたいものである。中国政府はそれを何度も繰り返してきた」。ソーラーパネル業界が良い例である。ソリンドラや他のメーカーに大打撃を与えた破滅的な価格競争の後、中国政府は国内の太陽光パネルメーカーを支援し続けた。今や中国の太陽光パネルメーカーは、世界的にこの業界を支配している。
2 つ目の側面は、既存企業を優遇するのではなく、新規参入と熾烈な競争を奨励してきたことである。中国には 100 社以上の EV メーカーがあるが、2019 年には約 500 社あった。このような競争が激しい市場では、各社はコストと価格の削減を余儀なくされ、それが消費者に利益をもたらし、結果として売上が押し上げられる。今年初めに BYD は 1 万ドルの新モデルを発表した。アメリカでは、自動車大手 3 社がガソリンを大量に消費する SUV やピックアップトラックに注力していたため、テスラが 10 年ほど EV 市場を独占していた。この間、大手 3 社は大きな利益をあげていたが、EV 開発ではテスラや中国企業の後塵を拝することとなった。「新しい産業を育てるとなるといろいろなことを計画するのだが、必ずしも思い通りに進むわけではない。」とヘルパーは中国の産業政策について語った。「結局のところ、何が良いかを決めるのは市場である。中国政府は、多くの企業に種を撒かせる。しかし、最後に生き残るのは数社だけである。計画と競争を組み合わせるという側面は、アメリカが学ぶべきものである」。
3 つめの側面は、柔軟性である。中国は長年にわたって、さまざまなことに取り組んできた。時には、自国企業に海外企業との提携を奨励することもあった。あらゆることを少しずつ試してきた。私が話を聞いた専門家は、アメリカはこのアプローチを見習うべきであると言った。アメリカの自動車メーカーが業界をリードする技術を持つ中国企業と提携できるようすべきであるという。「中国企業と提携してテクノロジーを吸収するには時間がかかり、上手くいかないかもしれない。だから、他の方策も考えておくべきである。」とマッツォッは言う。「最先端のテクノロジーを追求することも重要だが、他にもやるべきことがたくさんある」。
アメリカの自動車メーカー 2 社(フォードとテスラ)は、すでに中国企業と提携する計画を発表しているが、政治的な反対に直面している。フォードがミシガン州に中国の大手バッテリーメーカーの寧徳時代新能源科技( CATL )からライセンス供与を受けた技術を使ってリチウムイオン電池の新プラント建設すると発表したが、複数の共和党議員が強硬に反対したためフォードは計画を保留にした(現在はプラントの規模を縮小した計画が進行中である)。ヘルパーが指摘するのだが、フォードと CATL の提携は、合理的な合意によるものであり、中国側が知財を提供するわけで、フォード側の恩恵は少なくないという。また、彼女は、BYD や他の中国企業が、多くの労働者に賃金を支払い、部品の調達等でアメリカの基準を満たす限り、アメリカにプラントを建設することに反対しないと述べた。
チャンは、この種の提携には前例があると指摘する。1980 年代に日本の自動車メーカと GM などが提携した。当時、トヨタやホンダの安価で燃費の良い車がアメリカ市場に溢れ、自動車大手 3 社は崩壊の危機に瀕していた。レーガン政権は自動車の輸入を制限する一方、日本企業にアメリカ国内でのプラント建設を許可した。アメリカの自動車メーカーはトヨタやホンダの手法をいくつも吸収した。「アメリカの自動車メーカーは学び、改善することができたのである。」とチャンは言う。また、中国の自動車メーカーに対しても同様のアプローチをとるべきだと付け加えた。
中国に関係することはほとんどすべて政治的な問題になってしまう現在の情勢を踏まえると、すぐに中国メーカーとの提携が実現する可能性は限りなく低い。各種世論調査から判断すると、多くのアメリカ人はアメリカの重要な産業を中国との競争から守るという考えに賛成しているし、中国の経済成長はチャンスというよりも脅威と見なしている。今のところ、安価な EV を探しているアメリカ人は、日産リーフで我慢するしかない。あるいは、テスラがモデル 2 の廉価版を出すか、ベンチャー企業の 1 つが立派に育って安価で高性能な EV を出すのを待つしかない。♦