マスク率いる DOGE が公務員を粛清中!アメリカの公務員は本当に怠惰なの?仕事中に泡風呂に入るって本当?

The Lede

The Long Nap of the Lazy Bureaucrat
怠惰な官僚の長い昼寝

The stereotype of the unmotivated official, which has fuelled Donald Trump and Elon Musk’s assault on government workers, has existed for as long as bureaucracy itself.
ドナルド・トランプとイーロン・マスクは連邦政府職員を攻撃している。やる気のない役人というステレオタイプは、官僚制度が生まれて以来、常に存在している。

By Charlie Tyson March 15, 2025

 12 月、アイオワ州選出の共和党上院議員ジョニ・アーンスト( Joni Ernst )は、「誰もいないオフィス:多くの官僚がビーチや泡風呂で寛いでいる。しかし、執務室には人っ子一人いない」という挑発的なタイトルの報告書を発表した。先日、上院ドージ議員連盟( the Senate DOGE Caucus )の議長であるアーンストは、イーロン・マスク( Elon Musk )率いる政府効率化省( Department of Government Efficiency:略号 DOGE )が「ワシントンの官僚機構の利益を削減し、彼らに悲鳴をあげさせる」のを支援すると表明していた。この報告書のタイトルは頭韻を踏んでおり破裂音の「 b 」が続く。読むと唾が大量に降り注ぐこの報告書は、眠い官僚を目覚めさせ、彼らに警告を与える戦いの先制攻撃だった。

 アーンストは、官僚の間に蔓延する欠勤癖と職務怠慢を告発した。報告書のヘッドラインには、連邦政府職員でオフィスでフルタイムで働いているのはわずか 6% と記されている。この主張は、すぐに誤りであることが判明した。しかし、仕事の規律をひどく必要とする無気力な公務員というナラティブは強力に人々の記憶に残った。「寄生虫どもは激しく暴れ回っている」とマスクは X に投稿した。「公務員は働いているふりをして無駄に給料をたくさんもらうのではなく、本当の仕事をしなければならない」。Fox ニュースのパーソナリティのジェシー・ワターズ( Jesse Watters )が 12 月に「官僚はかつてないほど怠惰である」と述べ、同様の主張をしている。「バイデンは大統領在任期間の 40% を休暇に費やした。それでも、連邦政府の他の連中と比べたら、彼は仕事中毒に見えるくらいである」。

 連邦政府は信じられないほど多様な労働者を雇用している。メール配達人( mail carriers )、地図製作者( mapmakers )、消防士( firefighters )、魚類学者( fish biologists )、地殻プレート境界に駐留する火山学者( boundaries )、海軍潜水艦のコック( cooks on Navy submarines )なども抱えている。しかし、トランプ政権が連邦政府職員を批判する時には、特定のタイプが標的となっている。オフィス勤務者、机で PC に向かっている者、リモート勤務していて生きているか死んでいるか分からないような知識労働者である。彼らの成果物は目に見えるものではなく、それゆえ価値が分かりづらい。DOGE の一連の解雇は無差別で、外科的切除というよりは、機銃掃射である。これまでも連邦政府職員は甘やかされていると批判をする者は一定数いた。税金の無駄だと批判する者も少なからずいた。

 官僚を嫌うのは簡単である。大きな政府に反対し自由市場支持派に愛された一流思想家のオーストリアの経済学者ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス( Ludwig von Mises )は、1944 年に「誰も自分を官僚( bureaucrat )と呼ばない」と書いている。官僚という言葉自体が侮辱を意味する。フォン・ミーゼスは、官僚制は「競争社会では成功できない非効率的な専門家」に有利な仕組みであると主張する。また、官僚制が膨れ上がると、専制政治に発展する危険があるとも指摘する。彼の他にも官僚制を批判する者はたくさんいて、官僚自身を腐敗させる危険性も指摘している。

 灰色の壁、白っぽい照明のオフィス、堅苦しいヒエラルキー、不可解な規則、果てしない書類の山。……官僚の仕事は退屈で非効率である。それを揶揄することわざもある。20 世紀初頭に活躍した社会学者マックス・ウェーバー( Max Weber )は、官僚制は人間性を奪うものであり、人間の自由を冷徹に合理的に奪うものだと考えた。「官僚個人は、自分が縛られている機構から逃れることはできない」と彼は指摘する。「官僚は、絶えず動く機構の中の小さな歯車に過ぎず、官僚機構は官僚に基本的に固定された行進ルートのみを指示する」。連邦政府職員は「安全を享受する」かもしれない、とフォン・ミーゼスは付け加える。「しかし、この安全は、囚人が刑務所の壁の中で享受するような種類のものになるだろう」。1970 年代に政治学者ラルフ・フンメル( Ralph Hummel )は、官僚はベッド上での仕事が下手であるとまで主張した。普段の仕事で心が腐って歪んだ官僚は、愛ではなく「性交における技術的なパフォーマンス」に重点を置くようになるという。先日、保守系メディアが報じたのだが、テネシー州の退役軍人医療センター( Veterans Affairs medical center )で職員 12 名が乱交パーティーをしたという。猥褻行為を詳しく描写し、寝室での官僚は倒錯的であると同時に達人のようだったと描写している。

 官僚が良い恋人になるかどうかという問いは比較的現代的なものであるが、官僚が苦役を避けるという図式は、官僚制そのものと同じくらい古くから存在している。古代エジプトの書記官は世界初の官僚の 1 人であり、書記官の仕事は権威と名誉のあるものと考えられていたが、書記官としてのキャリアは他の労務の苦難から逃れる手段でもあった。エジプト中王国時代に作られ、頻繁に写本された「職業風刺書( The Satire of the Trades )」は、書記官学校に通う息子への父親のアドバイスとして書かれたものである。書記官になれば 「労働から解放される 」と父親は書いている。つまり、書記官以外のほとんどすべての職業で発生する災難、侮辱、身体的損傷から救われるのである。

 「職業風刺書」の大部分は、宮廷官僚以外の仕事の肉体的な過酷さを語ることに費やされている。床屋は「腹を満たすために腕をすり減らし、ひげを剃ってくれる客を探して腕に水桶を乗せて叫びながら通りを歩かなければならない」と記述されている。陶芸家の衣服は泥でこわばり、炉番の目は煙で赤くなり、機織り職人は鞭で打たれ、漁師はワニと戦わなければならない。書記官だけがこれらの苦役を免れる。そこで父親は「お前は母親よりも本を好きになるべきである」と諭す。しかし、肉体労働と知識労働は明確に差があるように思えるわけだが、実際にはいずれもそれなりの苦難が付き物である点では大差ない。エジプトの書記官はワニを避けられたかもしれないが、骨の化石から彼らの多くが関節炎( arthritis )を患っていたことが判明している。

 官僚は動きが鈍く生産性が低いだけでなく、やる気も十分でないという描写は、ヴィクトリア朝文学( Victorian literature )にも頻繁に登場する。1855 年から 1857 年にかけて発表されたチャールズ・ディケンズ( Charles Dickens )の小説「リトル・ドリット( Little Dorrit )」では、政府で最も強力な部署は迂遠省( the Circumlocution Office )であり、何事も成し遂げることがないという点で名をはせている。そこではあらゆる公務が迂遠され、妨害される。「迂遠省は、何をしなければならないとしても、それをどのようにしてはいけないかを、すべての公的部門とともに事前に察知し共有していた」。私たちが今経験しているような、官僚の怠慢に対する激しい批判はめったに起こるものではない。とはいえ、いわゆる怠け者の官僚が歴史的な変換点で批判にさらされるのは、マスクの連邦政府職員に対する粛清が初めてではない。「寄生虫( parasites )」を一掃するキャンペーンは、政治的分断が激しい瞬間に出現し、盛り上がる傾向がある。不安定だが野心的な政権が大規模な社会変革を行おうとする時、怠惰な官僚は理想的なスケープゴートとなる。

 19 世紀後半、オスマン帝国( the Ottoman Empire )は衰退を恐れ、近代化と改革を推し進めた。変革者たちは、変化があまりにも遅々として進まず、オスマン帝国が工業化するヨーロッパ諸国に遅れをとっていることを憂慮していた。1906 年、オスマン・ハムディ・ベイ( Osman Hamdi Bey )の絵画「亀の調教師( The Tortoise Trainer )」は、この時代の最も有名な美術作品の 1 つであり、そのような不安を印象的に描いている。オスマン・トルコの宗教的な衣装を身にまとった老人が、足元を這うのろまな亀を調教しようとしている様子が描かれており、そのドーム型の甲羅はモスクを連想させる。

 歴史家メリス・ハーフェズ( Melis Hafez )が 2021 年に出版した著書「 Inventing Laziness (未邦訳:怠惰の発明の意)」で詳述しているように、このような状況の中で、イスタンブールでは官僚が十分に働いているかどうかについて深い懸念が広がった。基準を満たさない官僚は粛清された。オフィスで居眠りした事務員は罪に問われた。オスマン帝国が崩壊の危機に瀕した 1911 年にスルタン( Sultan )に次ぐ国家元首である大宰相( Grand Vizier )は、怠惰で無能で非効率な文官をすべて排除するよう命じた。得てして衰退する帝国は、自らの組織を攻撃するようになるものである。その上で、国民がもっと働けば国は救われるという信念に固執するようになる。

 官僚制度に対する典型的な攻撃は、硬直した制度構造の麻痺状況に集中している。官僚の居眠りに対する懸念は、構造的な問題から個人の意志の弱さに焦点を移したものである。トランプ政権下のアメリカでは、帝国末期のイスタンブールのように、居眠りする官僚が非難の的になっている。ある自称元連邦職員は、TikTok を通じて「私たちの政府は最も無能で最も怠惰な人たちで占められている」と主張する。「毎朝、デスクでいびきをかいている同僚の横で仕事をしていた」と彼女は言う。「別の職員は、定期的にオフィスを抜け出し、お気に入りの公園に行き木陰で昼寝をしていた」。

 トランプ大統領の 2 期目における権力強化は、明らかに前回とはペースを変えることによって推進されてきた。トランプ政権は危機感を煽り、国家の命運は迅速な行政措置にかかっていると主張することで、ブレーキやガードレールを取り払った。「すべての連邦職員は、トランプ大統領が働き、動いているのと同じペースで働くべきである」と、ホワイトハウス報道官のカロリン・リーヴィット( Karoline Leavitt )は先月、フォックス・ニュース( Fox News )に語った。「理由は、我々には救うべき国があるからである」。ワターズは自身の番組で、「金曜日に在宅勤務と称して怠けるような真似は通用しない」と語った。彼は、アメリカの労働倫理を復活させたのはトランプだと主張する。「この国は開拓者たちによって築かれた。どこかの国のような怠惰な国とは違う。私がどこの国のことを言っているか分かるだろうか。カナダである」。

 官僚の粛清は、新たな黄金時代到来の熱狂的な宣言と同時に行われることが多かった。文化大革命( the Cultural Revolution )の最中に毛沢東( Mao Zedong )は、鈍重な官僚機構のせいで革命の勢いが失われていると信じるようになった。彼は、共産主義が怠惰を助長しているという考えを否定した。それどころか、怠惰は反革命的であると考えた。歴史家のロデリック・マクファーカー( Roderick MacFarquhar )とマイケル・シェーンハルス( Michael Schoenhals )は、「 Mao’s Last Revolution(邦訳:毛沢東の最後の革命)」の中で、「毛主席は怠惰な官僚を許さなかった」と書いている。1964 年、毛沢東は「怠惰は修正主義( revisionism )の根源の 1 つである」と宣言した。これは革命的理想からの逸脱である。毛沢東時代の中国では、修正主義者と思われる人物の粛清は日常茶飯事だった。怠惰は反革命と結び付けられた。怠け者と見なされ断頭台に送られた者は少なくない。1960 年代を通じて、毛主席は官僚機構の改革に取り組み、特に文化、教育、公衆衛生を扱う省庁に重点を置いた。

 ソビエト・ロシア( Soviet Russia )でも、怠惰な官僚がプロレタリアート独裁を妨げているというパニックが定期的に起こる。1920 年代から 30 年代にかけて、「 Don Diego and Pelagia (邦題:ドン・ディエゴとペラギア)」などの映画で、向上心が無く自己中心的な官僚が、デスクでロマンス小説を読み、大量の食事をとる様子が描かれた。歴史家のシーラ・フィッツパトリック( Sheila Fitzpatrick )は著書「 Everyday Stalinism (未邦訳:日常的スターリニズムの意)」の中に、「空中ブランコの官僚( Bureaucrat on the trapeze )」と題されたサーカス芸人 2 人が描かれた風刺漫画を載せた。1 人はソ連の市民でもう 1 人はソ連の官僚である。市民が空中に飛び出しているが、官僚は市民を受け止めようとせず、「明日また来てください」と書かれたプラカードを掲げている。

 労働を美徳とする概念は、ソ連の革命実現のためには極めて重要なものであった。1936 年のソ連憲法は、聖パウロ( St. Paul )の「働かざる者、食うべからず( He who does not work, neither shall he eat )」という格言を引用している。1950 年代には、同国では怠惰は犯罪とされた。同国が 1961 年に制定した「社会寄生( social parasitism )」を違法とする法律は、主に浮浪者( tramps )、物乞い( beggars )、売春婦( prostitutes )やヨシフ・ブロツキー( Joseph Brodsky )のような詩人が対象であった。官僚は対象ではなかった。しかし、そのメッセージは明確だった。怠け者はこの国の計画に従わない者と見なされた。この国の輝かしい未来のために、誰もがペースを落とさないことを強要された。何が起きているのか疑問に思うことは許されず、速いペースで労働し続けるしかなかった。反動的ではあるものの、トランプの政策には、ある種の革命的熱意が表れている。

 官僚には勤勉に務める義務があるとする概念をアメリカ人の多くが信じているので、「怠惰な」官僚に対する攻撃に反撃するのはほぼ不可能である。マスクが DOGE の職員を募集した際に「週 80 時間以上働く意志のある、超高 IQ の小さな政府の革命家」を求めた。ちなみに、実際、DOGE の職員には若者が著しく多いという。家族に対する責任のない若者がそのような過酷な規律に従う意志がより強いことを反映しているのかもしれない。ポリティコ( Politico )によれば、 DOGE のスタッフの一部は連邦政府のオフィスビルの簡易ベッドで寝泊まりしているという。マスクは、連邦政府職員の無気力さと、DOGE のリバタリアンエリート集団の仕事中毒的な勤勉さを繰り返し対比してきた。DOGE の職員は週 120 時間働いていると彼は X で自慢する。「我々の敵である楽観的な官僚主義者たちは週 40 時間しか働いていない。彼らを早急に駆逐しなければならない」。

 多くの連邦職員が実際には長時間働いていることを示すことで連邦職員を擁護しようと試みる者もいる。気持ちは分からないでもないが、的外れも甚だしい。労働時間を集計することは、マスクの議論の土俵の上に乗ることを意味する。長年にわたり、マスクは自分自身を現代の過重労働の聖人とすべく、病的とも言える驚異的な猛烈さで働いてきた。2023 年のビジネス・インサイダー( Business Insider )誌の記事には、「イーロン・マスクの生産性向上の秘訣は、年に 2 〜3 日だけしか休まず、週 7 日働き、夜 6 時間のみ睡眠することである」と記されている。マスクは伝記作家のウォルター・アイザックソン( Walter Isaacson )に、仕事の緊張で「しばしば夜眠れなくなり、嘔吐してしまう」と打ち明けた。2018 年にはタイムズ( Times )紙の記者に電話で泣きながら、週 120 時間労働の苦しみを打ち明けた。労働時間でマスクに匹敵する人はほぼ皆無だろう。また、そうすべきでもない。

 DOGE による連邦政府の官僚に対する攻撃では公共部門を非生産的だと非難する一方で、民間部門をダイナミックで革新的で起業家精神に富んだ存在だと称賛することが多い。それはシリコンバレーが旧来から用いてきた慣用句でもある。思うに、公共部門が無能であるという図式は、必ずしも事実ではないのでないか。大いに議論の余地がある。 マスク自身、過去数十年間に事業のために連邦政府から 380 億ドルもの資金提供を受けているし、エネルギー省の低利融資はテスラを軌道に乗せるのに大いに役立っている。現在、権力者の目的のために労働倫理が捻じ曲げられそうになっている。マスクとトランプにとって、「怠け者の官僚( lazy bureaucrat )」とは、自分たちの邪魔をする者のことなのである。♦

以上