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5.生体の形態形成に人為的に関与することは是か非か?

 レヴィンの研究は、生体の形態形成に人為的に介入することは是か非かという倫理的な議論を巻き起こしました。彼は、最近、アレックス・ガーランド監督のSF映画「Ex Machina(邦題:エクス・マキナ)」を視聴しました。作中では、巨大IT企業で働く若いプログラマーのケイレブが社長ネイサンの自宅に招待されて、ネイサンが製作したロボットのエイヴァを紹介されました。エイヴァは非常に精巧に出来ていて本物の人間のようでした。ケイレブが自分もロボットではないかとの疑念を抱いて自分の腕の肉を切り開いてワイヤーが無いか確認するほどでした。レヴィンは子供の頃から、人間の体の組成について興味を持っていました。彼は今でも10代になった息子たちとそのことについて話し合ったりしています。まだ、彼の息子たちが小さい頃、6歳か7歳になっていた上の子に、レヴィンは言いました、「君の過去の記憶は、誰かが君の脳に植え付けたもので、本当に経験したものではないかもしれない。」と。そんなことを言われた上の子は1週間ほど非常に動揺して過ごすことになりました。レヴィンはその時のことを回想して笑いながら言いました、「私はそんなことを言われた子供がどうなるかということを考えていませんでした。動揺させて申し訳なかったなと思いました。」と。

 レヴィンの研究で明らかになったのは、人間も他の生物も体の仕組みはロボットと非常に似ているということです。生体電気信号を使えば、胃に目を形成することも出来ます。しかし、目を形成させる指示は細胞の遺伝子の中にも電気信号の中にも存在していないのです。胃に目が形成される際には、目が形成されたあたりでは、まわりの細胞と情報を交換しながら個々の細胞が独自の役目を果たしているのです。

 レヴィンが籍を置いているタフツ大学の認知科学者で哲学者であるダニエル・デネットは、人為的に生体の形態形成に介入することは悪いことでは無いと以前から主張しています。そうした技術が確立されれば使っていくべきだと考えています。デネットはメイン州の病院で股関節換装手術を受けて入院している時に私と話しました。彼は言いました、「何十億もの小さな細胞が24時間年中無休で活動して、傷口を修復し脚の機能を回復させようと奮闘していると思うと、ありがたいことですよ。」と。

 レヴィンの研究について、デネットと私は話し合いました。デネットはコンピューターとチェスの対戦をすることをイメージすると分かり易いと言いました。彼が言うには、チェスをする人によって、対戦相手の認識方法は異なります。対戦相手を電流が流れているただの箱だと認識する人もいるでしょう。また、対戦相手をソフトウェアだと認識する人もいるでしょう。そう認識した人は、ソフトウェアがどのような指示を出すかプログラムを調べようと思うでしょう。また、対戦相手の差す手だけを考えて、人間と対局しているように指す人もいるでしょう。現実的には、コンピュータとチェスの対戦をする人の認識は、そんな単純なものではなく、もっと複雑でしょう。さて、生体の形態形成はもっと複雑です。遺伝学、生物物理学、生化学、電気生理学、生体力学、解剖学、心理学、全ての側面から分析されなければなりません。レヴィンは、生態形成の過程全体は理解できていないとい言いますし、また、生体電気信号だけが特別に重要だというようなことも主張していません。レヴィンは、生体電気信号については詳しいのですが、他のことはそんなに研究していません。彼は、生体電気信号の刺激よって生体の形態形成を変更する際には、適切な生体電気信号のパターンを使うことが重要だと言います。

 生体の形態形成を変更する際、レヴィンの開発した手法では個々の細胞に指示を出すという形ではなく、細胞群が連携するように仕向けまる形をとっています。デネットは言いました、「レヴィンの研究で画期的なのは、個々の細胞が互いに情報をやり取りして連携して関与しあっていること明らかにしたことです。」と。また、その逆もまた然りで、細胞間の相互の情報交換が途絶えると、形態の変更は上手くいきません。レヴィンによれば、癌は遺伝子に損傷が生じることによって発生する可能性があるとのことです。しかし、生体電気信号の電圧が乱れることによっても生じます。レヴィンの研究室が2016年の行った実験では、癌を引き起こすmRNAをカエルの胚に注入しました。すると、注入された付近の細胞群では電気極性が異常となり、ガンが出来ました。レヴィンたちがその電気極性の異常を修正すると、ガンの一部は消失しました。レヴィンが推測するには、癌細胞が出来るとその付近の細胞群では情報交換が妨げられ、細胞間での共同作業が妨げられるので、無為に癌細胞の増殖が始まるようです。しかし、細胞間の情報共有が出来る状況が確保できれば、再び各細胞が連携して活動し癌細胞や腫瘍を排除するようになります。