知ってた? リンが環境を破壊している!農作物に必須のリン、土壌から河川に流れ出て問題を引き起こしている!

3.

 つい先日、私は車のトランクに尿を入れたビンを積んで、慎重にバーモント州ブラトルボロ(Brattleboro)に向けて車を走らせました。ビンの中に入っているものは、私と夫の尿でした。夫はジャーナリズムに貢献することになるのであればということで協力してくれました。

 ブラトルボロでは、郡内の輸送基地を通り過ぎ、長くて低い小屋のような建物内に車で入りました。その建物内にはリッチ・アース研究所(Rich Earth Institute)という団体が入っていました。この研究所の目標が掲げられていたのですが、そこには「私たちの体から出る栄養素を回収することで、きれいな水と肥沃な土壌のある世界を実現する」と記されていました。その目標を実現するために、この研究所は、尿を分解して再利用することを研究していました。もっと簡単に言うと”ピーサイクリング”(peecycling:人間の尿(pee)を肥料として再利用すること)に関する研究をしています。研究所についてすぐに私はトイレを貸してほしいとお願いしました。リッチ・アース研究所の尿成分再生プログラムの責任者であるアーサー・デイビス(Arthur Davis)は、4種類の尿分離式トイレが有ることを説明してくれました。尿を有効に活用するためとのことでした。

彼は言いました。「選択肢はたくさんあります。どれでも好きなのを選んでください。」と。

 家畜がリンを排泄するのと同じように、人間もリンを排泄します。毎年、何十億ポンドものリンが地球上に住む人間の腸内に入り込んでいます。そのほとんどは、主に尿という形で体外に排出されます。「私たちが排泄するリンの約60%は、尿の中に含まれています。」とデイビスは教えてくれました。

 リッチ・アース研究所は、ブラトルボロ周辺にボランティアのネットワークを構築しています。ボランティアになった人が、指定された場所に尿を提供したり、場合によっては有料で尿を引き取ってもらったりしています。尿は低温殺菌された後、地元の農家に配られます。ピーサイクリングは、農家が購入する肥料の量を削減することができます。尿にはリンだけでなく、大量の窒素やカリウムも含んでいます。同時に、下水道に尿の栄養素が流れ込むのを防ぐことにもなるので、ひいてはバーモント州の河川に流れ込む栄養素を減らすこともできるのです。

 デイビスは言いました、「栄養素が消えて無くなってしまうことはありません。どこかに移動するだけで、決して無くなることは無いのです。ですので、栄養素を有用な方法で再利用するシステムを構築するか、シャンプレーン湖に流れ込んでさまざまな問題を引き起こすか、どちらかを選択するしかないのです。」と。

 私は、ブラトルボロの北にあるロッキンガム(Rockingham)という町で、デイビスの手配によって2人のボランティアと会うことになっていました。いろいろと尋ねてみようと考えていました。デイビスは、尿分離式トイレの下に置いてあった容器を手にしていました。私は持参してきた尿をそこに注ぎ、出発しました。ロッキングガムの倉庫のようなところに、2人のボランティア(ピーサイクリングに参加しているので、ピーサイクラーと呼ばれていました)が待っていました。ローレル・グリーン(Laurel Green)という女性とスティーブ・クロフター(Steve Crofter)という男性でした。5ガロンサイズのビンを数個持っていました。

 私がなぜこの研究に参加するようになったのかと尋ねました。するとグリーンは言いました、「おしっこをして、小銭を貯めているだけですよ。」と(訳者注:おしっこも小銭も”pee”で、駄洒落になっている)。私はバーモント州を訪れた際に、おしっこにまつわるくだらない駄洒落をたくさん聞かされました。バーモント州の人たちは下ネタがとても好きなようでした。

 倉庫の外には、「このプログラムが成功裏に終了するよう、ご協力ください 」という看板が掲げられていました。倉庫内でクロフターは、真空ポンプに繋がっている1本のパイプを自分とグリーンのビンの中に入れたのですが、ビンの中はすぐに空になりました。デイビスの説明によると、ビンの中に入っていた尿は吸い取られてタンクに貯められるのだそうです。そのタンクが満タンになると、研究所のスタッフがその中身をカートで運び出すのです。

 リッチアース研究所では、年間約1万2,000ガロン(4万5,400リットル)の尿を処理しています。トラックとかで回収したとしても結構な量です。回収した尿は1ミリたりとも無駄にはしていません。ちなみにニューヨークでは1年間に約10億ガロン(約379万キロリットル)、上海市では30億ガロン(約1,136キロリットル)の尿が排出されています。デイビスは言いました、「もっとスケールアップしたいのですが、実現するにはさまざまな問題があります。」と。

 イーガンは、著書の最終章で、リン問題に関して、不足している側面と過剰である側面の両面に対処する方法を模索しています。ピーサイクリングは、下水処理場に流れ込む廃水からリンを除去する技術として注目されています。また、糞尿が含んでいる栄養素がもっと効率的に回収される方法が確立されるべきであると、イーガンは主張しています。そうすれば、湖沼や河川に流れ込むリンの量は減ります。同時に、翌年の作物のために使われるリンの量は増えるはずです。彼は記していました、「糞尿をより効率的に活用することの潜在的利益は計り知れません。」と。

 ある時、イーガンはモンタナ大学(the University of Montana)で生態学が専門で”Sustainable Phosphorus Alliance”(持続可能リン同盟)という団体を率いているジム・エルザー(Jim Elser)に会っていろいろと相談しました。エルザーがイーガンに言ったのは、地球上の全ての糞尿がリサイクルされた場合 (牛、豚、鶏は年間約40億トンの糞尿を出します)、毎年採掘されるリン鉱石の需要を半分にまで削減できる可能性があるということでえした。しかし、その数字は、ベストケースシナリオなわけですが、その場合でも、問題は半分しか解決されないのです。

 エルザーはイギリスの土壌学者のフィル・ヘイガース(Phil Haygarth)との共著で著書”Phosphorus: Past and Future” (未邦訳:リン−その過去と未来)を出しています。2人は、拡大するデッドゾーンと海洋全体の貧酸素化による危機を現す言葉を作り出しました。それは、“phosphogeddon”(リンゲドン)です。リン(Phosphorus)とハルマゲドン(armageddon)を組み合わせた造語です。2人が著書に記しているのは、この問題を完全に解決するためには、単に糞尿の栄養素をリサイクルするだけでなく、世界の農業のあり方を根本から作り変える必要があるということです。

 エルザーとヘイガースの2人は、この問題を解決する方法について多くのアイデアを持っています。緑の革命の原動力となった農作物はいろいろとあるわけですが、それらは多くのインプットを必要とする傾向があります。リンをより効率的に使用する新しい農作物の品種を作り出す必要があります。少なくとも理論的には可能であると思われます。アメリカでは、全肥料の約10%はバイオ燃料の元になるトウモロコシに使われています。CO2排出量は、トウモロコシを原料とするバイオ燃料の方がガソリンよりも多いと思われます。ですので、トウモロコシ由来のバイオ燃料の製造を止めれば、気候変動にとってもアメリカ国内の河川や湖沼にとっても良い影響がもたらされるでしょう。世界では、食料の3分の1が廃棄されていると言われています。アメリカでは、40%弱が廃棄されていると推測されています。食品廃棄物の量を減らせば、リンの必要量も同じぐらい減らせるはずです。

 エルザーとヘイガースは著書に記しています、「”銀の弾丸” (silver bullet:特効薬のこと)が存在しないことは明らかです。しかしながら、掲げている目標を全て達成するためには、”銀のショットガンの一撃”(silver shotgun blast:すごい特効薬のこと)が必要です。」と。

 そのような”銀のショットガンの一撃”と呼べるような強力な特効薬が、地球の環境がズタズタになる前に生み出される可能性はどの程度あるのでしょうか?2人は著書に記しています、「見通しは決して甘くない。水質やリンの管理を研究している者たちの中には、“phosphogeddon”(リンゲドン)はすぐそこまで来ており、回避することは不可能だと考えている人が大勢います。研究しようにも、もう不可能だと思って諦めたくなることもあります。将来、夜の闇の中で自分たちの子や孫の世代が酷い環境の中で苦しむと考えるとやるせない気持ちになることもあります。」と。

 フンボルトが鳥の糞の入った袋をヨーロッパに持ち出した時、おそらく彼はこの先に何が待ち受けているのかを理解していなかったことでしょう。グアノ諸島が破壊されてしまうことだけでなく、ブー・クラ港にベルトコンベアができることも、西サハラで戦争が繰り広げられることも、世界中の海でデッドゾーンが広がることも、そしていずれ“phosphogeddon”(リンゲドン)が訪れるだろうことも認識していなかったでしょう。リンが問題を引き起こしているわけですが、イノベーションによって災いがもたらされたのです。短期的な解決策が結果として長期的に被害を生み出し続けるということは、しばしば起こることではあります。しかし、被害を生み出していることが明らかになった時点では、軌道修正するには遅すぎるのかもしれません。そういう意味では、リンの問題も二酸化炭素排出の問題も似ています。プラスチックゴミの問題、地下水利用による枯渇や地盤沈下、土壌侵食、窒素の問題も似ています。人類は破滅に向かう道を歩んでいるのかもしれません。今のところ、誰も引き返せる帰り道を発見できていません。♦

以上