おいしいリゾットが食べたい!リゾットには基本のレシピは無い、あるのはその地域のレシピだけである。

Annals of Gastronomy

The Secret History of Risotto
リゾットの秘密の歴史

The dish is governed by a set of laws that are rooted in tradition, rich in common sense, and aching to be broken or bent.
この料理は、伝統に根ざし、常識に満ち、破られたり曲げられたりすることを切望する一連の法則によって支配されている。

By Anthony Lane December 16, 2024


1.リゾットの基本的な作り方は決まっている

 1984 年の秋に両親と私は初めてヴェニス( Venice )を訪れた。両親は飛行機で行き、私は現地で合流した。私はその前の 2 週間、ヨーロッパ中を列車で巡り、当日の夜明けに真珠貝が散りばめられたようなサンタ・ルチア駅( Santa Lucia station )に到着した。何日目だか忘れたが、ブラーノ島( the island of Burano )へ船で渡った。ヴェニスの中心街から 45 分で着いた。トラットリア・ダ・ロマーノ( the Trattoria da Romano )で昼食をとった。メニューを見て私は適当にリゾットを選んだ。しばらく待たされたが無事にリゾットが目の前に運ばれた。オフホワイトでごく普通のリゾットで、パセリが少しだけ散らされていた。見た目はシンプルだが、味は革命的だった。こんな旨いものは食べたことがないと感じた。味は決して強い感じのものではなかったが、神秘的でマイルドだった。大学を卒業したばかりの若造だったので、私は機転が利かなかった。このリゾットの材料や作り方を聞くのを失念してしまった。私にできたのは、きれいに平らげることだけである。皿をひびが入りそうなくらいこすりながら、これくらい美味しい料理を作ろうと静かに誓った。完全に再現できないにしても似たものは作れるはずである。理想のリゾットを求めて、私は世界中をさまよい歩いた。それから 40 年経ったが、私の拗らせはさらに悪化した。今も探求を続けている。

 有難いことに、リゾットを作るのは決して難しいことではない。基本的な作り方は決まっている。少量のバターを溶かし、刻んだ玉ねぎを炒め、米を加えて混ぜ、ワインを加えてかき混ぜ、熱いスープ( hot stock )をお玉で一杯ずつ加えながら、かき混ぜて、またかき混ぜる。鍋を火から下ろす。すりおろしたパルメザンチーズとさらにバターを加える。かき混ぜる。そのまま待つ。盛り付ける。食す。魂が芯から温められ、稀有で計り知れない喜びで満たされるのを感じる。スプーンをなめまわす。鍋をすっかり空にする。

 しかし、よくよく調べてみると、そのリゾットの基本の作り方には瑕疵がある。決して完璧ではないし、基本の作り方と言いつつ、それが無数にある。このことがさまざまなトラブルを生み出している。タマネギを使わないレシピもある。ワインを使わないレシピさえある。乳製品については譲れないところである。ローマ以南ではリゾットを注文してはいけないと、かつてアドバイスされたことがある。なぜなら、良いバターの産地がないからである。牛を少しでも使う料理が食べられない、あるいは食べようとしない人にとって、リゾットはおそらく禁忌である。リゾットのクリーミーさを賞賛する時、私たちがしていることはバターとチーズが醸し出す旨さを確認することだと信じていた。しかし、数年前に、バターとチーズが無くても旨いリゾットを作れると主張する実験主義者のシェフに出会って、その考えは必ずしも正しくないことが分かった。彼の夢は、スープと米だけでリゾットを作ることだった。一粒一粒の中に、私たちが必要とするすべての食感が閉じ込められ、ひそかに解き放たれるのを待っていると彼は語った。

 つまり、リゾットは、伝統に根ざし、常識に満ち、破られたり変えられたりするのを待ち望んでいる多くの法則によって支配されている。これには次のものが含まれる。

1. 最高級の米はポー川流域( Po River Valley )で栽培される。カルナローリ( Carnaroli )、アルボリオ( Arborio )、ヴィアローネナノ( Vialone Nano )以外にも品種はあるが、それらを使うことにこだわり、どの品種がどのリゾットに最も適しているかについて熱心に議論すれば、大きく道を踏み外すことはないだろう。

2. 「リゾットに米粒より大きいものが入ってはいけない」と、ルース・ロジャース( Ruth Rogers )は私に少々誇張気味に言った。ロジャースは、1987 年以来ロンドンで最も人気のあるイタリア料理を提供し続けているリバー・カフェ( the River Café )の共同創設者である。「大きな固形物が入ったご飯が食べたければ、パエリアを食べなさい」と彼女は言う。リゾットを作る実際のプロセスは「とても集中して、とても落ち着く」ものであり、それが魅力の一部である。また、米はグルテンフリーなので、出来上がりが重くなることはめったにない。「パスタを食べた後よりも、リゾットを食べた後の方が気分が良い」とロジャーズは言う。

3. 通常、リゾットはプリミピアッティ( primi piatti )、つまりメインの前に供されるメニューの 1 つである。原則として、アンティパスト( antipasti :前菜)の後にリゾットが出され、その後にメインディッシュ(おそらく肉か魚)が出される。ちなみに、1996 年のニュージャージーの田舎町を舞台にした映画「 Big Night(邦題:シェフとギャルソン、リストランテの夜)」では、多くの無知な客が炭水化物と炭水化物の組合せとなるリゾットとスパゲッティを同時に注文している。祖国イタリアの本格的な味にこだわるシェフは激怒していた。前菜から始まるプロセスは、何らかの理由で 2 時間のランチを取ることができない人々にとって厳しいものであると言わざるを得ない。スケジュール的にも、予算的にも、胃にも負担が大きい。先日、私はヴェローナ( Verona )でアンチョビ、ケイパー、レモン、松の実のリゾットを堪能した。しかし、店の看板料理であるパスティサーダ・デ・カヴァル・コン ポレンタ・モルビダ( pastissada de caval con polenta morbida:詳しくはわからないが馬肉料理)に進まなかったため、ウェイターをひどく失望させてしまった。 

4. リゾットは急いでつくるものではない。17 分ほどかけてじっくりと段階的にスープを加える作業を急いではいけない。従って、レストランで注文して 25 分以内にテーブルにリゾットが出されたら訝しげに眉をひそめるべきである。それは、そのリゾットを作った後にその辺に放置し、注文されるのを待っていて注文を受けて再加熱したことを意味する。

5. 自宅のキッチンでつくることもできる。工夫すれば材料も時間も有効に使える。自宅のキッチンではブロド( brodo:鶏の脂身)が安定して手に入る。ブロド無しのスープを加えて作るリゾットは美味しいはずがない。私の例で恐縮だが、日曜日にローストチキンを作った場合、私は月曜日にハゲワシのようになる。つまり、ローストチキンの残骸を隈なくチェックし、冷たい死骸から肉の切れ端をちぎり取る。猫や家族の誰かが触らないように獰猛な目つきで追い払う。火曜日に骨を水に浸し、必要な野菜を加えて煮立たせ、しばらくぐつぐつと煮込み、丁寧にアクを取る。米を入れる。こうして、ほとんど何もないところから、無駄なく充実した食事が作られる。リゾットには、他にも多くの長所があるが、安価であることもその 1 つである。