スプートニクVワクチンの治験データに疑惑の目が向けられる
9月初旬、ロスノフの研究チームは、医学誌ランセットでスプートニクVに関する論文を掲載して、ファーズ1とフェーズ2の治験結果を明かしました。それによれば、被験者数は76名のみでした。偶然ですが、ファイザー社の被験者数と同じです。しかし、モデルナ社数百名、アストラゼネカ社(オックスフォードと共同)1,000名超よりは少数です。被験者全員に十分な抗体が作られ、感染と戦うT細胞が産生されていました。同時に、発病する者は1人も無く、重大な副反応も皆無でした。ワクチンは安全で、新型コロナに対する免疫を得られると記されています。
その3日後、西側諸国の著名な研究者約40人が連名で公開書簡を送りました。データに不自然な点、不規則性があることを指摘しました。最も重要な指摘は、被験者に産生された抗体量に関することで、全員同じ位の量である点が不自然でした。公開書簡には、「純粋に確率論的な問題ですが、76名の被験者の抗体量がほとんど同じということは、起こり得ないことである。」と記されていました。その書簡に名を連ねた1人、ノースウェスタン大学の分子生物学者コンスタンチン・アンドレーエフ(ロシア出身)は、次のように語っています。「書簡では、ワクチンの良し悪し、安全か危険かというようなことについては触れていません。ワクチン自体にではなく、研究者がどのように研究を行ったかにということに対して異議を唱えたのです。控えめに言うと、内容が薄かったと思います。厳しく言うと、論文に不正があったと言うしかありません。」と。その書簡では、治験の生データを開示するよう要求していました。
ログノフの研究チームは、ランセット誌上で公開書簡に対して反論しました。主張したことは、被験者全員の抗体量が似通っていたのは単なる偶然であること、それは被験者の数が少ないために起こったこと、研究室が使っていた検出機器では抗体の量を正確には把握できない(多い、少ない等を数段階にランク付けすることは出来る)ということでした。また、生データを提供することも拒否しました。ログノフが私に言ったのは、生データが誰にでも見れるようになれば混乱が広がるだけで、現代の医薬品開発では被験者の情報は秘匿されるのが原則となっているということでした。また、データを公開することは、医薬品業界の規範と慣行に違反する行為であるとも言いました。まあ、彼は何かと理由を付けますが、とにかく生データは公開したくないようでした。
西側諸国にもログノフの研究チームを擁護する人はいました。ジョンズホプキンス大学のナオア・バージフ教授です。彼は、ワクチン研究の権威です。彼は、ランセット誌に掲載され疑念を持たれた論文の査読者の1人でしが、その内容に問題はないと判断し論文を掲載することを支持しました。彼はログノフの研究チームの説明に納得していました。彼が言ったのですが、実験データの特定の部分だけ切り出して、疑義を呈することはいくらでも可能だということです。また、たとえ正しいデータであっても、切り出し方によってはおかしく見えるとも言っていました。彼の主張では、ログノフの実験結果が異議を唱えられたのも、特定の部分を切り出したからだということです。私は、ロシアの研究者とも西側諸国の科学者とも会話しましたが、スプートニクV自体に問題があるという人は1人もいませんでした。問題になっているのは、ワクチンを利用しようとしているロシアの政治的野心と不透明な過程でした。
8月下旬には、スプートニクVのフェーズ3治験が開始されました。3万人の被験者には本物のワクチンが接種され、対照グループの1万人にはプラセボが接種される予定でした。秋になってから、私は治験が行われている施設の1つであるモスクワ南方のモスクワ市立第2総合病院に行きました。そこはパンデミックの第一波の際には、24時間体制で感染者の肺のCTスキャン撮像をしていました。数名の医師と看護師がウイルスに感染しましたが、死亡した者はいませんでした。私は院長のナタリア・シンドリャエバに会いました。そして、私は彼女とワクチンを接種する診察室に入りました。そこには大きな冷凍庫があり、中にはスプートニクVが入ったガラスの小瓶が数百個ほどありました。小瓶は2種類あり、青いキャップの方は1回目の接種に使うもので、赤いキャップは2回目に接種するものでした。2回目は1回目の21日後に接種します。1人の治験参加者が診療室に入ってから、袖をまくり上げました。私は彼に尋ねました。どうして治験に参加したのかを。すると彼はマスク越しに答えました、「私はコロナにおびえる生活にはうんざりしていたんです。でも、ワクチン接種さえしたら、そんな生活ともおさらばできるんです。」と。